第56話 華麗なる変装曲

「まったく! 途中でフケるな! 私とアルタ山の戦いは途中だったのだぞ! ハグから斡旋された仕事をするのだとしても他にやりようがいくらでも……!」


 今は夜で、周囲はとても暗い。ラファエラがナワキを見つけることができたのも、興味度や見慣れた顔だったからというのが大きい。


 故に、見覚えがあっても慣れのない顔に関しては近づかなければ認識するのが遅れてしまう。

 六花の姿をしたマルゴと、先ほどまで自分を追い詰めていたサイキックの片割れであるセノーを見て、ラファエラは眉を顰めた。


「……最悪な組み合わせだな。そこでなにをしている? 下劣警官」


 マルゴは口を開かない。冷たい目線でラファエラのことを射貫くだけだ。

 ここでナワキは気付いたが、マルゴの狙いはどうやらここにあったらしい。サイキックのことが嫌いな六花が、サイキック相手に無視を決め込む可能性はゼロではない。


 ナワキは今のところ彼女に無視をされたことはないが、それでもたかだか五日の間に数回会った程度の仲だ。こういうこともあるかもしれないと納得できるくらいには、ナワキたちは六花のことを知らない。


「フン。無視か。まあいい。たかだか無能力者程度、私の牙にかけるまでも……?」

「ん?」


 無能力者、という言葉を口にしたあたりでラファエラは片眉を上げた。そして六花の顔をまじまじと見ている。胡乱な者を見るような目だった。


「……

「……!」


 迂闊だった。ラファエラには感度が弱くて普段使いできないが、サイキックを判別する能力があったことをナワキはたった今思い出した。

 ナワキとセノーの反応が邪魔になっているせいで、まだ確信には至っていないようだが、このままだとまずいかもしれない。ナワキは急いで口を開き、誤魔化しをする。


「れ、礼なんだって! これは! マメさんの!」

「マメ……ああ、あっちのロートル警官の方か」


 一々評価が辛辣すぎる。差別を受けている側からの評価としては妥当ではあるのだが。


「ほら! 俺たちさっき指名手配犯捕まえたからさ! その礼に見送りくらいはしてやるってマメさんが七宮さんを付けたんだよ!」

「……一見して殊勝な心掛けだが、ナワキ。明らかに裏があるだろう。同行したときに盗聴器でも仕掛けられなかったか? あるいはこれから付けるつもりだったか」


 確かに聞く限りではまるで監視されているかのようだが、これで問題ない。相手はサイキックを差別する警官だ。このくらいの胡散臭さがあった方がかえって状況のリアリティが増す。


 ラファエラは相変わらず不信感丸出しの顔でマルゴのことを見ているが、これなら正体は隠し通せる。


「……ん……あれ?」


 だが、なにかがおかしい。具体的に言うと、静かすぎる。夜の公園の傍というシチュエーションならば当たり前だが、今この場にはツミナがいるというのに。

 何故か包帯だらけのツミナはずっとラファエラの後ろに控えていた。ナワキの視線を受けると、にっこり微笑んで声を出す。


 いや、出そうとした。


「……げほっ」

「うわ。ひでぇ声」


 カラオケで三時間ぶっ通しで唄ってもこうはならないだろう。そのくらいのガラガラ声だった。いつものローレライもかくやな美声とは程遠い。

 どうも会話も難しいようだ。ツミナは自分の唇の前に、両手の人差し指でバッテンを作っている。


「喋れないのか? なんで?」

「ハグに声帯を焼かれた」


 ラファエラの発言の意味がわからなかった。しかし、ラファエラはナワキの理解が追い付くのを待たず、胃もたれするような事情を説明する。


「コイツ、またあの調子でアルタ山と私の戦いに介入してきたハグにちょっかいをかけてな。全裸で」

「全裸で!?」

「『流石にしつこい』とキレたハグがコイツの声帯を重点的に焼いた。今のコイツは活性剤がないと食事すらままならない身体だ」

「道理で包帯だらけだと思ったよ!」


 包帯だらけの金髪美少女は見るも痛々しいが、しかしそのすべてが自業自得だ。


 さて、ナワキはここで密かに気になっていたことを、それとなく調べた。ツミナが喋れないというのも、今だけは都合がいい。


 ずっと違和感があった。慎吾の行方を捜して、ナワキの身元を特定した。そこまではいい。データさえ揃えばそういうこともできるだろう。


 ならば、何故ツミナの方はノーマークだったのか。ラファエラだけでなくツミナもずっとナワキの傍にいたというのに、肝心の彼女のデータが抜け落ちるとは考えにくい。


 ナワキはこっそり、セノーとマルゴの両名の反応を見比べる。

 セノーはツミナの美貌を興味深げに眺め、マルゴはまったくの無反応で未だに六花のフリを続けている。


 これで確信した。どこかでツミナの情報が遮断されている。まるで慎吾の情報を漏らさないように、意図的に。


「……そうだ。セノー。最後にラファエラの前で聞いてもいいかな。いい機会だから」

「ん? なに?」

「俺の身元の特定、どうやった?」


 すると、セノーはナワキの予想通りの返答をした。まったくの無警戒で。


。特定スキルがあったんだよね、あの人」


 動機は単純だ。ナワキとラファエラに喧嘩をふっかける理由が欲しかったのだろう。

 その喧嘩に、友達のセノーも巻き込んでしまいたかった。だから、あっさりと真相に辿り着いてしまったのは、アルタ山にとっては逆に迷惑だっただろう。


 故にアルタ山は部分的に情報を遮断した。どちらかと言えば、ラファエラと戦いたいがために。

 つまりアルタ山だけはツミナの正体を知っていたわけだが、後で彼女からセノーに情報が渡ったとしても、それが成されたころにはナワキがツミナを説得し、すべての事情は正しく氷解する。セノーやアルタ山への口止めは不要だろう。


 真相がわかってしまえば、もう怒る気にもなれないような脱力感に襲われる。笑いも出てきた。


「……ああ、疲れた……」


 ――さっさと帰って寝てしまおう。


 幸い、二人は違う理由で口が利けない。対面しているにも関わらずお互いに正体がわからないという、実に奇妙で都合のいい状態だ。


 ナワキはラファエラを伴い、駅へと歩んでいこうとし――


「あ、待て。面白いものを見せてやろう」

「は?」


 興奮気味に顔を赤らめたラファエラに動きを制された。


「実はな、ツミナの声がこれでは色々と不都合があるから、二人で考えたのだ。どうにかする方法はないか、とな。そうしたらツミナは、思ったよりも多芸だったらしくてな?」

「ん?」

「――これはなんだ? 美少女か? 天使か? もちろん、僕だよっ!」

「……ヴぁ?」


 ナワキの脳が、あまりにもあんまりな現実にバグった。

 今の発言はいかにもツミナがしそうなものだ。だが違う。実際に今の発言を行ったのは、ラファエラだった。


 きゃぴきゃぴと擬音が付きそうな可愛らしい挙動で、ウインクをしたラファエラだった。


「……あ、ひ、ひぎゃあああああああああああああっ!?」


 気が付けば、ナワキは自分でもどうしようもないほどの絶叫を上げていた。感覚としては勝手に身体の芯が怯えることを強要したような、魂からの慟哭だった。


 最高の見た目の美少女から、最低クソ野郎の魂が見え隠れしている。


「ふ、ふふふっ! あーっはっはっはっはっは! 驚いたかい? いや、驚いたんだろうな! 誰に驚かされたと思う? そうだよ! 僕が……ツミナだよ!」

「おっ、お前……な、なにした? ラファエラになにしたぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「『ナノマシンコントロール』の応用だよ。ちょっと優先権の低い、いつも使っているのとは別種のナノマシンをラファエラに投与したんだ。ふっふぅーーー! 成功だぁーーー! 夜は焼肉っしょーーーッ!」


 質問をしたのはナワキだが、一秒たりともラファエラの口から出るツミナの言動に耐え切れない。鼓膜をその辺の木の枝でぶち抜いてしまいたかった。


 いや、目も穿り出してしまいたかった。挙動すらもツミナのそれそのものだ。反吐が出そうになる。


「これは本当に優先度が低くってね、取り付いた相手の同意がある間だけしか作用しないんだけど、普段使っているヤツとは比べ物にならないくらい持続時間が長いんだ! ぬふふ」

「ら、ラファエラは『ぬふふ』とか言ったりしない! キャラ設定を練り直せクソボケェ! ていうか今すぐくたばれ! 地獄に落ちろクソ野郎ぉぉぉ!」

「お障り厳禁ホールド」


 本体であるツミナを速やかに排除しようとしたナワキへ、やにわにラファエラがしなだれかかってきた。


「ア゛ーーーーーーーーッ!(汚い高音)」

「ふ、くくく……こうすればキミはラファエラを振り切れないよね?」

「ふ、ふざけろテメェ……やっていいことと悪いことが……」

「――ダメなのか?」


 ふと至近距離にまで近付いたラファエラが、そんなことを言った。ラファエラ自身の意識と言葉と表情で。

 大いに拒絶されたとでも思っているのか、少し寂し気な雰囲気だった。ナワキの脳に冷や水を浴びせるには充分すぎるほどに可愛い問いかけだった。


「……」

「……ね? 言ったでしょ? 身体の優先権はラファエラにある。やっていいことと悪いことがあるって? これは! ヤッて! 気持ちいいことだ! あーっはっはっはっはっは!」

「ツミナァァァァァァァァァァ! テメェだけは……テメェだけは絶対に……!」

?」


 最低な遊びで、最低な愉悦に表情を歪めていたツミナの目が見開かれた。呆けたような声を出したのはラファエラだったが。


「……は?」

「……お姉ちゃん! 声!」


 気付いたセノーが叫び、マルゴは我に返って口を押えるが、もう遅かった。

 能力の使用すら忘れたツミナが、枯れた自分の声帯でゆっくり発音する。


「……つ……ば……き……?」

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