第40話


   40

 

 「職員室にいたら、いきなり大きな音がしたのよ。何かしらと思っていたら、すぐに外で誰かが大変だって叫び始めたわ。驚いて校庭に出て行ったら佐野くんが倒れていたっていうわけ。もう信じられない」安藤先生が何度も首を横に振りながら説明してくれた。

 加納久美子が君津南中学に戻ってみると、すでに救急車とパトカーが到着していた。佐野隼人の姿はなかった。車の中に運ばれたらしい。運転席で隊員が連絡を取っているのが見えた。現場は騒然としていた。

「佐野くんの意識は戻ったの?」久美子は訊いた。

「いいえ」安藤先生が大きく首を振って答える。

「助かるかしら?」

「わからない」

「三階から落ちたのは確かなの?」

「たぶん」

「……」気が重くなった。「でも、どうして?」

「わからない。だけど二年B組の教室には二人でいたみたい」

「えっ、誰なの、もう一人は?」

「佐久間渚よ」

「どうして、彼女が?」

「交換日記をしていた仲だって。でも何日か前に佐野くんは教室で彼女に怒鳴ったらしいの」

「佐野くんが窓から落ちたのを、佐久間さんは見ていたのね?」

「わからない」

「どうして? 二人は一緒に教室にいたんでしょう」

「彼女も教室に倒れていたから」

「え?」

「あたしと西山先生が発見したの。彼女は少し意識があったけど、何を訊いても答えられない状態だった」

「何で?」

「だいぶ前から体調を壊していたみたい。視力も聴力も弱っているらしいの。病気を隠していたんじゃないかしら。一緒に救急車に運ばれたわ」

「……」信じられない。どうして二年B組の生徒が次々と……。そんな思いだった。

 「加納先生ですか?」

 スーツ姿の男性が近づいてきて声を掛けられた。知らない男だった。誰だろう。「はい」

「君津署の波多野です」そう言うと、手にした黒い手帳を開いて見せた。

「あ、すいません。二年B組の担任をしています、加納久美子です」まさか警察の人とは思わなかった。痩身で身のこなしが軽そう。骨格がしっかりしていて、まるでアスリートみたい。

「息子が御世話になっています」

「え?」

「波多野孝行の父です」

「まあ、波多野くんのお父さんですか。初めまして」息子とは似ていないと思った。

「こちらこそ初めまして。これから二年B組の教室を見たいのですが、一緒に来て頂けますか?」

「わかりました」

 いろいろと佐野隼人と佐久間渚について聞かれるんだろう、と覚悟した。でも何も知らない。二人が交換日記をしていたなんて今、知ったばかりだ。警察には役に立てそうもなかった。

 刑事二人と君津南中の教師四人、教頭と学年主任の西山先生、加納久美子と安藤先生が校舎の三階へと上がって行った。

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