第42話 爆発音じみたカンパネッラ
セノーの装備しているコードは二つ。『生物創造:鳥類』と『視覚共有』だ。前者は読んで字のごとく自分の意のままに動く鳥類を創造する能力。後者は両者の合意を条件として、自分の見たものをお互いに見た物として共有するテレパシー。
『生物創造:鳥類』の能力維持条件は『自分の視覚の届く範囲まで』であり、視覚を共有してしまえば条件はないも同然となる。『視覚共有』はお互いの合意がある限りは続き、スピリットポイントの負担もセノーのみに降りかかる。
問題があるとすれば自分の視覚を二画面表示にするようなものなので、見る分には無敵だがそのまま動くことがままならなくなることだ。ゆっくり歩くだけでも危ない。走るだけでも転んでしまう。
それが数百画面にも分割されれば普通ならば頭が痛くなってくる。
セノーは平気だが。
『うひー! ちょっと増産しすぎじゃん? これセノの視覚、今どうなってるか想像もしたくないんだけど!』
「今は無駄口叩いてる暇ないでしょ、たっくん」
個人差ではもはや片付けられないような才能だ。セノーはいくら視覚を分割しようと健康に害を及ぼすようなことにはならない。まともに動けなくなるのは違いないが、それでも辛いとは微塵も思わなかった。
3D酔いというものがある。カメラの位置が頻繁に変わるようなアクションゲームをずっとやっていると、段々気分が悪くなってくるという症状だ。
かからない者には関係がない。むしろ、そういう症状を持つ者を『可哀想だな』と同情し、他人事のように忘れてしまう。セノーの視覚共有はそういったものだった。
これで頭が痛くなってしまう者の気持ちがそもそもわからない。
路地の裏。驚愕して空を仰ぐラファエラとナワキより離れた場所。そこにセノーはいた。耳に通信用のインカムを付け、アルタ山、ラファエラ、ナワキの三人をそれぞれ視覚に入れている。
「今ならいいよ。足元がお留守だから。地面を這って起爆させて」
『了解』
無慈悲、無遠慮、無関心にセノーは指示した。
◆◆
「くそ! こっちを見ているぞ! どう考えても追われている!」
「だよな。仕方ない。片っ端から駆除する。可哀想だけど」
ポケットの中の裁縫糸に意識を向け、せめて視界に入っている鳥だけはすべて駆除しようと集中し始めたときだ。
大きな爆発が起こった。ナワキとラファエラの背後、まったくの意識の外から。
「……がっ!?」
背中に叩きつけられる破片と熱風。身体が吹き飛び、地面に転がる。
殺す気はないようだ。殺す気があったらもっと近くで爆発させていたはずだ。やはりプレイヤーのセオリーからは、あの二人も逃れられていない。
「……ナワキ。地面だ! 地面が爆発したぞ!」
「残ったサイキックはアルタ山の方だ。探知系のサイキックが攻撃系のPSIを併用するのはペナルティの観点からほぼありえないから、アイツのPSIだとしか考えられない!」
そしてもう一つ、ナワキにはわかったことがある。
あの二人の目的にナワキからの情報提供は含まれているだろうが、それが最優先ではない。明らかに自分のPSIの試運転をかねている。
大怪我をしたくなかったら、情報を早く吐けという通告が一切無いことからも明らかだ。
つまりあの二人の正体とは――
「戦闘狂だ。多分、こっちがどちらかのサイキックを制圧するまでは攻撃も追跡も絶対に止めない! なるほど、拷問じゃあ確かに趣旨が違うよな! 一方的に嬲るのは戦闘じゃない!」
「バカな……!」
そうラファエラが驚くのは無理もない。
だが、やはりここはゲームだ。得た力を振るうならば、その相手は同じくプレイヤーが一番相応しいだろう。何故なら楽しいから。
ナワキ自身もそう思う。
「……アイツらはラファエラのPSIを知ってる。制圧する方法は簡単だ。どちらかの身体に、ラファエラが傷を付ければいい。あとは人質交渉をやり返す。アイツらはプレイヤーをあらゆる方法で殺せないから見殺しも絶対にしない! どちらかだ! どちらかにラファエラがマーキングするだけで全部解決する!」
「わざわざ探知系のPSIを使ってくるような相手だ。すぐに見つかるような場所から攻撃など仕掛けてはきていないだろう」
「それでもやる!」
ナワキは感覚を高速化させ、目に映っている範囲の青い鳥をすべて切り刻んだ。羽と死骸が光の粒子に変わり、ふわふわと二人の周りに落ちて来る。
「……命の保証のあるゲーム。乗らない手はない。いいぜ、どっちが格上か教えてやるよ!」
ラファエラにすべては理解はできない。だが、ナワキがやる気になっていることはわかる。それまでずっと不機嫌だった彼女は、にやりと笑った。
「貴様が楽しいのなら、私も楽しいな」
ハードなかくれんぼが始まった。
鳥の方はひとまず無害だ。始末しようと思えばナワキのPSIで大量に始末はできる。まずそちらからは意識を逸らし、先ほど爆ぜた地面を見た。
「……そうか。合わせて考えると、そうとしか考えられないな! ナワキ! 射程五メートルの蟲の巣を中心的に使う! 絶対にそれ以上、私に近づくな!」
折り畳み式の靴のスタッドを起こし、地面に傷を付け、黒い球体に水玉模様の蟲の巣を発生させる。
出てくる蟲の形はスズメバチではない。クロバエだ。とは言っても形状だけの話なので、色はラファエラのPSIを示すルビー色だが。
蟲の習性はPSIホーミングで、射程は蟲の巣を中心として広がる。つまり、クロバエの場合は五メートルより先に飛ぶことができない。
だが、先に行けないというだけでクロバエにはある習性がある。強力なPSIを感知すると、射程ギリギリまでそれに近づこうとするのだ。
クロバエのいくつかの集団は上にいる青い鳥の集団に反応するが、ほとんどは壁面に反応していた。
そこにあったのは、青みがかった黒い糸だ。壁に不自然に入った亀裂から出ている。
「……貴様のPSIの正体はわかった。先ほど私を爆破しておくべきだったのだ」
その建物は廃墟らしい。ストレートにラファエラは、その壁面を蹴り破り中に入る。目標はすぐに見つかった。こんなに早く見つかるとは思わなかったのか、予想外そうに眉を上げている。
「自分の身体に触れている者を爆弾に変えて起爆するPSI。そして毛髪も当然、身体の一部というわけか」
「ありゃ……こんなに早くバレちゃった」
そこにいたアルタ山は、気まずそうに笑っている。初対面とは明らかに髪の長さが違っていた。
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