第59話 謝肉祭の告知をしよう
「マルゴ。それ、なんのつもりだ?」
マルゴの『外見誤認』は使っている間のSP消費はないが、その代わり発動と解除にそれぞれ膨大なSPを消費することでゲームバランスを取っている。
まだ変装を解除した後で再び別の人間に再変身するSPが回復していないマルゴは、六花の姿のままだった。
こちらもシャツの前を開けて下着姿を晒しているので、目の毒だった。
「おや。ナワキくん。妹の名誉のために今すぐこの部屋から退出してくれませんか?」
「その名誉を汚してるのはまず間違いなくテメェだけどな!」
もうすっかりセノーの制服をズタズタにしたので、用済みとなったハサミをマルゴは適当に放り投げた。
マルゴはなんのことはないようにナワキに言う。
「姉妹での性交ってノーカウント感ありません?」
「ねぇよ! ていうかなんで妹にそんなことしてんだテメェ!」
「妹の処女は姉のものという名言がローマにありまして。確か、暴君と恐れられる第五代皇帝ネロ・クラウディウスが言った金言だった気が……」
「騙されるかーーーッ! 世界史は得意科目だ! 流石にどこの暴君でもそんな悍ましい暴論振りかざさねーよ!」
「かつてのヨーロッパには初夜権というものが……」
「もう黙った方がいいぞ! 人間性が喋る度に台無しになる!」
――何故そこまで言われなければならないのか。
マルゴは不満丸出しに唇を尖らせ、背後のナワキと目を合わせた。
「いえ、まさかこの世界でしんちゃんが女の子になってるとは流石に予想外だったので……仕方がないから女の子同士の夜の過ごし方を実験しないとでしょう?」
ナワキはその言葉を受けてキョトンとしたが、すぐに首を激しく横に振った。
「だからって妹で実践するヤツがあるかよォ!?」
「それ以前にお姉ちゃん! まさかとは思うけど、まさかなんだけど! 慎吾義兄さんと、その……あの……ねえ!? もうヤッちゃってるの!? まだ十五歳だよね!?」
「それがどうかしたの?」
セノーは冷たい目で自分を見下ろす姉を見て、呼吸を一瞬忘れる。
ナワキは今更驚かない。慎吾の手の速さは電光石火だ。ときには京太の部屋でいい雰囲気になり、そのまま実行しようとしたことすらある。
そのときは流石に二人の尻を蹴って家から叩き出したが。
「まあ大したことではないでしょう。この世界の出来事は現実には持ちこせない。ゲームなんだから。この世界で純潔を失ったとしても誰も気にしないでしょう?」
ナワキはやっと、マルゴが妹に対しては敬語を使っていないことに気が付いた。
彼女は恋人の慎吾にさえも敬語を絶対に崩したりはしない女性だ。そんな彼女が妹に対しては敬語を外している。
素を見せている、というのとは違う。どちらかと言えば慎吾に見せる姿こそが素のはずだ。つまりマルゴは妹と接するとき、わざわざ妹のことを見下している。
「……だあー! もう! いい加減にしろ!」
ナワキはホテルに備え付けの椅子を持ち上げ、振り回した。器用にセノーに馬乗りとなっているマルゴだけを叩き飛ばす。
ゴシャア! という音が響き、マルゴは無抵抗に床を転がった。
ベッドに縛り付けられたセノーは目を丸くしている。
「たっく……しょうもない焦り方しやがって。セノー。大丈夫か?」
「ひ、ひひひ、人のお姉ちゃんに何するんだーーーッ!」
ベッドに縛り付けられていない足で、セノーはナワキの太腿を蹴り飛ばした。
筋力値に随分とステータスを振っていたのだろう。骨すら軋むような重い蹴りだった。
「おっ……俺……お前を助けたのに……!」
「や、やり方があるでしょ! いくらなんでも椅子で横薙ぎにドーンはなしだってば!」
「があああ……め、滅茶苦茶痛い! どんだけ筋力値を……! ん?」
変だ。流すところだったが、どこかおかしい。
ナワキは痛みを一時的に忘れ、セノーの顔を凝視する。
「……ちょっと待て。手錠の方はともかくとして、その筋力値ならベッドくらい破壊できるよな?」
「は?」
「逃げられるじゃないか。自力で。それにしては抵抗が薄かったよな?」
「……がっ!?」
図星だったらしい。一瞬でセノーの顔が茹蛸のようになる。
ナワキはばつが悪そうに頭を掻いた。
「……あ、ああ。いや。ごめん。確かに途中で邪魔するべきじゃなかったな……嗜好や愛は人それぞれだし……」
「違う! 誤解しないで! この筋力値で抵抗したらお姉ちゃんが死んじゃうかもでしょ! それを避けたかったの! ベッドもむやみやたらに壊せないし!」
真相はどうあれ、姉思いなことには変わりない。自分の利益のために妹を手籠めにしようとする異常者なのに。
ナワキは立ち上がり、痛みに悶絶しているマルゴの方に向き直る。
「……マルゴ。頭は冷えたか?」
「多少は。凄いですね、この世界。椅子を叩きつけられたのに、そこまで痛くありません」
「耐久値を上げたんだろ。ならちょっとくらいの衝撃なら痛んだ傍から回復するよ」
ナワキは横薙ぎに振るった椅子の位置を直し、座った。
まだナワキは一番大事な質問をしていない。
「慎吾に愛想を尽かしたわけじゃないんだな?」
「そんなわけないでしょう? ただ準備不足だったので急いでホテルに戻っただけです。ほら、見てください。このホテルについてから、検索履歴はそれ用の性知識でもう埋まってますよ」
デバイスを操作し、ナワキに見せつけるが、当然まともに見る気はない。
「……それを先に言ってから逃げてほしかった……!」
マルゴはあまりにも平然としているが、ナワキは苦しい顔で眉根を揉むしかなかった。どう考えてもツミナは傷付いている。マルゴに対して今の姿を晒すのを嫌がっていたのは、純粋に椿に嫌われるのがイヤだったからだ。
その恐れが現実のものとなったとツミナはきっと誤解していることだろう。
そして、なによりも。
「……この世界にお前は来るべきじゃなかった。アイツは……お前にあっちで無事にいてほしかったはずだ。自分の帰りを待っててほしかったはずだ」
「無理ですよ?」
「あっさり言いすぎだ……この世界に来たら、いつ戻れるかわからないんだぞ」
「……ナワキくん。私にとっては、しんちゃんがいない世界は地獄なんです。だから……」
「うん。わかってる。でもお前は軽率すぎたんだ」
「……すみません」
「それを言う相手は俺じゃないんだよ……!」
掌の筋線維が切れてしまいそうなほど、ナワキは拳を強く握る。
その絞り出すような声を聞いたマルゴは、やっとのこと居心地が悪そうな顔になった。
「……ナワキくん。私は……」
「ただいまー!」
バタン! と元気よく部屋の入口が開いた。そして上機嫌に部屋に入ってきたのは、先ほどまでナワキとラファエラのコンビと喧嘩をしていたアルタ山だ。
「は?」
間抜けな声を出したナワキにはまだ気付かず、アルタ山は部屋にずかずかと無遠慮に入ってくる。
「いやー、セノ聞いてよー! 私さっきラファエラにさー……あ?」
そしてアルタ山の目に映る惨状。
ベッドに手錠で拘束された、制服がズタズタに引き裂かれ半裸のセノー。薄着でその辺に転がっているマルゴ(六花の姿)。余裕綽々の姿勢で椅子に座っているナワキ。
それらを無言で順番に見たアルタ山は、みるみる内に表情に影を落とした。
そしてナワキの方を向くと――
「――死ね」
友達を守るため、アルタ山は自らのPSIで髪の毛を伸ばし始めた。
「……俺!? いや、誤解だちょっと待っ――!」
高級ホテルの一室。爆音が響き、部屋のあらゆる物が閃光に包まれ、窓ガラスが豪奢な音を響かせ割れた。
◆◆
命からがら逃げきったナワキとマルゴは、ホテルの近くにあった噴水広場で、揃って息を荒げていた。
「……まさかセノーにルームメイトがいたなんて予想外でした。聞いたことがなかったので」
「あれセノーの部屋だったのか!? いや、それ以前にお前ってセノーと別チームなの!?」
「ええ。私は
この女の危険度が更に増した気がする。ナワキは息を荒げたまま呆れかえっていた。この女には、本当にまったく備えがない。
「じゃあ銀行強盗討伐計画にセノーが俺を連れて行ったのも、もしかして……」
「飛び入り参加ですよ。あの討伐計画は元々、私がソロでやるつもりでした。武装はハグさんから色々借りてたので」
「無謀すぎる! 合流できてよかったよ、本当によォ!」
この場を照らすのは街灯だけだ。建物の明かりは少し遠い場所にある。
息が整ってくると、静かすぎて落ち着かなくなってきた。
「……まったく。それにしてもアイツら大丈夫か? ホテルの一室を破壊なんかしたら手配度が上がるだろ」
「その辺りは大丈夫かと。ハグさんの根回しは凄いらしいので。私もセノーから又聞きしただけなんですが」
「……はあ。そろそろ帰るよ。ツミナのフォローもしなきゃだしさ。お前の気持ちが聞けただけ、上々だ」
今日は色々ありすぎた。疲れない方が無理だろう。そもそも、こんなことにならなければとっくにナワキは眠っていたはずの時間だ。
ツミナからのメッセージが入っているかもしれないと思ったので、ナワキはデバイスに目を通す。
「……ん?」
直後、ナワキは小さく声を上げた。
「……これは」
青天の霹靂。寝耳に水。
簡単には流せない大きな動きの情報が、いきなりナワキの目に飛び込んで来た。
「……くそっ! ツミナのヤツ、伝え忘れたな!」
それはとあるSNSで膨大なユーザー数によって拡散された大ニュース。
内容は渋谷区のミニイベントの終焉予告。発信者は運営ではなくハグだ。
討伐戦が始まろうとしていた。ツミナを代表としたナワキのチームすら巻き込んで。
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