第55話 面倒ごとのギャロップ

 後始末はすべて肉刺谷に任せることができた。というより、ナワキがすべてを押し付けて逃げたのだが。その際、六花がまた口汚い言葉でナワキたちを罵ってきた気がしたが、それすらも無視して逃げたので内容はわからない。


 面倒ごとが満載された軽トラを警察に押し付けた三人は今、葛飾区の道を歩いていた。セノーには免許がないので、セーフティ内を車で走ることができない。故に仕方がなかった。

 あの軽トラを用意したハグ曰く、別にそれでも構わないということだったので甘えておく。

 街灯はあるが、それでも暗い。近くには公園があるものの、この時間に遊びに来るような子供はいなかった。

 とにかく静かだ。


「それじゃあ、どうするかな。もうすっかり夜だし、SP切れでPSIは使えないし」

「ナワキさんはデバイスに通信機能は付けてないの?」


 セノーの質問に、ナワキは首を横に振った。


「あれ高いんだよ。一機に取り付けるだけで一千万とかバカげてるだろ。むしろお前たちはよくもあの値段設定で納得したな? 現実のSNSの方を使えば連絡自体は余裕だろ?」

「即効性がない。現実の連絡経路を使っての情報交換はどうしてもワンテンポ遅れちゃうから」


 それはナワキも経験で知っている。だから、ナワキのチームでもツミナのデバイスのみ通信機能がある。この影響でハグとの連絡役も常にツミナに任せきりだ。


「……現実の俺のIDを教える。マルゴも以降はそっちの方で連絡を……?」

「あれ。お姉ちゃん?」


 ナワキもセノーも、揃って周囲を見回す。マルゴの姿が見えなくなっていた。ついさっきまでは一緒に歩いていたはずなのだが。


「ああ、ごめんなさい。待ったかしら?」

「あ。お姉ちゃん」

「……んん?」


 セノーが声を明るくして、姿を現したマルゴを迎える。しかし、その光景を見たナワキは首を傾げた。事態を理解するのに時間がかかってしまう。


「……なんで七宮さんの格好してんだ? マルゴ」


 どこからどう見ても、そのスーツ姿の巨乳美人は七宮六花だった。もう知らない仲というわけではないので、一瞬驚いてしまった。声とイントネーションの使い方がマルゴのままでなかったら、気付くのに更に時間がかかっただろう。


「私の『外見誤認』のPSIはちょっと特殊で、発動と解除のときにだけSPの消費が行われるらしいんです。発動中に関してはずっと消費なしでして」

「うん。それで?」

「まだ慎吾さんと顔を合わせるつもりがないので、しばらくはこの姿で過ごそうと思います。チョイスはえーっと……慎吾さん好みの巨乳さんだったので」


 なお、マルゴもそれなりに胸はある。しかも大きい方だ。だが、慎吾が大はしゃぎする巨乳のラインが六花のそれそのものというのも事実だ。

 考えれば考えるほど慎吾は間違いなく最低野郎だな、という確信がナワキに湧く。それに付随するようにいいところもあるので非常に厄介なのだが。


「しかし外見誤認か。服ごとってところが厄介だよな。着替えはどうするんだ?」

「違う服装にする場合は、あの人が違う服を着ているところを直接視認しないとダメなんですけど、脱ぐ分には別です。この場で全裸になれますよ?」


 そう言いながら六花の姿をしたマルゴはスーツを脱ぎ始めた。


「おばっふぁ!?」

「ああ、誤解無きよう。私の姿じゃないから脱ぐのが恥ずかしくないというだけですので。ていうか本体の私は服を着てますし」


 言った通り、脱いでいるように見えるだけだ。衣擦れの音なども一切聞こえない。そんな考察をしている間に、シャツがはだけて派手な紫色の下着が見えてきた。豊かな胸と、それが織りなす白い谷間もハッキリと。


 セノーはそれを見て無邪気にはしゃいでいる。


「おおー。凄いねお姉ちゃん! あの女の人、脱ぐと更に凄いよ! でかいよ!」

「ですね。あの女、私たちに向かって随分と舐めた口を聞いてくれましたし、ほらほら写真撮ってくださいセノー。リベンジポルノです」

「リベンジポルノってそんな意味じゃなかったろ!? やめろセノーも、デバイスを仕舞え!」


 六花はあれでルールには従うタイプの人間だ。サイキックのことは嫌いらしいが、それでも法に反して誰かを貶めたりするようなマネはしていない。

 たかだか悪口で社会的な死を与えるようなマネは忍びない。


 二人の極悪姉妹の非道を必死に収めた後、ナワキは服を再び着込んだマルゴ(見た目六花)に向き直る。


「マルゴ。今日のところはさっさと帰れ。慎吾には俺から急かしておく。ただな」


 慎吾がツミナになっていることを、この調子ではマルゴは知らないだろう。なので、念押しはしておく。


「……アイツはお前のこと、相変わらず大好きだった。それだけは覚えておいてくれ。『椿に会いたい』って繰り返し言うほど、可哀想なくらいボロボロになってたんだ」

「ナワキくん。私は悪い女の子なので、それを聞いて少し嬉しいって思っちゃいますよ」


 ――だろうな。

 ナワキは安心したように息を吐いた。相変わらずの受け答えだ。これでは外の世界にいたときと本当に変わらない。


 マルゴも同じことを思ったらしい、同じように安心して笑い始めた。小さく、くすくすと。

 それを傍らで見ていたセノーが少し寂しそうに目を逸らしていたことに、ナワキは気付くことはなかった。


「ナワキー!」


 ビシリ、とその安心が一瞬で崩壊した。

 今の声は、ラファエラの声だ。見ると、ナワキたちの歩いていた先からラファエラが走ってやってきている。


(……このタイミングでかよ!?)


 何故か包帯グルグル巻きのツミナも一緒だった。

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