第51話


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 「加納先生」

 お昼休み、加納久美子は美術室から職員室へ戻ると西山主任から声を掛けられた。「はい」

「今さっきですが、波多野くんの父親から電話がありました。ここに折り返し電話してくれますか」そう言ってメモを渡された。電話番号が書いてあった。

「わかりました」

 波多野孝行の父親は君津警察署に勤務する刑事だ。佐野隼人が教室の窓から転落した件だろうか、と思った。それとも息子のことで何か話があるのだろうか。

 加納久美子は美術室で安藤先生と一緒に、二人で昼食をとるのが習慣だった。きっと波多野孝行の父親は、昼休みに担任教師は職員室にいるだろうと考えて電話してきたのだ。久美子はデスクの前に座ると受話器を取って、メモを見ながら番号を押した。

 「もしもし」

「君津南中学の加納です。お電話を頂いたそうで。席を外してまして、すいません」

「いいえ。こちらこそ、いきなり電話して申し訳ありません」

「どんな御用でしょうか」

「大した事じゃありません。ちょっと加納先生に訊きたいことがあって電話しました」

「はい」

「三月の十三日なんですが、学校で何が行事がありますか?」

「え、……ちょっと待って下さい」思い当たる節がない。

 久美子は小物入れケースの横に貼ったスケジュール表に目をやった。土曜日だった。「いいえ、何もありませんけど」

「そうですか」

「三月の十三日が、どうかしましたか?」

「いいえ、別に……。わかりました。お手数を掛けしました。どうも、ありがとうございました。これで失礼します」

「はい。失礼します」へんな電話だった。

「加納先生、どんな用件でした?」学年主任の西山先生が近くまで来ていた。

「別に大した事ではありませんでした」加納久美子は答えた。

「佐野隼人の事件についてじゃなかったんですか?」

「違います」

「本当ですか?」

「はい」疑っているらしい。

「じゃ、どんな件でした?」

「三月の十三日の土曜日に、学校で何か行事があるのか訊かれました」

「はあ?」

「ありません、て答えました」

「それだけ?」

「そうです」

「わかりました。もし佐野隼人の事件に関しての事だったら、僕にも知らせて下さい」

「もちろんです」

 期待外れだった様子だ。背中を向けて自分の机に戻ろうとしたところで、加納久美子が声を掛けた。「西山先生」

即座に振り返った。「え、何でしょう?」

「……黒川拓磨のことなんですが」ついでだ。ここで言ってしまおうと思った。

「黒川が、どうしました?」

「成績は問題はありません。でも何か、彼は不思議なんです。理解できないところがあって、わたしの手に余るというか……」

 どう言っていいのか分からない。本人が否定している以上、板垣順平に貸したゲーム・ソフトのことや、五十嵐香月と親密な関係にあったかもしれないことは口に出せない。

「じゃあ、僕が彼と話をしてみましょう」

「そうしてくれますか。先生となら男同士ですし、何か違った面が見えてくるかもしれません」

「任せて下さい。手塚奈々のときは、あまりにも彼女が反抗的なので、やむを得ず厳しい対応になってしまいました。今度は大丈夫です。世間話でもすれば、彼が何を考えているか言ってくるんじゃないかな」

「よろしくお願いします」加納久美子は頭を下げた。

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