第18話


   18


 佐野隼人は悩んでいた。すべてが上手く行かない。サッカー部のキャプテンであったが、その務めすらどうでもよくなっていた。

 あいつの所為だ。それは強い霊感の所為で理解できた。しかし、どう対処すればいいのか分からなかった。

 霊感の強さを知ったのは小学校へ上がる前だ。山に囲まれた父親の実家へ行った時のこと。日が暮れてから祖母に連れられて何軒か先の家へ用事があって出かけた。帰り道だ、祖母は急に立ち止まって孫の手を強く握ると言った。

 「隼人」いつもの優しい声じゃなかった。

「なに、オバアちゃん」手を通して緊張感が伝わってくる。

「お前、あの人たちが見えるか?」

「うん」

 道路を境にして山沿いの片側は民家で反対側は田んぼが広がっていた。そこで、この暗さにも関わらず農作業をしている人たちがいるのだ。全く言葉を話さず黙々と仕事を続けている。声だけじゃなくて何の音も聞こえてこない。異様な雰囲気が漂う。

「見えるのか、お前?」と、念を押す祖母。

「うん、見えるよ。どうして?」

「そうか」がっかりしたような声だった。「お前な、あの人たちとは絶対に目を合わすな。もし話し掛けられても返事はするな」

「どうして?」

「なにも訊くな。ただババが言った通りにしろ。分かったか」

「うん。じゃあ--」

「じゃあ、何だ?」何も訊くなと言ったばかりじゃないか、そう咎める響きが言葉にあった。

「オバアちゃんの横に立って、血を流している人とも話しちゃいけないんでしょう?」

「ひえっ」

 悲鳴に近い声を上げると、その場に祖母は腰を落としてしまう。慌てて立ち上がると孫の手を引っ張って逃げるように家に帰った。

 「この子は霊感が強い。あたしの比じゃないよ。まわりが気をつけてやらないとダメだ」

 両親に向かって、そう言ったのを覚えている。警告するような感じだ。その晩から祖母は体調を崩して床に伏す。亡くなったのは一週間後だった。

 霊感が強いのは災いの元らしい。「隼人。もし変な人たちが見えたら、すぐに言いなさい」両親は心配した。

 幸いにも、その後は異様な体験をすることはなくなった。祖母が絶対に目を合わすなと言った人たちを見る回数が、次第に少なくなっていく。霊感というのが自分から消えていく感じがした。

 去年の十二月、期末テストが終わって家で開放感に浸りながらネスカフェのゴールドブレンドを飲んでいる時だ。心臓を鷲づかみされるような感覚に襲われる。病気じゃない、すぐに霊感が蘇ったんだと分かった。これまでで最も強い。どうして? 今になって。

 その日から毎日、何か悪いことが近づいているという思いに悩まされることになる。訳が分からなかった。どうすればいいのかも分からない。ただ目の前に何かが現れるのを待つだけだった。

 気になって勉強が手につかない。成績は落ち始める。ぎくしゃくし始めた佐久間渚との仲も、なかなか元に戻らない。

 キスまでは早かったが、そこから先が進まなかった。肩から背中を触って、ゆっくり手を彼女の腰の方へ近づけると、「もう、やめて」と強く拒絶されてしまう。「いいじゃないか。もう少しだけ」そう頼んでも首を横に振るだけだった。

 何だよ、オレたち恋人同士じゃないのかよ。オレのことが嫌いになったのか。交換日記なんて面倒くさいことがやめたくなる。

 たまに板垣順平の奴が訊いてくる。「隼人、どこまでいった?」

「順調さ。オレは焦っていないから」と、誤魔化すしかなかった。反対に、「お前と香月はどこまでいったんだ?」と訊いてやる。するとその話は、そこで終わりになる。あいつら二人はキスまでいかないで別れたことが明らかだった。

 順平は相当な金を五十嵐香月に貢いだ。初めのころは、「デートに三万円も使ったぜ」と笑っていたが、そのうち何も言わなくなる。渚から聞いた話しだと、水玉のワンピースから始まって、スカートやシューズ、下着、更には生理用品まで買わされたらしい。中学生の交際レベルじゃなかった。奴は香月と親密な関係になりたくて、どんどん金を使ったのだ。隼人が「佐久間渚とキスしたぜ」と秘密を打ち明けたことが切っ掛けに違いない。つまり順平の奴は金の力で女をものにしようとしたのだ。バカな奴だ。

 金で自由になるような女は手塚奈々ぐらいなもんだろう。スタイルのいい長い脚だけが取柄で、頭の中は空っぽだから。佐久間渚にしても五十嵐香月にしても、そう簡単に身体を許すような女じゃなかった。

五十嵐香月は順平に多額の金を使わせておきながらキスもさせずに、一方的に理由も言わないで別れたんだから、ある意味で凄い女だ。

 いつかオレも渚に捨てられるんだろうか。そんな不安が頭を過ぎった。なんとかして交換日記を始めたばかりの、ときめいた頃に戻りたかった。金でものにするつもりはないが、何かプレゼントをして渚を喜ばせるべきかもしれない。そう気づいた。

 さて、どこで何を買おうか。

 佐久間渚の嬉しそうな顔を想像しながら、色々と頭の中で品物を選んでいた。ところが今は、そんなことを考える気持ちになれなかった。

 何か悪いことが近づいているという感覚は年が明けて、ますます強くなっていった。すべてが明らかになったのは三学期の初日だ。転校生。こいつが恐怖の原因だった。

 加納先生に連れられて二年B組の教室に入ってくるなりだ、隼人と目が合う。驚いたことに笑みすら浮かべて見せた。休み時間になると向こうから接してきた。

 「待たせたな」

「……」ど、どういう意味だ。

「オレが来たからには、お前は邪魔者だ。すぐに消えてもらうからな」

「お、おい、……なにを」

 こっちの返事を聞こうともしないで自分の席へ戻っていく。隼人は呆気に取られるだけだ。

 あいつは君津南中学に佐野隼人が通っていることを知っていたような口振りだった。会ったこともないのに。まったく理解できなかった。どうして、オレを敵視するんだ。

 佐野隼人はキリスト教徒だった。小学校の四年生ぐらいまでは、いつも日曜日のミサに行っていた。最近は足が遠のいて熱心な信者とは言えなかった。転校生から酷い言葉を浴びせられると、何だか知らないが無性に教会へ行きたくなった。

 日曜日、久しぶりにミサに出る。よかった。教会の荘厳な雰囲気の中に身を置くと、心が清められる思いがした。参列者全員で聖歌を歌うと、自分は神と共にあるんだという安心感を得られた。来週も来ようと決めた。

 月曜日、登校すると下駄箱のところで転校生が待ち構えていた。

 「お前が昨日どこへ行ったか知っているぞ」

「……」いきなり何だ。顔を見るのも嫌な奴なのに、朝から。すぐに教会のことを言っているのは理解できた。

「二度と行くな。わかったか」

「どうしてだ? お前には関係ないだろう」

「あるのさ」

「……え」ど、どういう意味だ。

「あの場所へ通うバカ者が近くにいると、オレの力が削がれてしまうんだ」

 それだけ言うと転校生は、その場から去って行く。佐野隼人は下駄箱の前に残された。耳にした今の言葉を頭の中で反芻する。二年B組の教室に入って自分の席に座っても考え続けた。

 あいつはオレが教会へ行くのを嫌がっている。つまりキリスト教が弱点なんだ。これで邪悪な存在であることがハッキリした。それなら懲らしめる為に毎日でも教会へ行ってやろうかという気になった 隼人は決心した。みんなの前に奴の正体を暴いてやろうじゃないか。︱︱あっ。

 うれしい。もう少しで声が口から出そうになった。その姿を目にしただけで気持ちが楽しくなる。開いた教室のドアの向こうに佐久間渚が見えたのだ。なんて可愛い女だろう。今日こそは優しい言葉を掛けてやろうと思う。彼女の横には五十嵐香月がいて、廊下で誰かと立ち話をしていた。山田道子かな? いや、違う。男子生徒らしい。黒い制服の一部が見えて分かった。少し不安になる。

 相手は誰なんだ。すごく気になっていく。それは渚の顔が嬉しそうな表情をしていたからだ。まるで恋人と喋っているみたいに見えた。不安が嫉妬心へと変わる。

 男子生徒の全身が見えたとき、佐野隼人は鋸山の展望台から背中を蹴られて突き落とされた気分になった。マ、……マジかよ。

 転校生の黒川拓磨だった。よりによって、あいつだ。あんな奴と何で楽しそうに喋っていられるんだ。

 渚の奴、オレからあいつに乗り換えようとしているのか? こっちが、せっかくプレゼントでもして喜ばせてやろうとしていたところなのに……。なんて女だ。

 もしかしたら自分の思い過ごしで、これからも佐久間渚は自分のガールフレンドでいてくれる。そんな心の片隅に僅かに残っていた期待が、彼女が次に取った行動で完全に打ち砕かれてしまう。

 手紙を、あいつに手渡したのだ。ラブレターに違いなかった。それも教室の横の廊下でだ。大胆過ぎるぜ。もう誰に見られても構わないってことらしい。畜生っ。オレにはラブレターなんかくれなかったのに。嫉妬心は憎しみへと変わった。ふざけた女だ。オレをコケにしやがって。絶対に許してやるもんか。自分の席に座りながら悶々とした気持ちだった。

 「佐野くん」

こんな時に呼ぶんじゃねえ、バカ野郎が。「……」声で小池和美だと分かったが無視した。

「ちょっと、佐野くんたら」

「何だよ」近くにこられて返事をするしかなかった。大柄な女で目立つのに、最近はレンズの大きな玩具みたいなメガネを掛けて余計に注目を集めてる。それ似合っていないから外したら、と誰か言ってやる奴がいないのかよ。 

 不思議なことに、そのメガネを掛け始めてから小池和美の態度が自信に溢れた感じに変わった。理解できない。本人はカッコいいとでも思っているらしい。

 「ボランティアの件だけど」

「それが?」

「どっちに行くか今日中に決めて知らせないといけないの」

「あ、そう」

 そんなことオレが知ったことかよ。委員長の古賀千秋と書記の小池和美、お前ら二人が勝手に決めたことだろう。高校受験で内申書を良くしたいが為だ。

「佐野くん、だから前に出てクラスの意見をまとめて」

「なんでオレが?」ふざけんな。オレは関係ないだろう。

「千秋が休みなのよ」

「……え」

「風邪らしいの」

「ウソだろ」冗談じゃない。今はそんな面倒なことをする気分じゃなかった。

「早く」

「お前がやってくれよ」

「いやよ。あたしは書記だもん」 

「じゃあ、明日でもいいだろう」

「ダメ。今日中に、って言ってるでしょう」

 この強情な女。言い出したら絶対に妥協しない。隼人が嫌がっているのを知っていて、心の中では面白がっているんだ。

「ちっ」佐野隼人は渋々だが立ち上がった。小池和美の声が大きくて周りの注目を集めていたからだ。早く終わらせて席に戻ろうと考えた。

「おい、佐野。ちょっと、いいかな?」

「何だ」教壇に立とうとしたところで、山岸涼太と相馬太郎の二人に呼び止められた。こいつらか、という思いだ。また何か、くだらないことをしようとしているのが、連中のニヤニヤした表情から明らかだ。

「アンケートの結果が出たんだ。発表させてくれ」と、相馬太郎。

 すぐに数人の男子生徒から声が上がる。そっちが先だ。山岸と相馬の話が聞きたい。そうだ、先にやらせろ。

 ここは引き下がるべきだと佐野隼人は判断した。「分かった。早くしろよ」そう言って自分の席に戻った。

 小柄な相馬太郎が山岸涼太を従えて教壇に立つ。右手に紙を持っていた。「前回の『二年B組女子生徒ベスト・オナペット』は、当然ですが投票権は男子に限られました。それで今回は『AV女優になりそうな二年B組女子生徒』のアンケートを行って全員に協力してもらいました」

 相馬太郎は生徒全員の反応を確かめながら話す。得意げだ。こういう場面では輝いていた。

 「では発表します。第三位は篠原麗子さんでした」一斉に拍手が起きる。「ベスト・オナペットでは二位でしたが、今回は順位を一つ落としました。でもさすがですね。おめでとうございます」

 拍手は続いた。視線が篠原麗子に注がれる。本人は恥ずかしそうに下を向く。その顔が次第に赤くなっていくと、逆に拍手は大きくなった。おめでとう、という声も上がって、はやし立てた。

 「第二位は五十嵐香月さんです。ベスト・オナペット第三位から一つランクを上げました。映画鑑賞で演技に対する感性が身についていると判断されたのでしょう。おめでとうございます」

 同じように拍手が起きたが、本人は注がれる視線に軽く笑っただけだった。

 「第一位は︱︱」と相馬太郎が言い出すと、大きな拍手と共にクラス全員の視線が手塚奈々に集まった。「そうです。手塚奈々さんです。『二年B組女子生徒ベスト・オナペット』に続いての連覇を達成しました。おめでとうございます。みなさん、盛大な拍手をお願いします」

 相馬太郎の言葉に応えて手塚奈々が席を立つ。両手を挙げて勝利の喜びを表現した。「ありがとうございます。AVデビューしましたら、ぜひ応援して下さい」そして挙げた手を頭の後ろで交差させると身体を捻ってセクシーポーズを取って見せた。

 それが男子に受けて拍手が大きくなった。会釈して彼女が席に腰を下ろすまで続く。どんなに冷やかしても手塚奈々は期待を裏切らない。軽率な女に扱われて嫌がるどころか、反対に調子を合わせておどけて見せるので男子から絶大な人気があった。

 しかし今回のアンケートの結果発表は前回ほどの盛り上がりはなかった。ランキングに入る女子生徒に代わり映えがなかったからだろう。三度目は無いなと思った。相馬太郎と山岸涼太から、終わったと合図を送られてオバア佐野隼人は席を立って教壇へと進んだ。

 「ボランティアの件なんだ」その一言で教室は静まり返った。まったく関心がないという証拠だ。隼人は続けた。「南子安にある老人ホームか坂田の福祉施設のどっちへ行くか決めたいと思います。これから票決を取りますから手を上げてください」

 ……。 

 何の反応もない。山田道子が隣に座っている奥村真由美に話し掛けるのが見えた。ボランティのことで何か言うのかと思ったら、英語の宿題どこまでだった、という声が聞こえてきた。隼人は一気に進めて早く終わりにしようという気持ちを強くした。「老人ホームでいいと思う人?」

 誰も手を上げない。どころか誰も、こっちを見ていない。嫌な予感が脳裏に走った。「じゃあ、坂田の福祉施設?」

 ……。

 やはり誰も手を上げなかった。完全に無視されていた。畜生、古賀千秋の奴が休んだりするから……。「おい、どっちかに決めなきゃならないんだ」言葉に怒りが滲んでしまう。「どっちかに手を上げてくれないと困るだろう」

 ……。

 教室は静かなままだ。これは大変なことになった。きっと長引きそうだ。佐野隼人に対して残りのクラス全員が対峙するという図式が教室に出来上がった。どうやって連中を説得させて、どっちに行くか決めさせるか。この状況から早く脱出したかった。 

 「ちょっと、いいかな?」やっと誰かが反応してくれたかと思ったら、それは黒川拓磨だった。

「何だよ。お前は関係ない」反射的に喧嘩腰の言葉が口から出てきた。心の中では、お前が転校してくる前に決まったことなんだよ、口出ししないで大人しく座っていろ、と怒鳴っていた。オレの彼女だった佐久間渚を横取りした憎い奴だ。

「そんなことはないと思うな。オレだって二年B組の生徒の一人なんだぜ」

 確かにその通りだ。苦々しい思いで隼人は応えた。「じゃあ、何だよ。言ってみろ」

「どちらにも行かないという選択肢はないのかな?」

「ふ、ふざけんな。どっちかに行くってことは決まってるんだよ」

「そう言うけど、みんなは行きたくないみたいだぜ」

「……」何も言えなかった。クラスの全員が興味深く二人のやり取りを見守る。佐野隼人は明らかに劣勢に立たされていた。教室の空気が張り詰めて時間だけが流れた。

 静寂。

 小池和美が立ち上がった。「黒川くんの言う通りだわ。どちらにも行かないという選択肢もあっていいと思う」

 隼人は自分の耳を疑った。こっ、このやろう。なんて女だろう。どっちかに決めろ、と指示を出したのはお前じゃないのか。全身が怒りで震えた。「おい、小池。お前と古賀の二人が勝手にボランティア活動を--」ことの経緯を明らかにしようとしたが、最後まで言わせてもらえない。

「そんなことは、もうどうでもいいの。どちらにも行かないという選択肢も加えて、全員の意見を聞くべきよ。ねえ、みんな」

 そうだ、そうだ、そうだ、という声があちこちから上がった。佐野隼人は一人、悪者にされた気分だ。無意識に親友の板垣順平の方を見て助けを求めた。ところがだ、奴は顔を下に向けて無関心を装っていた。いつもだったら、みんなに手を上げろよ、とか助け舟を出してくれてるはずなのに。今の奴の態度が信じられない。もはや孤立無援だった。「……じゃあ、どちらにも行きたくないと思う人は?」黒川拓磨の意見に従うしかなかった。当たり前だが、か細い声になっていた。

 ほぼ全員が手を上げた。それを見て佐野隼人は黙って自分の席に戻った。

 なんてこった。最悪の月曜日の朝だ。今日一日、誰とも話したくない。そう思った佐野隼人に声を掛けてきた女子生徒がいた。佐久間渚だった。

 「佐野くん、これ」

 オレを裏切った女だ。その手には交換日記帳を持っていて、差し出す。ムッときた。黒川拓磨にはラブレターで、オレにはこんな面倒くさいモノを持ってくるのかよ。もう続けていられるか、馬鹿野郎。怒りが爆発した。「うるせえっ」佐野隼人は彼女の手から交換日記帳を引ったくるように奪うと、思いっきり床に叩きつけた。

 教室が静まり返った。

 どうした? 何があった? 離れたところに席があって事情を知らない連中から声が上がる。

 佐野くんが渚に怒鳴ったのよ。渚のノートを床に投げつけたわ。問い掛けに答える声も聞こえてきた。二人が付き合っていることは周知の事実だった。二年B組において大スキャンダルと言ってもいい。もし君津南中学校で女性週刊誌が刊行されていたら、次号の表紙を飾る言葉はこれで決まりだろう。『二年B組の佐野隼人と佐久間渚が破局。本誌だけが知る赤裸々な事実』だ。そしてメディアの取材攻勢が始まるのだ。

 佐野さん、今のお気持ちは? 去年ですが二人だけになった放課後の教室でキスまでいったというのは事実ですか? もし傷心の彼女に声を掛けるとしたら、どんな言葉が浮かびますか? 別れた理由の一つに新たな男子生徒の存在があると聞きましたが本当なんですか? 佐久間渚が妊娠しているという噂がありますが、それについて一言お願いします。彼女のパンティとかブラジャーが頻繁に盗まれていますが、破局と関係がありますか? 

 ふざけんな。絶対に誰にも何も喋ってやるもんか。そして佐久間渚が静かに床に落ちた交換日記帳を拾って自分の席に戻っていくのが音で分かった。

 可哀想なことをしたな、という思いはなかった。ざまあみろとしか思わなかった。

 渚、大丈夫? と問いかける五十嵐香月の声が教室の後ろから聞こえてきた。それに続いて、佐野くんて酷い、という誰かの言葉が耳に届く。女の子に八つ当たりするなんて最低じゃない? 佐野くんて男らしくない。非難の言葉が二年B組の教室に飛び交う。

 佐野隼人は自分の席に座ったまま、何一つ身動きできない状況に追い込まれてしまう。何もかもがイヤになった。このまま家に帰りたい。仮病を使って早退しようか。

 しばらくして、ほとぼりが冷めたころを見計らって、顔を上げて正面を向いた。目だけで回りを見ると、ほとんどが佐野隼人と顔を合わそうとしていなかった。……たった二人を除いて。

 一人は黒川拓磨で、薄笑いを浮かべたので直ぐに目を逸らした。オレがこんな目になって愉快なのが明らかだ。畜生。いつか殺してやるからな、覚えていろ。もう一人は意外なことに、根暗の秋山聡史だった。こっちを見てニヤニヤした表情をしていた。何やってんだ、馬鹿野郎。こいつには睨みつけてやった。

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