第61話 エロイカのハリボテ
「……これからどうするかな」
「準備はしておけというリーダー命令だ。私はそれに従おう」
ナワキもその点は外す気はない。今は朝で、決行は夜だ。準備など昼の間にも終わるだろう。
問題となるのは余った時間をどう使うかだ。
「俺はちょっと調べたいことがある。ハグさんを探して会ってくるよ。ラファエラは合流しやすいようにホテル周辺からはあまり動かないでくれ」
「……貴様、相変わらずだな。何故私と別行動すること前提で話を進める?」
またラファエラが不機嫌になってしまった。ナワキはその事実に怯むが、辛うじて淀みなく返答する。
「俺と一緒に来てもつまんないぞ? 本当にただ話をするだけだ。作戦の詳細を聞こうかな。あとついでに雑談しようかなって程度で」
「大事ではないか! むしろ私も行った方がいいだろう!」
「……」
基本的に、ナワキはラファエラの我儘を問答無用で断るようなマネをしたことがない。結局のところラファエラにも常識はあるので、その範疇から逸脱した横暴な要求はそもそもしないからだ。
この要求も、そこまで理不尽というわけではない。だがナワキはどういうわけだか、今回に限って真剣に迷っているように見えた。
「む……? どうした?」
「いや。どう転ぶかなと思ってさ。ハグさんはラファエラのことが大好きだから、一緒にいたら猫を被ったような発言しかしないかもしれない」
ナワキがハグから引き出したい情報は作戦という事務的なものだけではない。
大したことではないかもしれないが、もう一つだけ質問したいことがあった。ラファエラの存在が、その質問を聞き出す助けになるか、ジャミングになるかは判断が難しい。
やがてナワキは勘定を弾き出し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……ごめん。今回はやめてくれ。あまり大人数で話すようなことじゃないし」
「そうか。わかった」
――あれ?
ナワキの采配に不機嫌になった割には、今度はあっさりと掌を返した。異変に気付いたナワキが頭を上げたころには、ラファエラは立ち上がり、部屋の外へと歩き出している。
「鍵は私が持っていく。オートロックだが、私はホテルの周辺からはあまり動かないからいいだろう?」
「あ、ああ。うん? いいよ」
ナワキの戸惑いがちな返答が終わる前に、ラファエラはドアを閉めた。
肩透かしな対応だ。もう少しごねられると思ったのだが。
「……まあ、そりゃそうか。元からそこまで興味なんてないだろうし」
適当に納得して、これ以上ナワキは大して考えなかった。
故に、ナワキはまったく思い至らなかった。
「……ククク。バカめ」
まさかドアから出てすぐそこで、ラファエラが尾行する気満々で待ち構えているなどとは欠片も考え付かなかった。
正直なところ、彼女はとても暇なのだ。
◆◆◆
「……見つけた」
「あら」
とあるカフェテラスにハグはいた。すぐ傍にある道は人通りが少なくないので、ナワキにとっては落ち着かない。よくこんな場所でコーヒーなど飲めるものだと素直に驚く。
流石に騒ぎの渦中にいる自覚はあるのか、最低限の変装をしていた。長い銀髪は三つ編みにして、サングラスまで掛けている。化粧の仕方も変えているようだ。
服もいつものクリーム色のスーツではなく、町娘が着るような飾り気のないワンピースと薄手のカーディガンだった。
「なんの用かしら? いえ、それ以前にどうやって私を見つけたの?」
「セノーに頼み込みました」
「……あの子ね。プライベートくらいは大事にしてほしいものだけど」
ふう、と溜息を吐く彼女は怒っていなかった。むしろ愉快そうに笑っている。
彼女はナワキに、向かいの席に座るよう手で促した。態度、対応、すべてが優雅だ。
ナワキが知っている彼女とは印象が違う。遠慮なく促された通り座りながら、ぼんやりそんなことを思った。
「……テンション低いですね。ハグさん」
「そう? 普通だと思うけども」
「公式配信のときとは別人みたいだ」
ピタリ、とハグは動作を止めた。ナワキから視線を外したまま。
「……ふふ。番組と普段とでテンションが違うのは、ある意味当たり前でしょう?」
「あなたの場合は違う。だってあなた、本当にゲームが大好きでしょ?」
「……」
「番組の仲間内でゲームやって、大笑いしてたあなたの方が素でしょう?」
少なくともナワキが追っていた範囲ではそうだった。
ハグという通り名も、ツミナが付けたものだ。今のナワキも『このゲーム中でのハンドルネーム』として彼女をそう呼んでいる。
前の略称で活動していたときは、もっと楽しそうだった。目をキラキラさせて、声も弾ませて、そしてとにかく無邪気だった。
ゲームライターという大人の職務をこなし、たまに番組の司会進行などもやっていたが、彼女の素はきっと無邪気な子供としての顔の方だ。
ハグはナワキの語り口に、心をひっそりささくれ立たせていく。元からツミナの相棒ということで、あまり良い印象が無かったのも手伝っていた。
今度はこちらが自分のなにかを奪いに来たのだと。
「……なんのつもり? 私のなにを疑っているの?」
表情に出す不快さは僅かに、ハグはやっとナワキの顔を見る。
単純に、人の心の隙間に付け込んでロクでもないことを考えていると思った。だが――
「……心配してるんですよ」
まるで仕事疲れの親を心配する子供のような表情だった。
裏も表もあったものじゃない。心のまま言葉を紡いでる。そんな真っ直ぐさしかなかった。
「――は?」
「あなた、このゲームのこと面白いと思ってないでしょう」
「ッ!」
普段は軽く流せただろう一言だ。
しかし、ナワキが自分に向ける感情が自分の想定していたものとかけ離れ過ぎている。その差で動揺を表に出してしまった。
なによりも、その指摘は完全に図星だった。
「一プレイヤーとしてあなたのやっていることがとにかく心配だ。だって明らかに、つまらないことしかやってない。今までツミナにやり取りを任せていたけど、この前の件ではっきりした。なんであんな高レベルのPSIを持ったプレイヤーを抱え込むことができたのか」
アルタ山とセノーの二人は強敵だった。もしも彼女たちが本気で自分たちを殺す気だったのであれば、ラファエラもナワキも今ごろ死んでいたはずだ。
「そんなの簡単だ。手をありったけ広げればいい。というより、基本的にただのゲーマーでしかないあなたが都合良く高レベルプレイヤーを擁する手段はそれしかない。元からあった知名度を駆使して片っ端からプレイヤーに声をかければ、その中には当然アルタ山やセノーのような高レベルプレイヤーが混じっている。手品なんて種が割れれば、この程度の話でしかない」
「悪いことはしていないわ」
「当然。アルタ山にもセノーにも自分が悪いことをしているという自覚は無かった。あなたが悪いことをしてないんだから。俺が話したいのは善悪じゃないんですよ」
――なんだこれは? 彼は一体、なにを考えている?
ハグは内心で焦っていた。ナワキの心情がまったく読めない。
いや、心配されているのはわかる。正確には、何故心配などしているのかがわからない。
その困惑はナワキにも伝わってきていた。
そんなこともわからない程、ハグは疲れ切っているという事実が悲しい。ナワキも含めて、多くのプレイヤーが彼女に頼り過ぎたのだろう。
「……率直に訊きます。ハグさん。このゲームを今、楽しめてますか?」
「――!」
何故ツミナが彼と組んでいるのか、段々わかってきた気がする。
心の隙間を利用するなんて生易しいものじゃない。この少年は、心の隙間を少しでも埋めようとしている。
「……デリカシーのない男は嫌いよ。焼かれたいのかしら?」
ここまで怒ったのは久しぶりだった。
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