第44話 殺意のロンド

 妙だ、と気付いたのは取り返しが付かなくなってからだった。

 ラファエラはすぐにアルタ山を追ったはずだ。廃墟の中に階段は一つ。エレベーターは電気が通ってないので使い物にならない。


 閃光の中、ラファエラは階段を駆け上がるアルタ山を確かに見た。

 そうそう簡単に振り切れるはずがない。


(まさか……)


 急に立ち止まり、不意を突くような勢いで振り返る。そして自分のイヤな予感が当たってることに気付いた。

 例の鳥に見られている。そして、ラファエラに見られた途端にビクリと身を震わせた。


「気付かれないように追尾してたのか……!」


 身を隠す者にとって『この有利を取れればまず負けない』という最大のアドバンテージになる要素は、探す者の位置と行動を一方的に知ることだ。

 確かに階段は一つしかない上にエレベーターも使えないが、ラファエラが『一つ一つの階層を注意深くクロバエで探知している』ことを一方的に知ることさえできれば、その行動に対策を立てられる。


 この場合の対策とは、ラファエラがクロバエの巣を作っている間にとにかく上に向かうこと。相手が探すことに行動力を裂いているのなら、隠れるのは下策。とにかく移動して距離を取るのが上策。つまり――


「上階だな」


 どう考えても待ち構えている。逃げ場のない場所に向かったのはわざとだ。そもそもサイキックには建物の単純な高低差はほぼ問題にならないことが多い。墜落死しないわけではないが身体は頑丈だし、自分のPSIを使えばダメージを軽減することも容易だからだ。


 上階でなにをする気だろうか。おびき寄せるだけおびき寄せて派手に爆破し、自分だけは『頭髪操作』を使ってビルから飛び降りてしまおうという作戦か。


(いや。なんとなくそれは違う気がする)


 ほぼ勘に等しいが、ナワキの言っていたことを思い出す。相手は戦うことが第一の目的らしい。ならば戦いそのものから逃げることは極力しないはずだ。なんなら『止めは自分の手で直接刺したい』という無用なロマンを追い求めていても不思議ではない。


 挑発をするのも、爆弾という派手な凶器を殺意のまったくない用途で使うのも、すべてラファエラをおびき寄せるため。

 おびき寄せてどうするか。当然、戦うのだ。血で血を洗うような闘争が欲しいのだろう。ラファエラにはまったく理解できないが、そういうものが存在することはナワキとツミナが教えてくれた。


 ラファエラは正論でしか物を考えられない。あるかないかの合理性以外のことで物事を計りたくない。冗談を言ったりもするが、それは『そうすると人間味が出る』という知識から来る行動だ。多分、言ったことのレパートリーの内、いくつかは以前の自分が聞いた別の誰かの冗談をそのまま引用している。完璧に猿真似だ。


 息抜きに娯楽に耽るのはいいと思う。だが娯楽のために身を危険に晒す神経がとんと理解できない。確かこの世界で死んでしまえば、現実の世界にいる本体の方も死んでしまうのではなかったか。


「……直接聞くか」


 ラファエラは身体能力を全開にして上階へ向かう。最上階にいなかったとしても、上階のどこかにいることだけは確かだ。

 鳥を使ってラファエラの挙動を観察し、やったことが姿をくらますこと。


 今回は探知に行動力を裂いていたので、相手は移動に行動力を裂いた。ラファエラが移動に行動力を裂いていた場合は、おそらく相手は隠れてやり過ごし、下の階でをしていただろう。


 興味深い。まったく理解できず、とにかく腹立たしいから興味深い。

 殺してはダメらしいので殺す寸前まで甚振りながらゆっくり話を聞きたい。

 肺と喉さえあれば大丈夫だろうか。活性剤の備蓄はどうだったか。四肢を捥いで自分のためだけに囀るカナリアに変えてやろう。攻撃に使われるので頭皮も邪魔だ。確実に剥がそう。


 殺さない。殺す以外のことをすべてやるが殺さない。合理的に考えれば、ナワキにバレたら絶縁まで行くのは間違いないので、なんらかの方法での口封じも必要か。


 コンビというのは利用しやすくていいかもしれない。片方を同じ目に遭わせてやると言えば黙るかどうかは実際に見なければわからないだろう。


 わくわくしながら、上の階に歩を進める。やがて、階段が壊されているのを発見した。それだけならば跳べば上へと進めるだろうが、それはできない。


「……髪が蔓延はびこってるな……!」


 階段、そして元階段全体に絡みつく青黒い髪の毛。そして、上から見下ろす青い鳥。どう見ても跳んで階段を登ろうとする素振りを見せたらラファエラの足元を崩して転落させる気だ。


 死にはしないだろうが、ダメージでまともに身体が動かなくなることは必至。



 なんかもう面倒臭くなったのだった。


◆◆


 一方そのころ、ナワキは走っていた。探していたのは自販機、またはゴミ箱だ。正確に言うとペットボトルが欲しかった。


「アイツが面倒臭いって思う前に戻らないとな」


 そういう意味では手遅れだった。

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