第48話 私の拳を舐めろ

「オラオラどうしたァ! 生態コードの実力ってのはそんなもんかァ!?」


 アルタ山の猛攻を捌きながら、ラファエラは距離を取ろうと背後に跳ぶ。だがすぐにアルタ山が追随し、髪の毛の操作と体術を組み合わせて攻撃を間断なく叩き込む。


 ラファエラは驚いていた。アルタ山の心底楽しそうな顔を見て、ナワキの言っていたことが正しかったことを知ってしまったのが原因の一つ。

 原因はもう一つある。


(こ、こいつ……!)


 思わず自分の感性が狂っているのかと疑ったが、違う。そうではなかった。アルタ山に裏表がないことは数分の打ち合いで充分わかった。

 だがもしなんの偽装も無く、そうだとしたらあまりにも酷い。


()


 思ったよりも遥かに、想定を悠々と超えてアルタ山が弱い。髪の毛の操作の精度は生態コードもかくや、と言ったレベルに至っているにも関わらず。それらすべてを台無しにするほどに、運動音痴の動きだ。

 身体能力はサイキック故に常人を遥かに凌ぐものだが、つい最近までハイハイで移動していましたと言われても信じてしまいそうなほど拙い挙動。


 五歳児でももう少し上手く動く。


(……いや。本当に驚いた。動くことそのものがド下手な人類っているのだなぁ……)


 落ち着ける状況で走る、歩くなどは問題はないようだが、緊迫ないし興奮した状況だと繕いが剥げてしまうらしい。本当に微笑ましいほど動くのが下手だ。

 とは言え、腐ってもサイキックなので身体能力はやはりバカにできない。遠心力と勢いに任せただけの蹴りでも万が一当たれば大怪我には違いない。

 しかもその身体能力を補うほどにPSIの制御が上手い。相当練習したのだろう。一ミリ単位の誤差でラファエラの身体を絡め取ろうと動き、いざというときにアルタ山の身体を守る壁となる。


(一体どんな生活してればこんなモンスターが誕生する?)


 戦えば戦うほどにラファエラの身体から力が抜けていく。緊張感も一緒に萎えていく。これはこれで重度な精神攻撃だった。

 何故彼女がこのような動きをしているのか。それには重い理由があった。


 アルタ山。本名田山天象たやまてんしょう。リアルでは通信制高校を利用する女子高校生だった。

 頭脳が凄まじく明晰だったにも関わらず通信制高校を利用していたのは、身体の方が脆弱だったからだ。


 自宅で過ごした時間よりも、病院で過ごした時間の方が人生全体を占めるような筋金入りの病弱少女。それがアルタ山の現実リアル

 走ったことはない。歩くだけで息切れも起きる。階段の上り下りは一人で行うと死活問題だ。

 体も大きくない。食べ物もあまり受け付けないので、大きくなるはずもない。おそらくセノーよりも小さいだろう。


 この有様だったが故に、天象の世界を広げる方法は限られていた。漫画、アニメ、ゲーム、ネット、病院の中でも使えるありとあらゆるだけが彼女の見える世界のすべて。

 フィクションの中にいるキャラクターたちが友達だった。向こうが自分のことを正しく認識してくれないことだけが寂しかったが、天象にとっては無二の友達だ。


 いつの間にか根暗な方向に能力が成長し、ネット上の足跡からリアルのアドレスを知る、俗に言う『特定』が特技になったりもした。


 現実の健康を考えれば、フルダイブ型のゲームもやらない方がいい。データが少なすぎて、天象の身体にどんな影響が出るのかわからなかったからだ。

 それでも健康な妹に頼み込んで、こっそりダイブアークを貸してもらった。一人でもいい。自分にとっての唯一の友達に会いたかった。


 クリティカルシリーズのキャラクターに会いたい。

 果たして願いは叶った。ラファエラを引き当てたプレイヤーが出現したことによって。


「ふ……ふふふふふ……あはははははははは! 楽しい! 楽しい! 楽しいなぁ! こんなに楽しいのは産まれて初めてだ! いや! 私は今までの人生で幸せなんて感じたことも無かったのかも!」

「……ふん」


 窓越しではない。あのラファエラが、自分のことを見ている。間違いなく、直接に、その視線が自分に刺さっている。

 それだけで生きているという実感が湧く。なんの欠陥もない身体で生きているという仮想現実と相乗効果を起こし、目に見えるすべてに歓喜できる。


「……ああ、そうだ。すっかり忘れてた。わかってるよ、セノ」

「ム……」


 勝てたらもっと楽しいだろう。ラファエラとPSIを駆使した戦闘ができるなどファン冥利に尽きるのだから。すべてを自分の思うがままに飾りたい。

 頭を冷やし、セノーに教えられたことを思い出す。


(コイツ、雰囲気が……)


 アルタ山が地面を蹴り、ラファエラとの距離を詰める。

 一部のブレもなく真っ直ぐに。


「なっ!?」


 付け焼刃だが、動きが急激に良くなった。ギリギリのところでラファエラは避けるが、続いて髪の毛がラファエラの右手に絡みつく。


「捕まえた」

「……ぐぅ……!」


 これで逃げられなくなった。無視して距離を空ければ、爆発で止めを刺される。現時点で起爆させないのはアルタ山自身も巻き添えになるような距離だからだ。


 殴り合いしかない。しかし、まともな殴り合いでは髪の毛ですべての攻撃が防がれる。髪の毛に釘を刺したところでその部分だけを自切させられる。もちろんその状態でも蟲の巣そのものは出せるが――


(私の蟲のレパートリーはすべて知られているはずだ! 回避される! 直接アイツの身体に巣を生やさない限り――!)


 そして、アルタ山の右拳がラファエラの顔面に入った。

 骨と骨が接触する鈍い音が広い部屋に響き渡る。


「……あっ」


 声を出したのは、アルタ山だった。


(不覚だったな。慌てずに私の身体を隈なく探していれば貴様の勝ちの目も少しくらいはあったぞ?)


 じわり、と拳に痛みが突き刺さっている。恐る恐る拳を引き、ラファエラとの接触部分を確認する。


 穴が空いていた。なにかに突き刺されたような穴が、はっきりと。小さいが間違いなく刺し傷だった。


「……べっ!」


 ラファエラは口から釘を吐き出した。万が一、勢いのまま呑み込んでも影響が少なそうな小さな木工用の釘だ。ちゃりん、という金属音と共に床へ転がる。先端にはアルタ山の血が付着していた。

 ラファエラの血も混じっているだろう。アルタ山の攻撃もヒットしたのだから。


「ダメージと引き換えの……カウンター、か」

「お前の負けだ。死にたくなければ降参しろ」


 決着はついた。ラファエラの勝利だ。

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