魔王様、定年退職なんだから早く帰って!

ちびまるフォイ

犯人はヤス。

「魔王様、50年ありがとうございましたーー!!」


「ありがとう、みんなありがとう」


魔王の定年退職お疲れ様会は魔王城で盛大に行われた。


「50年もこうして冒険者から魔王城を守れたのも

 ひとえに配下のみんなのおかげだよ」


「魔王様、退職後はどうされるんですか?」


「そうだなぁ。冒険者が来ない静かな村にでも行って

 静かに農業とかのんびりやっていけたらいいかな」


パーティが終わると魔王は配下のみんなに握手をし、

自分の玉座をキレイにしてから魔王城の門へと向かった。


「みんな、今までありがとう。これで安心して定年退職できるよ」


魔王が門を開けた瞬間。




門の外に待ち構えていた大勢の冒険者と目があった。

魔王はすぐに門の閉めた。


「魔王様? お帰りにならないんですか?」


「い、いやぁ……名残おしくってねぇ……ハハハ」


いま出たら確実に殺される。


最近冒険者が魔王城に挑戦してこなくなったと思っていたが、

まさか魔王の定年退職タイミングに合わせて出待ちしていたとは。


「せ、せっかくの定年退職だからみんなと帰りたいなーー。

 ほら、今日はみんな魔王城の護衛もないんでしょ?

 みんなが、完全装備で、門の外に出ようよ」


魔王は冷や汗をかきながら全員に訴えた。

冒険者といえど魔王城の配下との全面戦争なら勝ち目はない。

これならきっと魔王城から脱出できる。


「そうですね! おい、みんな! 定年退職する魔王様を祝して

 門の外で俺たちの花道を作ろうぜ!」


「やったー! これで安心して出られる」


なぜか魔王も喜んでぴょんとジャンプしたが、

同意した配下の魔物にすかさずガーゴイルが耳打ちした。


(おい、空気読めよ)


(え? なにか間違っていたの?)


(魔王様が最後まで居残りたいってのは、

 この思い出深い魔王城をひとりで噛み締めたいに決まってるだろ)


(あっ……!)


(気が強い魔王様のことだ、涙なんか配下に見せたくないだろう。

 俺たちが先に魔王城から出ないと、思い出に涙も流せないんだよ)


(なるほど……)


声は届かなかったが、彼らのセリフはすべてセリフウィンドウに表示されるので

耳打ちがなんの効果もないことは魔王しかわかっていなかった。


「花道というのは冗談で、先に失礼しますね魔王様」


「あ、ちょっと!?」


「ごゆるりと……」


「そういう気づかいいらないってーー!!」


魔物たちは覚えたての忖度をして魔王をひとり城に残した。

城に残った魔王は思い出にひたるどころか、恐怖の沼にひたっていた。


「どどどど、どうしよう……。このままじゃ門の外に出られない……。

 あいつら帰るときに緊急脱出装置も使っちゃったし……」


こっそり門ののぞき穴から外の様子を伺うと、

冒険者たちは新作スマホにならぶ行列のように徹夜待機を続けていた。


「うわぁ~~ん! めっちゃ待ってるし!!」


怖くなった魔王は玉座まで引っ込んでふざかけをかぶって震えていた。


「ああ、困った……。このまま外に出てもやられるに決まってる。

 最近、ゴルフばかりで全然魔法の練習してなかったし……。


 でも、このまま隠れていても魔王城に誰もいないのがバレて

 冒険者が入ってきたら太刀打ちできないよ……」


魔王城に仕掛けていた冒険者対策トラップも、

Windows10へのアップデートの際に互換性をうしなって機能しない。


この魔王城はなんの対策もできないデカい棺桶となってしまった。


「なんで定年退職なのに、最後まで冒険者に追われなくちゃいけないんだぁ~~!」


魔王は自分の運命を呪い頭を柱にぶつけたときに、

老化で失われていたはずのひらめきを取り戻した。





ギギギギギ……。




魔王城の門が開くと、城からは服も奪われボコボコにされた魔物が出てきた。


「……なんだあれ」

「おい、あんなザコにかまうな。魔王に備えろ」


冒険者たちは出てきたボロボロの魔物に目もくれず、

再び魔王が出てくるであろう門へと注意を向けた。


よもや、いま出てきたみすぼらしい魔物こそが魔王だとは誰も気づかない。


「や、やった! 作戦大成功だ!!」


魔王の作戦は成功し、その姿を見たガーゴイルは驚いた。


「魔王様!? そんなにボロボロでいったいどうしたんですか!?

 チャームポイントのムダに長い横の角も、杖も、チークもない!

 お母さんに買ってもらったクソダサいTシャツもないじゃないですか!」


「ガーゴイル……」


「まさか、魔王城にやってきた冒険者にボコボコにされたんですか!?」


「ちがう。この姿を見て魔王だと思う冒険者はいないと思ってな。

 なにせ奴らは俺の姿を見たことはないのだから」


「なるほど。それで、この冒険者包囲網を抜けれたんですね!

 さっすが魔王様! 天才!! 無事で良かった!」


「ガーゴイル、ひとつ聞いていいか」


「はい? なんでしょう?」








「なんでお前だけ、冒険者一味と一緒にここで待ってるんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王様、定年退職なんだから早く帰って! ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ