第23話


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 どうしても次の富津中学との試合にスタメンで出場したい。

 サッカー部の鶴岡政勝は鮎川信也と左のミッド・フィルダーというポジションを争っていた。ライバル意識を燃やして競い合わせようと、顧問の森山先生も二人を交互に試合で使った。順番からいえば次は鮎川信也の番だ。

 前の試合では鶴岡政勝のミスプレーから失点して逆転で負けた。でも誰も咎めてきたりしなかった。板垣を除いて、みんなが「気にするな」と声を掛けてくれた。マネージャーの奥村真由美しては、「元気を出して、鶴岡くん。あなたなら失敗をバネにして次の試合で、きっと活躍してくれるはずよ」とまで言ってくれた。なんて、いい女なんだと思った。

 これまでは高嶺の花で、背の低い自分なんか相手にしてくれないと考えていた。去年に買ったキャノンのデジタル・カメラ PowerShot A5で密かに写真を撮り続けるだけだ。手塚奈々と並んで、お気に入りの被写体だった。

 手塚奈々には軽々しく水着の写真を撮らせてくれと言えたが、しっかりした性格の奥村真由美には無理だった。教室での様子とか体操服姿を隠れて撮影するのが限界だ。

 スレンダーな身体つきで手足が長く、顔は細面、ショートカットのヘアスタイルが抜群に似合っていた。スポーツは万能、どんな競技でもスター選手になれそう。泥臭いサッカー部のマネージャーなんかをさせてるには勿体ないくらいだ。付き合っている女がいない部員にとっては憧れの存在だった。

 やさしい言葉を掛けられて一気に親近感が増す。左のミッド・フィルダーという難しいポジションを任される自分の苦労を分かってくれているらしい。司令塔なのにフォワードの板垣順平は全く言う事を聞いてくれないのだ。これまではライバルである鮎川信也と二人で、試合運びの難しさを語り合って、板垣に対する愚痴を言うだけだった。 

 もしかしたら奥村真由美はオレに気があるんじゃないだろうか。あの優しい言葉には、そんなニュアンスが含まれていると思えた。彼女がオレのガールフレンドになってくれたら、どんなに嬉しいことか。 

 これはチャンスかもしれない。見逃しては駄目だ。男なら告白すべきじゃないか。

 だけど彼女には背が高くてカッコいいボーイフレンドがいたりして。それとも好きな奴がいるのかもしれない。もし、いなくても交際を断られる可能性だってある。不安だった。どうすべきだろう。しかし日々、奥村真由美に対する想い強くなって行く。鶴岡政勝は計画を練った。

 今日、明日に気持ちを伝えても効果は薄い。出来る事なら次の試合に出て、彼女が言った通りにオレの活躍で君津南中に勝利をもたらした直後の方が絶対にいい。その状況では、きっとオレの背の低さは問題にならない。感動で奥村真由美の心は高揚している。試合のヒーローから告白されてノーと言う女なんているもんか。

 これだ。これしかない。これなら、きっと上手くいく。

 問題は、どうやって次の試合にスタメンで出場するかだ。出れば富津中には必ず勝てる。連中の弱点は分かった。汚い富津弁さえ気にしなければオレたちが負けるはずがない。

 鮎川信也にオレを次の試合に出させてくれと言っても、拒否されるのは明らかだ。続けて二試合もゲームから遠ざかれば、実戦の感覚は鈍って取り戻すのに苦労する。左のミッド・フィルダーというポジションを完全に失うことを意味した。ましてや理由が女の子に好意を告白する為だと言ったら、ふざけんなと怒り出すのは目に見えている。

 悩んだ末に、板垣順平に怪我をさせた同じ方法を取ることに決めた。秋山聡史と二人で実行した仕返しは完璧なほど上手く行く。一試合だけ出場できなくなれば、それでいいのだ。そんなことを仲良しの鮎川にするのは気が引けたが、これが唯一の手段だと思った。

決断に踏み切ったのは転校生の助言が大きかった。 

 「素晴らしいヘッディング・シュートだったぜ」

 体育の授業が終わって真っ先に、そう声を掛けないではいられなかった。

「ありがとう。だけど二度と起きない。あれはまぐれさ」

「あっはは。そうは見えなかったな。かなり練習を積んでいるって感じだ」

「ミッド・フィルダーの司令塔に褒められて悪い気はしないな」

「サッカーは好きなんだろう?」

「ああ。だけどプレーするよりも試合を見る方が好きだ」

「じゃあ、ヨーロッパのサッカーだよな?」

「もちろん」

「好きな選手は?」

「アズーリの至宝、ファンタジ--」

「もう言わなくていい。ロベルト・バッジョだろ?」

「そうだ」

「オレはジダンだな。マルセイユ・ルーレットには惚れ惚れしている」

「まさに神業としか言いようがない」

「そのとおり」

 こんな調子で奴とはヨーロッパのサッカーの話で盛り上がった。授業を挿んで次の休み時間になっても続く。これまで回りには外国の事情に詳しい奴なんて一人もいなかった。やっと話し相手を見つけたっていう、そんな気分だ。次の日韓共同開催のワールドカップでの優勝争いを予想したりで楽しかった。

 どうしても次の富津中学との試合には出たいんだ、と悩みを打ち明けるのに時間は掛からない。

 「そういう気持ちなら、どんな手段を使ってでも試合に出る努力をすべきだな」と、転校生。

「……」当事者じゃないから簡単に言えるんだ。

「運を天に任すなんて態度じゃダメだぜ」

「そう言うけどな、なかなか思い通りにならない事だって……」

「セリエAなんかで活躍するストライカーは、いいパスが来るのを待っちゃいないぜ。自分から取りに行くんだ。たとえ相手が味方であろうと、オレがシュートするんだという気持ちで奪いに行く」

「すげえな」

「自分よりもチーム・プレーが大事という日本的な考えだと、本当の意味でのストライカーは育たない。Jリーグの試合ではキーパーと一対一なのに、パスの相手を探そうとするフォワードの選手をよく見る」

「オレも、そう思う」

「試合に出たいなら出来るだけのことはやれ」

「もし、……」

「何だ?」

「もし、それが汚い方法でもか?」

「見つからなければいいのさ」

「……」言えてる。

「上手くやるんだ。きっと成功する」

「わかった」

 放課後のクラブ活動が終わって、トイレに行く振りをして鶴岡政勝は駐輪場へ急いだ。いつもの場所に鮎川信也の白い自転車を見つけた。周りを伺う。誰もいないことを確かめて近づく。針で前輪に小さく穴を開けて、黒いビニールテープを貼った。完了。目立たないように、ゆっくり校舎へと戻った。板垣順平の時みたいに上手く行くことを願いながら。

 カバンと学生服を取りに二年B組の教室に寄ったが、部室へは行かなかった。鮎川信也と顔を合わせたくなかったからだ。後ろめたい気持ちは、これが最初で最後だからという思いで紛らわす。

 帰り道、もし上手く行かなかったらと考えた。ただの自転車のパンクで終わったとしたら。

 それは、それでいい。そしたら次の試合に出場することは潔く諦めよう。出来るだけの事はやったんだ、と自分を納得させられた。後悔はない。また、いつかチャンスが来るのを待つだけだ。

 家路を歩きながら想いが膨らむ。出場できた次の試合で大活躍してチームに勝利をもたらす。その勢いに乗って奥村真由美に告白すると、彼女の方からも前から好きだったと知らされて大感激。板垣順平を除くサッカー部の仲間たちに祝福されて、オレたちはボーイフレンドとガールフレンドの仲になるんだ。


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