第45話 霧がかかっていく
しばらく走ると、自販機は見つかった。青い鳥がなにをするでもなくただこちらをじっと見つめているのは気になったが今はいい。
策が成功すれば一網打尽にできるはずだ。
ナワキの『重量限定サイコキネシス』で操る小物は性質が変わったり、あるいは追加されたりする。例として、裁縫糸の場合は触れれば肉も骨も、鉄もダイヤも切り刻める殺人ワイヤーに変わる。
どうしてこんなことが起こるのかはわからない。ただ同じPSIを持っているプレイヤーと、ハグの伝手を経由して情報共有した結果、この性質の変容は『個人差がある』ということがわかった。
別のプレイヤーに裁縫糸を使ってもらったら『無限の弾力を持つ切断不可能のゴムロープ』となっていた。
二人で面白がって、色々な小物をサイコキネシスで動かし続けた。特にペットボトルに使ってみたときが、ナワキにとって一番面白かった。
ロマンがある。迷惑すぎるので悪ふざけが許容できる身内のパーティでしか使えないが。
「おし。これでいい……」
近くの排水溝にペットボトルの中身を少し捨て、五百グラム以下になるように調節する。なった後は片っ端から能力を発動し、浮かせる。
これを繰り返す。できる限りお茶などのベタ付かないものを中心的に選ぶ。金だけはあるので買い占めも可能だ。
やがて準備は整った。
◆◆
「……ちっ!」
ラファエラの蟲の攻撃は、相手のPSIにも有効だ。だが相手はナワキの言った通り、ラファエラのPSIを知り尽くしていた。クロバエもアゲハチョウもスズメバチもチャドクガもカブトムシもまったく役に立たない。
ラファエラの蟲のテリトリーに髪の毛が一本でも入り込めば、それを通じて相手のPSI全体の効力を減衰させることができるはずだ。身体と能力が直接繋がっているタイプの身体強化型は、本来であればいいカモにしかならない。
実際、それを利用してラファエラは安全圏を作り出し、道全体に髪の毛が蔓延っていて進行不可能という事態を回避している。
だが――
(テリトリーを的確に避けて爆発させてくる……!)
青い鳥が邪魔だった。おそらくあれが観測手になっている。
通路のあちらこちらに隠れるように潜み、気が付けばラファエラのことをじっと見つめている。始末しようとすればすぐに逃げてしまい、忘れたころにまたやってくる。
そして見られていると思った次の瞬間には壁や天井に入ったヒビや隙間から髪の毛が伸び、適確な威力と位置で爆発する。
ラファエラには確信があった。セノー経由でアルタ山へ届けられている情報は三つある。最初にラファエラの位置情報。次に髪の毛の位置情報。最後に蟲の位置情報(蟲の種類も含む)だ。
この三つの情報を使い、適切な位置で操作した髪の毛を爆破。爆風でじわじわとラファエラの体力を削っていく。
今のラファエラは、ところどころ出血していた。ツミナに選んでもらった服もボロボロで、肌が少し露出している箇所もある。
情けなさに涙が出そうだ。傷の痛みも相まって、興奮で息が荒くなる。
(不甲斐ない! ナワキとツミナになんと言えばいい! 私は強い! とても強い! 少なくとも強いとあの二人は思ってるんだぞ!)
サポートが間に合わなくともアルタ山一人程度なら始末できると思っていた。だが甘かった。二人が結託していないはずがない……という可能性の見落としは一切していない。当然組んでいるだろうと予想は付いた。
だが連携が取れすぎている。まさか相手も、ナワキとツミナと同じく幼馴染なのだろうか。向こうの世界からの竹馬の友だという理由付けが無ければまったく理解できないほどの、隙がない完璧すぎるコンビ。
アルタ山が心底セノーを信頼し、セノーもその信頼に当然のように応えなければ、ここまで追い詰められたりはしない。
(……こうなったら)
策はたった一つだった。
◆◆
「んっふっふー。順調すぎて怖いじゃん」
最上階。流石に屋上で待ち構えるのは落下しそうで怖かったので、アルタ山が髪を伸ばしているのは屋内からだ。インカムからセノーの指示を聞き、悠々自適にラファエラを追い詰めていく。
最後の最後でアルタ山のところに到達するだろうというペースだ。殺意なしではこの辺りが限界だったが、それでまったく構わない。
無力化するのであればアルタ山の目の前がベストだ。その方が勝ったという感じがする。あくまでもロマンの話なので、その前に力尽きてしまうのならそれもいい。
アルタ山はラファエラと遊びたいだけだ。だから殺す気はない、というより死んでしまっては困る。
『たっくん。階段を封鎖してもエレベーターの昇降部分の空洞とか、たっくんが爆発させたときにできた亀裂とか、窓から外に出て上へよじ登ったりとかバリエーション豊かに、爆風と髪の毛から逃げながらたっくんの方へ向かってるよ。先回りして封鎖してもあの手この手で諦めてくれない』
「当たり前だよ。相手はあのラファエラじゃん。そうでなければ喧嘩なんか売ってない……いや喧嘩を売ったこと自体に気付かなかったはずじゃん」
わくわくする。殺気はないとは言え、害意自体は本物だ。結構本気で相手を無力化させようと頑張っている。だがラファエラは諦めないし、止まらない。
『六階Aエリアの髪の毛に蟲が付きそう。自切して』
「了解ーっと……そうだ。ナワキくんは今、なにしてる?」
『……引き返してきてるね。ペットボトルなんか持ってなにする気だろ。あ、さっき気付いたけど、彼のPSIはサイコキネシスみたい』
「ペットボトル? サイコキネシス? なんだろ、いまいちわからないな……」
『……それにしても随分な量だな。動きは単純に、自分に追従して動けっていうプログラムで動かしてるみたいだけど……あっ』
「あ?」
セノーがその変化を口に出す前に、アルタ山の近くの窓ガラスが割れた。
外からなにかを投げ入れられたらしい。そちらに目を向けると、ペットボトルが浮かんでいた。放り込まれたものが、放り込まれた空中で静止している。
お茶のペットボトルだった。開封済みだが、中身がほぼ残っている。
「……え。なにこれ。差し入れ……?」
怪しすぎて後ずさる。結果的にその判断が正しかった。
ペットボトルが爆発したからだ。
「ぶっ……!?」
一瞬で建物の中に霧が充満する。
アルタ山には一瞬なにが起こったのかわからなかったが、口と鼻の中に広がる味によって否応なしに思い知らされた。
「……嘘じゃん。これ、まさか!」
お茶の霧だ。
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