第26話


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 いいアイデアって、これかよ? 期待したのが間違いだったと失望するしかなかった。

 秋山聡史が転校生の黒川拓磨に相談すると、返ってきた答えは、ザラザラした紙に願い事を書いて関口が使っていた下駄箱に入れろだった。

 おまじないかよ? がっかりさせてくるぜ。

 頭がいいんだから、もっとマシなアイデアを聞かせてくれると思っていた。例えば、お前が佐久間渚の家に訪ねて行って家族全員の注意を引く、そこでオレが庭に侵入して物干しにぶら下がっている彼女の下着を奪うといったみたいな。そんな具体的、現実的な話をして欲しかった。

 しかし奴は真顔だった。冗談を言っているような感じは微塵もない。その真剣さに圧倒されて、秋山聡史は何も言えずに聞くだけだった。

 「わかった。そしたらタダで手に入るのか、オレは?」相手の言葉が終わるまで待ってから肝心なことを訊いた。

「いや、そうじゃない」

「金か?」やっぱり、こいつも関口貴久と同じか。

「いや、違う」

「じゃ、何だ?」

「しばらくして関口の下駄箱には君が欲しかった物と一緒に、一枚の紙が入っているはずだ。それに頼み事が書いてあるんだ」

「頼み事だって?」

「そうだ」

「どんな?」

「きみにとっては難しいことじゃないと思う」

「勿体ぶるなよ。今、教えて欲しい。オレに出来ないことかもしれないし」

「頼みごとをするのは僕じゃないんだ。だから分からない。それに心配するな。もし出来ないと思ったら、何も手にせずに立ち去るだけでいいんだ。取り引きは不成立っていうことさ」

「なるほど」秋山聡史は安心した。しかし一瞬だけだった。

 待てよ。佐久間渚が身に付けていたチューリップ柄の下着を目の前にして、このオレが手を引くことなんて出来るだろうか。無理だ、絶対に無理だ。それに気づく。人殺しをしてでも欲しかった。黒川拓磨に視線を向けると、野郎は意味ありげな笑みを顔に浮かべていた。まるでオレの足元を見るような。その目が、『きみは絶対に、手ぶらで立ち去ることなんて出来ないだろう。あはは』と笑っていた。畜生,その通りだ。

 「それと、もう一つだけ」

「何だ?」まだ何かあるのかよ。やばい取り引きに誘われて、次第に自分が泥沼にはまっていくいくような感じがしてならない。

「この取り引きを仲介した手数料じゃないけど、僕にも頼みがあるんだ」

「言ってみろ」

「来月の土曜日、十三日にB組の教室に来て欲しい。祈りの会をやるから参加してくれ」

「祈りの会?」

「そうだ」

「何を祈るんだ?」

「僕が加納先生と仲良くなれるように、だ」

「え? お前、佐久間渚から加納先生に心移りしたのか?」

「そうなんだ」

「……」こいつ馬鹿なのか。相手は大人じゃないか、それも美人で頭がいい。

「頼む、来てくれ。すぐに終わるから」

「出るだけでいいんだな?」そんなの祈ったってムダなのに。

「そうとも」

「わかった」秋山聡史は了承する。そして決心した。

 この不気味な転校生とは取り引きが終わった時点で手を切ろう。何を考えているのか理解できない。もう二度と口を利きたくなかった。


 家に帰って、机の上に広げたザラザラした紙を見ながら考えた。

 よし、お前が言った事を信じてやろうじゃないか。だけど、もし上手くいかなかったら家に火をつけやるからな。覚悟しろよ。秋山聡史はマイルドセブンを何度か深く吸った。そして黒いボールペンを手に取ると、自分の願いを慎重に書いた。

 『きみのチューリップ柄のブラジャーとパンティが欲しい』

 何度も読み返す。うん、悪くない。なかなかいい感じだ。しかしストレート過ぎて、ヤバくないだろうか。そうだな、それじゃあ関口の下駄箱に入れる前に黒川の奴に見せて、いいか悪いか判断してもらおうじゃないか。何だかぞくぞくしてきた。本当に手に入るような気持ちになってくる。ふと重要なことに気づいて急いで文章を付け加えた。『洗濯はしないでくれ』、と。

 秋山聡史の顔に自然と笑みがこぼれた。佐久間渚の匂いがプンプンしているブラジャーとパンティに顔をうずめて、歓喜の絶頂にいる自分の姿が頭に浮かんたからだ。

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