第49話 天国から地獄へ
ラファエラのPSIは殺傷特化だ。刺し傷一つ付ければ後は活殺自在。生殺与奪も思いのまま。
今までラファエラの情報を総動員して常に上位に立っていたアルタ山も、そのことは知っている。
つまり傷を付ければ交渉事は必勝。命と引き換えにした取引、常人であればまず頷く。要求が常識の範囲内であれば首を横に振る理由もない。
あくまでも相手が常人であれば。
「やってみなよ」
ラファエラは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「……なんだと?」
「その瞬間、私はあなたの腕に絡ませた髪の毛を爆破する。私は死ぬだろうけどその後であなたも死ぬかもよ?」
「バカな。そこまでする理由がどこにある!?」
「んんー……」
アルタ山は少し頭を捻った後、屈託ない笑みを浮かべた。
「あなたのその顔が見たいがためかなぁ?」
「……」
――ハッタリに決まっている。
ラファエラはそう断じた。ここまでやって自分の命を捨てかねない選択をするのならば、もう『命を対価にした交渉』に期待ができない。
自爆覚悟でラファエラを吹き飛ばす可能性すらある。だから正確に言うと、これは。
「考えたくないよね。自分自身の生存すら度外視するヤツと戦うことほど、怖いことはないからさ」
果たして爆発音が鳴り響いた。
アルタ山の右拳が弾け飛んだ。爆風と衝撃がラファエラに直撃する。
「がああああああっ!?」
アルタ山も無事では済まないはずだ。なにしろ吹き飛ばしたのが自分自身の右拳なのだから。今の一撃で気絶していてもおかしくはない。
「傷の所在が曖昧になるほどに対象が粉々になると、
「がっ……!?」
アルタ山は二本足で未だに立っていた。平然としている?
違う。最初からコイツは正気ではなかった。
「ば、かな。貴様、なんのためにこんなことを……ぶっ……」
肺か内臓に傷が付いたらしい。口から血の塊が逆流してきた。息がまともにできない。窒息しかねない程に息苦しい。
「どうしても知りたいことがある。私とセノの知りたいことは別なんだけど。でもまあ、おおよそわかってきた。私は私の知りたいものを確かに見ている」
どうやって二本足で立っているのかわかった。アルタ山は体中に自分の髪の毛を巻きつけて、無理やり身体を動かしている。パワードスーツのように、動きを補助する形で。
「もう機動力はないね? それだけのダメージならさ。ぴょんぴょん飛び跳ねられないのなら、もう間合いのコントロールにそこまで神経を裂く必要がない。髪の毛を括り付けた状態のまま、私はゆっくり後ろに下がり、今までの練習で培った経験を元に死なない程度の爆発であなたを制圧。私の勝利!」
「……!」
もう策を弄する必要はない。ラファエラがアルタ山に勝つ目は完全に無くなった。身体を動かすのも怠い。ゆっくりと膝を付き、荒い呼吸をどうにか制御しながら床に横たわる。
(バカだな、私は。誰かを殺すことしかできないPSIしか持たない私が、相手を殺さずに制圧しようなどと。それしか能がないのだから、それ抜きで戦えば必敗だろうに)
段々呼吸が楽になってきた。相手は活性剤を使う様子もない。相手への配慮さえ投げ捨てればラファエラは絶対に負けはしない。
ただ勝つ必要がもうない。
「最後に訊かせろ。私を這いつくばらせて、なにを知りたかった?」
「次に目覚めたときにゆっくりと話すよん! 今だ! 私の勝利を祝う大いなる花火を――!」
「残念だけど、大抵どの花火大会も雨天中止だろう?」
至近距離の爆発のせいで耳の調子が悪くなっていたので、その声への対応が遅れた。それがアルタ山にとって致命的だった。
うなじに引っかかれたような痛みが走る。
「いっ……!?」
「血の雨が降るよ。キミのね。目を閉じろ」
パチン、とアルタ山の瞼が降りる。周りの様子がまったくわからなくなった。当然、アルタ山の意思ではない。急いで瞼をこじ開けようと、残った左手を動かそうとするが、そちらもまったく動かなかった。
これはラファエラの能力ではない。
「ま、さ、か……!」
ザン、とラファエラに伸ばされた髪の毛が切られる感覚。ハサミでも持ってきていたのだろうか。
「あとは数歩だけ歩けば、完成だよね。もうキミはラファエラの位置を認識できない。彼女を殺さずに制圧することは不可能になったってこと」
宣言通り、アルタ山の足は勝手に動き、歩き出した。どの方向に歩いているのかも判然としない。なにしろ目は瞑ったまま、しかも勝手に動いているのだから。
「相棒に見放されたサイキックは無様だな。僕たちには関係ないけど」
(……この声!)
くるり、とツミナは掌に載せていた活性剤を回転させる。
「お待たせ、ラファエラ」
ラファエラが勝つ必要はとっくになくなっていた。ツミナならば、こういう状況では適任だ。
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