第52話


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 三月の十三日には学校で何の行事もないらしい。土曜日だ。それなら教職員の知らないところで、生徒たちは何か計画をしているのかもしれない。

 君津警察署の生活安全課に勤める波多野刑事は、頭の中で不安が大きくなっていくのを感じた。次々と何かが起きてる。

 放火事件は二度目が起きて、連続放火事件になった。しかし今度は放火殺人だ。足の不自由な祖母が逃げ遅れて焼死した。直ちに千葉県警の捜査一課から四人が派遣されて、彼らの仕切ることになった。波多野正樹はアシスタントに退き、これまでの捜査資料を渡した。

 目星をつけた君津南中学の二年B組の男子生徒が、第二の放火現場の写真にも写っていた。両方の場所にいたのは彼だけだった。これで決定的となった。しかし相手は未成年者なので、捜査は慎重に進めなければならない。少年の名前と住んでいる家は波多野が一人で調べ上げた。これから放火現場の近くに設置された監視カメラに残された映像を分析して、少年の容疑を固めていく。逮捕までは、もう少し時間が掛かりそうだ。

 君津南中学の二年B組の窓から転落した少年の捜査は、進展がない。このままでは自殺か、誤って転落したという線になりそうだった。しかし多くの疑問が残る。わざわざ窓から身を乗り出して、どうして転落したのか。最近は上手く行っていなかったらしいが、ガールフレンドが側にいたのは何故か。彼女は毒を盛られていて、視覚と聴覚が麻痺していた。警察の捜査に協力できない状態だ。少年のカバンから毒薬の白い粉が採取されたが、その入手経路が分からない。

 そして新たな心配が浮上した。息子の孝行だ。最近は頻りに何人かの友達に電話している様子が気になった。

 『三月の十三日に学校に来てほしい』と、訴えているのを何度が耳にした。夕飯のカレーを食べながら波多野正樹は向かいに座る息子に訊いた。

 「お前、三月の十三日に学校で何かあるのか?」

「……え、知らないけど」

「おい」

「なに?」

「さっきも電話で誰かと話しをしていて、三月の十三日に学校へ来てくれって頼んでいたじゃないか」

「してないよ」

「……」息子の返事に驚くしかなかった。「まさか覚えていないのか?」

「だって、してないもん」

「オレは聞いたぞ、お前が電話をしているのを」

「何かの間違いじゃないの」

「……」何も言えない。

 父親に嘘をつく息子ではなかった。ふざけている様子もない。本当に覚えていないらしい。理解できなかった。

 担任の加納先生に電話して、学校には何の予定がないことが分かった。そのことで波多野正樹は確信に近いモノを感じた。

 三月の十三日に学校で何かある。いい事じゃない。きっと何か悪い事に違いない。問題は自分に、それを阻止する手段と能力があるかどうかだ。得体の知れない不気味な存在に立ち向かうような気持ちだった。

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