第25話

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 「今日も上手く行ったじゃないか」相馬太郎が言う。上機嫌だ。

「そうだな」山岸涼太が応える。

「どのくらいになりそうだ?」前田良文が訊く。

「うむ、……五千円ぐらいかな」

「で、今回のオレたちの取り分は?」

「三千円だ」

「古賀と小池に二千円も払うのか?」文句は相馬太郎だった。

「そう決めたんだ。お前も同意したじゃないか」

「ちっ」

「おい、相馬。仕事が上手く行ってるのは、彼女たちが加わってくれたからだぞ」

「それは分かっている。だけどオレたちが始めた仕事なんだぜ、分け前が同等なんて気に入らねえ。それにオレたちは半分を土屋恵子に支払わなきゃならない。すると一人当たり、たった五百円だぜ」

「仕方ないだろう」

「いつまで払い続けなきゃならないんだ?」

「あの強欲な女が君津南中学にいる限りだろうな」

「ふざけんな」

「なあ、黒川拓磨の話に乗ってみないか?」前田良文が二人の会話に割って入る。

「お前、あんな馬鹿げた話を信じているのか?」山岸涼太が驚いて訊き返す。

「いいや、信じているわけじゃない。だけどダメで元々じゃないのか」

「そうだな、前田の言う通りだ」相馬太郎が賛同する。

「……」

「これに願い事を書けばいいだけのことだ」言いながら前田良文はポケットから白い紙を取り出してみせた。

「お前、まだそんな紙を持っていたのか?」

「そうさ。せっかく貰ったんだ、そのまま捨ててしまうのは勿体ないぜ」

「さすがだ、前田」と相馬太郎。

「何て書くつもりだ?」山岸が訊く。

「土屋恵子が学校からいなくなって欲しい、って書くのさ」

「それで?」

「関口が使っていた下駄箱に入れるだけでいい、と言っていた」

「お前、わざわざ黒川に聞きに行ったのか?」

「そうだ。悪いか?」

「……」あきれて何も言えない山岸涼太。

「上手く行くかな?」相馬が前田に訊く。

「たぶんダメだろう。上手く行ったら儲けもんさ。だけどオレたちに他に何ができるんだ? 馬鹿みたいに払い続けるしかないんだ。だったらダメ元で、やってみようぜ。どうだ、山岸」

「オレは乗り気がしない」

「どうして?」相馬太郎だった。

「オレは、……」

「どうした」

「あの転校してきた黒川拓磨っていう奴が不気味で気に入らない」

「どこが?」

「あいつは何かを企んでいそうで嫌なんだ。親しくなりたくない」

「親しくする必要なんかないぜ。あの紙を使う代わりに、来月の土曜日にB組の教室に集まればいいだけさ。そんなに時間は掛からないって言ってたぜ」前田良文が言う。

「……」

「おい、山岸。これでオレたちが失うモノは何もないんだ。だったら、やってみるべきだろう」相馬太郎が続く。

「分かったよ。お前ら二人がやりたいならオレは反対しない」

「そうこなくっちゃな。オレたちは仲間なんだから」相馬太郎が上機嫌に言った。

 山岸涼太は前田と相馬の二人に押し切られた形だ。こんなことは以前にはなかった。理由は明らかで関口貴久が転校してしまったからだ。暴走しがちな二人を抑えるのが山岸と関口の役目だった。それが今はできない。

 万引きは古賀千秋と小池和美が仲間になってくれたことで、格段にやり易くなった。

 古賀千秋の才能には驚かされた。素早い身体の動き、勘の良さ、大胆さ、まるで万引きをする為に生まれてきたみたいだった。的確な指示を出して、大柄な小池和美を立たせて死角を作る。本人は男の一人と恋人同士を装ってイチャつく。店員の注意を引く為だ。小柄な相馬太郎に楽に仕事をしてもらう。それでいて自らも欲しい商品を、しっかりポケットに入れているのだった。一緒にいた誰にも気づかせない手さばきだ。たいした女だと感心するしかなかった。

 もう万引きはやめたい、と言っていた前田良文と相馬太郎の二人は、仕事が上手く行き出すと言葉を翻した。もっと稼ごうぜ、と言って見つかる危険を軽視するようになっていく。

 土屋恵子への不満と憎しみは、どんどん募った。「いつか殺してやりてえ」が、前田と相馬の口癖になった。

 ある日のことだ、木更津のスポーツ用品店で客から注文を受けた幾つかの商品を物色していると、転校生の黒川拓磨と出くわした。たまたま古賀千秋と小池和美とは別行動を取っていた時だった。

 一瞬で状況を理解すると黒川は、「今日一日だけでも仲間に入れてほしい」と言う。誰も反対しなかった。ところが手伝わせてみると、なかなか使える奴だった。すばしっこい、この言葉に尽きた。あっ、と言う間に盗みたかった全ての商品を手に入れてしまう。古賀と小池が戻って来る前に仕事が終わっていた。

 「来週も一緒にやらないか?」前田良文が誘った。

「いや、今日だけで十分だ。楽しかったよ」

「分け前は火曜日までに渡せると思う」山岸涼太が言った。

「いらない。君らで取ってくれ」

「マジかよ。ありがたいぜ」と、相馬太郎。

「もし気が変わったら教えてくれ。いつでも歓迎するぜ」用事があるらしくて一人で帰ろうとする黒川拓磨に向かって、前田良文が声を掛けた。仲間に入れたいと思ってるのが明らかだ。山岸涼太は乗り気がしなかった。

 あれだけの働きをしながら一円の金も受け取らないのが不思議だった。一体、何を考えているのか分からない。不気味な奴だ。距離を置いて接する方が無難だ、と感じた。

 「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、月曜日に学校で」

「うん。じゃあな」

「あ、そうだ」帰ろうとしながら立ち止まった。

「どうした?」前田良文が応えた。

「久しぶりに楽しい事をさせてもらった御礼がしたいな」

「え?」

 御礼って、どういう意味だ? 助けてもらったのはオレたちの方なんだぜ。訝る三人を前にして黒川拓磨はポケットから一枚の紙を取り出した。

「何だ、それ?」

「ただの紙じゃないぜ。触ってみろよ」

 そう言われて前田と相馬は手を出す。山岸涼太は動かなかった。

 「なんか凄い紙じゃないか」相馬太郎だった。

「……」黒川はニヤニヤしているだけだ。

「でも何も書いてないぜ」前田が言った。

「きみらが何か書くのさ」

「え、オレたちが?」

「そうさ」

「意味が分からないな」

「何でもいいから、願い事を書くんだ」

「書いて、どうなるんだ?」

「きっと、それが叶う」

「ふざけんな。そんなこと信じられるか」と、前田。

「嘘じゃない」

「マジかよ」相馬だ。

「もちろん」

「……」前田と相馬は言葉を失ったようだ。二人が顔を見合して、お互いの表情を確かめている。今の聞いたか、お前? 

 山岸涼太は冷静だった。冗談に決まってら。前田と相馬が真に受けようとしているのが不思議だった。お前ら馬鹿じゃないのか。

 「信じる信じないは、きみらの勝手だ。お礼として、その紙は受け取ってくれ。じゃあ」

 黒川拓磨は立ち去った。三人は黙ったまま奴の小柄な後ろ姿を見つめるだけだ。「お前ら、何やってんだ? 冗談だよ」山岸涼太が言って二人を現実に戻す。そこへ古賀千秋と小池和美の二人が姿を現した。

 「遅くなってゴメンね。奈々から連絡があって、バイト先の友達が化粧品の注文をしてくれたんだって。今日は忙しくなりそうよ」

 手塚奈々は得意客の一人だ。お好み焼き屋でバイトしているだけあって、たんまりと金を持っている。一緒に働いている仲間に声を掛けてあげるよ、と言っていたのだ。それで、いい客を紹介してくれたらしい。化粧品は値が張って、なかなかの稼ぎになる。それに盗みやすい。段取りをどうするかとか仕事の話になって、黒川拓磨のことは誰も口にしなかった。

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