第47話 魔王。魔夜

「……あの女。調子に乗り過ぎ。インカム踏み潰しでもしたのかな。結構高いんだけど」


 額に青筋を立てながら、セノーはインカムを取り外す。怒りのあまり頭蓋骨が破裂しそうだった。


「くそ。なんで私には攻撃系のPSIが引けなかったんだろう。一緒に前線に出たかったのに」


 セノー、本名妹尾魔夜せのおまやは放課後にフルコン空手道場に通っているだけの普通の女子中学生だ。しかし実際の身長は、今のセノーよりももっと大きい。

 というか、成長痛があまりにも酷すぎて困るほどに伸びていた。

 強い自分は好きだったが、クラスの男子よりも背が高いというのは多少のコンプレックスがある。


 腕っぷしは強かったので気に入らないものは素手で粉砕してきたが、それで現実が変わるわけではない。なので仮想現実で可愛い女の子になることにした。


 自分の中のなにかが少しは救われるだろうか、という楽しみを胸にこの東京へとやってきたセノーに待っていたのは『ゲームのデスゲーム化』という救われない現実だったが。


 収穫は確かにあった。アルタ山という現実の自分よりも背の高い女性アバターのプレイヤーに会えたことだ。


 アルタ山の容姿は、現実の妹尾魔夜に似ていた。彼女は常に胸を張り、堂々としていて、短絡的だがさっぱりしていて、一緒にいるだけで胸が温かくなる。

 アバターは大なり小なり自分自身の理想だ。自分の容姿を好きになってくれる人が現実のどこかにいることが嬉しかった。


「……死なないように手は回しておくか」


 デバイスを使ってセノーはハグに連絡する。これだけでアルタ山の死亡率はぐっと下がるだろう。無事で済むかは微妙だが、喧嘩を吹っかけたのはアルタ山の責任だ。ひとまず死ななければそれでいい。


(さてと。どうしようかな。おあつらえ向きにナワキは一人きり。これ以上のサポートはする気が無いみたいだし)


 これが当初の目的だった。セノーはナワキに訊きたいことがある。

 さてどうやっておびき出そうか。方法はいくつかあるだろうが。どれもいまいちピンと来ない。


「ん……? あ、これでいいや」


 索敵自体は解除せず、自分自身の周りもこっそりと見張っていたのが功を奏した。この世には人が見逃すだけで、都合のいい偶然が溢れている。それを一切見逃さず、自分の物にできるからこその


 幸運の象徴だ。自分にとっても、他人にとっても関係なく。


(よしと。じゃあ後はちょっと大きめの……猛禽タイプの青い鳥を出して、と)


 鳥の形は自由自在だ。ただしどういう仕組みかはわからないが、セノーが出した鳥はすべて色が真っ青になる。ハグの伝手で同じPSIを持った人に会ったが、色が青くなるのはセノーだけの仕様のようだった。

 どうも使うPSIはコードが同じでも個人差があるらしい。


「キミには伝書ワシになってもらうよ」


 足にメモ用紙をくくりつけ、ナワキの元に飛ばした。

 当然、内容はナワキをおびき寄せるような文章を選んで書いている。これで引っかかれば本物で間違いないだろう。


 五分後、屋上からナワキが降りてきた。高い建物から降りたというのに無傷だが、セノーは驚かない。すべて視覚共有で見ていた。


「なるほどね。それがキミのPSIか。敵に回さなくてよかった」

「……さっきのワシが運んできた文書、嘘じゃないだろうな?」


 ナワキは険しい顔をしていた。セノーに対して怒っているわけではない。ただ内容がショッキングなものだったので、少し焦っているだけだ。


「嘘じゃないよ。本当本当」

「急ぐぞ」

「手を取ってくれないとさ。PSIのデメリットのせいで自発的に移動しようとすると転んじゃうんだよね。そうだ。行きすがら、この質問に答えてくれると嬉しいんだけど」

「なんだ?」


 すう、とセノーは息を吸った。少し興奮する。恐怖か、あるいは期待で心臓が早鐘を打つ。


梅松椿うめまつつばきという名前に聞き覚えは?」


 反応は劇的だった。眼を見開き、相手の思考が真っ白になったことが手に取るようにわかる。

 ビンゴだ。確信に至る。アルタ山の分析は間違ってなかった。

 目の前の人物はセノーの予測通り、大網京太で間違いない。


「お前……誰だ?」

「椿の妹。苗字が違うから気付かなかった?」


 本命の質問を続けて言う。


「法螺貝慎吾の行先、知ってるよね」

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