第60話 悩まし気なワルツ。嘘から始まる友情
ハグの予告は劇的だった。それ自体がエンターテイメントとして成立するほどに見事な啖呵で、激励で、希望だった。
ここまで反響を呼ぶような文面となったのは一重にハグの人望の成せる業だろう。
渋谷区のミニイベントは緑化区画の『ボスを倒せば緑化現象は終わる』という性質上、それが成されれば纏めて終わってしまう。それ故、ハグ自身がこれまで『ボスを倒すことは非推奨』と広報してきた。
つまり、急に発言を翻した形になる。多少の批判は免れないかに見えた。
だがハグは用意周到だった。批判はあるにはあったが、彼女を擁護する声の方が圧倒的に多数だったのだ。
ハグは単なる一プレイヤー。知名度がいくらあろうと、その事実は変わらない。ハグのボス討伐の規制要請も結局のところは『お願い』でしかなく、命令じみた法的拘束力は一切無かった。
プレイヤーにはハグの要請を無視してボスを倒す選択肢があったのだから『要請をしておいてそれを翻すような予告はするな』という指摘はまったくの的外れなのだ。
もちろんゲーマー界のカリスマであるハグの要請を無視してボスを倒す者が現れたら、そのプレイヤーは白眼視されただろうことは予測できる。だがこの世界はMMO。自分か、自分の勢力だけ美味しい思いをしたいと願うなら多少の批判は覚悟すべきだったという論調の意見が多い。
実際にハグがそうしているのだから猶更だ。
「なるほどな。だがヤツのやり口は少し卑怯だぞ。私たちは美味しい思いをできる側だから幸いだったが」
以上のまとめをナワキから直々に聞いたラファエラは、少し苦い顔だった。
時刻はツミナとマルゴの騒動が終わった次の日の朝。場所はいつものホテルの一室。睡眠時間は足りていないが、後で昼寝でもすれば補えるだろう。
ナワキはベッドに腰かけたまま、向かい側の椅子に座っているラファエラに追加説明をする。
「実際に命が懸かってるんだ。ズルい、卑怯と思っても彼女に迂闊に意見を挟めるヤツはいないよ」
「どういうことだ?」
「作戦の決行は今日の夜九時。ハグさんのやり口が気に入らない、またはボスを倒すことで得られるであろう経験値を先取りしたいと思うのなら、それ以前にチームを組んでボスのところに行くしかない。でもボスの情報は今まで不自然なまでに外に出てきていない以上、正体不明のボスに命懸けで挑むしかないよな?」
「そうだな。当然だ」
「……誰もやんないだろ。怖すぎる。急ごしらえのパーティで死ぬかもしれない作戦なんて実行できるわけがない」
心理的に、どこの誰がそこまでリスクのある行動を取れるだろう。
ハグとは別口で、ハグよりも優れた根回しと暗躍をこなしたパーティが別にいればこの限りではないが、そんなチームがいるとは今のところ聞いたことがない。
つまりあの予告が出た時点で、ミニイベントのボス討伐に関してはハグが構成したチームが独占したと言っていい。
「……聞けば聞くほどに、やっぱりハグは卑怯者だという感想しか出てこないのだが?」
「俺もそう思う。だけどハグさんはその感想を切り伏せるだろうさ。俺が考え付く限りでも二パターンある」
「む?」
「無計画な特攻作戦で人が死ぬよりはマシでしょう。または、緑化現象が進んで東京二十三区すべてのセーフティが潰れてしまうよりマシでしょう」
なるほど、よく出来ている反論だ。人のことを心配しているように聞こえる優しい言葉。
しかしラファエラはそれを、プレイヤーすべての首を真綿で締め上げるような言葉に解釈する。
「……気に入らないな。私たち全員を人質にしているようにも聞こえるぞ」
「でも反論する理由がない。俺たちが彼女のチームに選ばれたからってのもあるけど……見方を変えればチームに選ばれなかった連中も、明日の朝には渋谷区にできた緑化区画が無くなってるんだ。ただ寝ているだけでもな。更に終了予告をしていることで、最後のスパートをかけることもできる。悪いことばっかりじゃないのがあの人の厄介なところさ」
これで予告無しで、ハグがかき集めたチームが勝手にボスを倒していればそれこそ大バッシングだったはずだ。
でも実際にはそうなっていない。彼女は現状あるカードを最大限に、効果的に使っている。
ナワキは再度、デバイスからハグの予告を眺める。
「作戦の決行は今日の夜九時。八時五十分までには集合し、そのとき改めて全体で作戦を周知……」
「……改めて? 待て。私はなにも聞いていないが。貴様、まさか読み飛ばしたか?」
「多分、ツミナだよ。アイツが知ってるはずなんだ」
予告のページには名簿があり、そこにナワキやラファエラの名前も記帳されている。当然のように、ツミナも入っている。
しかし、ラファエラはそれを聞いて大した反応をしなかった。ふい、と目線を外して隣の部屋に意識を向けるだけだ。
「……今のアイツは使い物になるのか?」
「なってもらわないと困るよ」
ナワキの言葉も平淡だった。後はもう、なるようにしかならないと思い知っている態度だった。
「伝えるべきことは全部伝えた。お前は愛されてた。なにも気にするなってな」
「なら何故……」
ナワキの能天気な発言に苛立ったラファエラは、眉間に微かに皺を寄せた。
「何故アイツは引き籠ってる? どうして表に出てこない?」
「言葉だけじゃアイツは信じないんだよ。自分自身がすげぇ嘘吐きだから」
「なら貴様のやったことはすべて無意味ではないか!」
「……かもな。俺のやれることなんて高が知れてる」
諦観と自嘲が滲み出た声色。これはラファエラにとって、今一番聞きたくない言葉だった。
十年来の親友でこれだ。なら五日分の絆しか持たない自分では、絶対にツミナのことをどうすることもできない。後に残るのは無力感。
だが苦し紛れの反論をしようとしたラファエラを制しナワキは言う。
「ま、安心しろ。言葉で解決できなくても、他の手段が色々ある」
「なに?」
「……あとツミナから連絡が来た。『定刻までに戦える準備だけは整えておいて』だとさ」
ナワキにとっては、それだけで充分だった。
まだ決定的なところで、ツミナの心は折れていない。ナワキが予測していたより、遥かに展望は明るかった。
それはきっと、ナワキや椿以外の要因があったからだ。
「ありがとな、ラファエラ」
「……なにがだ?」
「ツミナだよ。アイツ、本当に凄い嘘吐きだからさ」
ニヤリ、と精一杯悪い笑顔を作った。あえて煽るような笑顔だ。
目の前にいるラファエラではなく、ツミナに向けた表情だった。
「嘘を吐いている内に本当と嘘の区別が付かなくなって、自分自身すら自分の嘘に騙されるんだ」
「……?」
そう、例えば。
「嫌いなヤツを好きだと言い続けると好きになってきたりな?」
「……よくわからない」
「だろうな」
真っ先に騙されたのだから、そうでないと成立しない。
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