第61話

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 大変なことになった。これは、ただの虫刺されじゃないらしい。

 西山明弘は君津南中学の保健室から出て行くと、そのまま自宅のアパートへ無断で帰ってしまう。一時間もしないうちに携帯電話が鳴り出した。相手が高木教頭なのは明らかだ。黙って学校から姿を消した同僚を訝って連絡を取ろうとしているのだ。無視した。それどころじゃない。

 ズボンを濡らしたままで職員室へ戻れるもんか。誰とも顔を合わせたくなかった。すべて持ち物は机の上に残してきた。

 きっと保健室の東条朱里が、西山は失禁していたと言い触らすことだろう。あの女の意地悪そうな笑みが頭に浮かぶ。悔しい。

 二年B組の手塚奈々は、西山先生はスカートの中を覗きたくて、仮病まで使ったと加納先生に報告してるはずだ。最悪。失態が全校生徒に広まっていくのは時間の問題。もはや君津南中学に自分の居場所は無くなったと思って間違いない。セクシーな安藤先生と知的な加納先生との永遠の決別だった。

 これからどうする。それを考えなければいけないことは、十分に承知している。しかし、……だ。

 虫に刺されたところが完治しないのだ。直後は強烈な痛みに気を失ったほどだった。それが二日もすると痒みに変わった。治りつつあるのかと思っていたら、そうじゃなかった。今では強烈な痒みに夜も眠れない。

 刺されたところは紫色で、それが太股の方まで広がろうとしていた。なんかヤバい状態だった。

 頼れるのは大家の娘だけだ。事情を話すと献身的に助けようとしてくれた。三度の食事はもちろん、何も言わなくても薬局へ行って色々な薬を買ってきた。その中にイボが付いたコンドームも含まれていたが、西山は酷い痒みに悩まされてセックスどころじゃなかった。性欲はなくなり女の要求に応えることができない。男として情けなかった。

 痒みに苦しみながらも、黒川拓磨に対する怒りを燃やす。絶対に許さん。こんな目にオレを遭わせやがって。もう一生が台無しだ。あいつは虫を操っていた。オレが刺されるように仕組んだのだ。数日後に電話までしてきやがった。

 「もしもし」

「オレだ、黒川だよ」

「……」マ、マジか。どこでオレの電話番号を調べやがった。

「西山、どんな具合だ?」

「……」

「痒いだろ? うふっ」

「……」

「せいぜい苦しむがいいぜ。あはは」

「ふざけんなっ、バカヤロー。覚えてろっ」西山は電話を切った。

 一日も早く完治して仕返しがしたい。黒川拓磨は邪悪の根源みたいな奴だ。尋常な方法じゃ始末は出来ないと悟った。何か方法を考え出さなきゃならない。

 西山明弘は復讐心を募らせた。

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