第57話


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 「はい。波多野です」君津警察署の波多野刑事は受話器を取って応えた。古物商許可証の申請書類に目を通していた時だった。

「君津南中学の加納です。お仕事中に、すいません」

「いいえ、構いません。どうしました?」

 構わないどころか、魅力的な女性と電話で話せて嬉しいくらいだった。生徒が自殺した事件で初めて会った時に、その知的な美しさに波多野は心を奪われてしまう。こんな素敵な女性と毎日のように顔を合わせられる息子が羨ましかった。

「三月十三日の土曜日の件なんです」

「……」今の一言で波多野の浮かれた気持ちは一気に沈んだ。嫌な予感。また何か深刻な問題が持ち上がったんじゃないだろうか。無意識だったが椅子に座り直して身構えた。「はい」続きを促す。

「どうして先日、学校で三月十三日に何か行事があるのかと問い合わされたのか、その理由を知りたくて電話しました」 

「わかりました」君津南中学でも何かあったらしい、波多野は思った。「しかし自分も加納先生が何故、その理由を知りたいのか教えて欲しいです」

「当然です。今さっき、ほかの父兄からも同じ問い合わせを受けました」

「……」やっぱりだ。波多野は確信を強くした。三月十三日の土曜日には何かある。「そうですか」

「その父兄の息子さんですが、家でクラスのみんなに三月十三日に学校に集まるように、電話で誘っているらしいです」

「うちの孝行もそうでした。ところが学校で何の行事があるのかと問い質すと、まったく知らないとしか答えません。ふざけている様子はない。本当に記憶にないみたいだった」

「その男子生徒も同じです。でも彼の場合は、両親が問い詰めようとすると暴力を振って暴れたらしくて」

「それはヒドい」

「はい」

「加納先生。わたしの意見ですが、二年B組の生徒たちで三月十三日の土曜日に、学校で何かを計画していると考えています」

「わたしも同じ考えです」

「だけど、それはいい事じゃない。たぶん何か悪いことだと思います。それを我々は阻止しなければならない。問題は、それが出来るかどうかです」

「そう思います」

「お互い、これから連絡を取り合いましょう。どんなに小さなことでも知らせて下さい」

「分かりました。お世話になります」

「こちらこそ」

 今のところ、これ以上の話はないと二人は判断した。「では失礼します」と言って波多野は受話器を置いたが名残惜しかった。

 二年B組の連中は何を計画しているんだろうか。まったく想像がつかなかった。しかし波多野の第六感が頻りに警告音を鳴らしていた。お前の手に負えない大変なことが迫っている、そう訴えているような気がしてならなかった。

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