第48話
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「どうすりゃいいんだろう? オレは」秋山聡史は頭を抱えながら独り言を口にした。
「まさか死人が出るとは……、な」黒川拓磨が言った。
「足の悪いバアさんが一緒に住んでいるなんて知らなかったんだ」
「仕方ないさ」
「取り返しがつかないことをしちまった」
「死ぬのを少し早くしただけじゃないか、気にするな」
「お前は当事者じゃないから、そう簡単に言えるのさ」
「あの女の家に火をつけるとは思わなかったぜ」
「あの紙には、『土屋恵子が学校から居なくなってほしい』と書いてあったんだ」
「それで放火か?」
「そうだ。関口貴久の時は上手くいったからな。あの野郎、オレから金をふんだくろうとしたんだぜ」
「じゃ、これで二度目だな」
「もうしない。頼まれても絶対にするもんか」
「やり過ぎたな、今回は」
「言えてら。灯油を家の回りにハデに撒きすぎた。欲しかった佐久間渚の下着が手に入って、テンションが上がっちまった」
「放火すると教えてくれていたら、いくつかアドバイスしてやれたんだが……」
「どんな?」
「警察に捕まらないように、気をつけなきゃならない事がいくつかあるさ」
「マジかよ。だけど火をつける時は誰にも見られなかったぜ。心配はしていない」
「何を言ってる。それでも警察は放火犯を逮捕するんだ」
「どうやって?」
「すこしづつ容疑者を絞り込んでいくらしい」
「オ、オレが容疑者になっているって言うのか?」
「わからない」
「脅かすんじゃねえぜ。やめてくれ」
「お前、放火してからも現場に残っていたか?」
「うん。どこまで家が燃えるか見ていたかったからな」
「そりゃ、マズいな」
「どうしてだ?」
「警察の鑑識なんかがカメラを持って、現場の写真を撮っていただろう? 気づかなかったか?」
「た、たしかに……そうだ」
「お前、写真に撮られたか?」
「わからない。覚えていない」
「写真に写っていたら容疑者の一人だぜ」
「火事の現場にいただけで、か? そんなの大勢いたんだぜ」
「そうさ。ほとんどの放火犯が、現場に残って火事に見惚れるらしいからな。気が遠くなる作業だけど、警察は写真に写っている野次馬の一人ひとりを調べていくさ」
「……」
「つまりだ、関口貴久の現場と土屋恵子の現場の両方に写っていたら、もう致命的だぜ」
「げっ。……ヤバい。どうしよう」
「自業自得だ」
「おい、黒川。待ってくれ、何とか助かる方法はないか? 警察なんかに捕まりたくない」
「……」
「おい。黙ってないで何とか言ってくれよ」
「祈るしかないだろうな」
「え、祈るだって?」
「そうだ。警察が捜査ミスを犯して、お前を見逃すことを祈るしかない」
「そんなことで大丈夫かな?」
「お前には、もうそれしかないぜ」
「……」
「三月十三日は参加してくれるよな?」
「約束したから、それは行くさ」
「そこで僕と加納先生が仲良くなれるように本気で祈ってくれ」
「関係があるのか? オレが逮捕されないで済むのと」
「もちろんだ。ぼくの為に祈ってくれたら、廻り回って秋山聡史の利益に繋がっていくんだ」
「……」
「放火殺人だぜ。ただの放火じゃない、重い犯罪だ。捕まったら始めは少年院かもしれないが、二十歳になる頃は刑務所へ移されるだろう。きっと懲役十年以上は食らうな」
「そんなのイヤだ。入院している佐久間渚の見舞いに行けないじゃないか」
「そうだ。それに、いくら心の優しい彼女でも前科者とは付き合わないだろうからな」
「わかった。祈るよ。お前の為に一生懸命に祈るさ」
「それがいい。見舞いに来てくれたら、きっと佐久間渚は大喜びするんじゃないか。感動して、お前しか頼る人がいないと思うに違いないぜ。一気に彼女と親密な関係になれるチャンスかもしれない」
「言う通りだ。オレは絶対に警察に捕まるわけにはいくもんか」
不安の中に一縷の希望を見つけた。久しぶりに秋山聡史の顔に笑みが浮かんだ瞬間だった。
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