第41話 シルフィードの眼

 正体不明の、相手の身体に作用するPSI。そして相手の動きを見透かす探知系のPSI。このコンビが揃えば凄まじく危険だ。


 対してラファエラとナワキのコンビは両方共に攻撃特化。搦め手には弱い。ただし、まともに戦って勝てる相手ならば、ラファエラとナワキのコンビに勝てる者などそうはいない。


(手になにかされたのは、後で虫に洗浄してもらうからいいとして……ナワキは?)


 それを確認できたとき、ラファエラは苦労した。

 笑いを堪えるのがここまで大変だとは。


(意識があるな。よし。


 セノーの探知系PSIがどれだけの精度なのかは不明だ。だがナワキのサイコキネシスの最高速度は秒速約千メートル。一秒で人体を粉々にできる。

 最初にセノー。次にアルタ山。ここまでコケにしてくれたのだから、相応の覚悟はしてきているだろう。そもそも店の中で事を構えなかった理由もわかっている。


 ラファエラが反撃するところまでは読んでいたのだ。店の中であんなアクションを起こせばテーブルや椅子、店の備品を壊してしまう。


(一体なんのつもりだったのかは知らんが、ナワキを気絶させなかったのが貴様らの最大のミスだ。探知に優れていても秒速千メートルで飛来する殺人ワイヤーを知覚できるものか! 元がわからないほどのバラバラペーストにしてやれ! ナワキ!)

「一つ聞いていいか?」

「ん? どうぞ?」


 ナワキが地に伏せたまま声を出す。セノーはその程度なら、と鷹揚に見逃した。

 彼が目を向けたのはラファエラだった。


「なんで蹴った?」

「……は? 私の方か?」

「それ聞かないことには訳がわからない」


 面倒だが、どちらにせよナワキには状況を説明しなければならない。敵だと思えない相手を切り刻むことはできないだろう。


「アルタ山が私の手を握ったときにPSIを使った。明らかに悪意ある攻撃だ」

「……なるほどな。じゃあセノー。お前の言い分は?」

「んん?」


 納得ができなかった。何故ここでセノーに質問を振るのだろう。そう思い、ラファエラがセノーの顔色を窺うと――


「……たっくん? どういうこと?」


 明らかに困惑していた。目線はナワキに向けたままだが、声に呆れが混じっている。


「ちょっと悪戯しただけじゃんよ。まあでも、ここまで騒ぎになるとはねぇ」

「……握手のときにアレ使ったの? じゃあ蹴られるよ。当たり前でしょ」


 溜め息を吐いたセノーはそのまま銃を下ろそうとするが、それをアルタ山は直前で制した。


「ストップ。まだ彼には聞きたいことがあるじゃん。警察が来る前になんとしてでも吐かせたい」

「こんな暴力的な手段で? 気が進まないなぁ。で?」


 気が進まない、と言った舌の根が乾かない内だった。


「どこまでやる? 指? 鼻? 後で活性剤使えば別にいいよね?」


 ブチ、とラファエラの額から切れる音が聞こえた。


「ナワキ! これ以上は我慢できないぞ! さっさとしろ!」

「……はあ。仕方ないか」


 ナワキも流石に拷問をされるのは御免だ。自分のPSIを使う覚悟を決めたらしい。そして、ナワキに向けられた銃はあっさりと、銃身部分から真っ二つに切られた。


「なっ……!」


 動揺したセノーの足を手で払い、急いで立ち上がり、ナワキはラファエラに叫ぶ。


「逃げるぞ!」

「はあ!?」


 何故ここで逃げるのか。ラファエラの不満は暴発寸前だ。だが、ゾワリと全身の肌が粟立つ。無傷のアルタ山から妙な気配が噴出していた。

 ここでやるのはマズイ。


「ちっ……! 後で色々と説教だからな! ナワキ!」

「それでいい!」


 ナワキとラファエラは人込みをかき分け、どこへともなく走り出す。セノーが尻をさすりながら立ち上がったときには、もう肉眼では捉えられないどこかへ逃げた後だった。


「いたたたたた……あー。どうしようコレ。レンタル品なのに真っ二つだよ。一体、なにをしたらこんなことになるの?」

「ははは。腕の方を切られなかっただけマシじゃん?」

「逆だよ。腕を切られた方がマシだった。こっちは活性剤でなんとかなるけど、銃の方はハグさんの伝手に頼るしかないんだよ?」


 セノーと話すアルタ山はポトリと落ちた銃口を拾い上げ、見事な切り口に戦慄した。顔は相変わらずの上機嫌な笑い顔だったが。


「……なるほどね。確かにレベルは高そうだ。その気になればバラされてたの私たちの方じゃん?」

「追跡は続けてる。どうする?」

「探知のタネはずっと続けてればすぐ割れる。武器がなくなったセノはバックアップでいいけども、あまり距離を離されるのも不利じゃん」

「うん。わかった。私はたっくんよりちょっと離れた場所にいる。たっくんはアイツらを直接追う。OK?」

「よーし。狐狩りじゃん。ちょっと燃えてきたかも」


 ヒョイ、とアルタ山は弄んでいた銃口を放り上げた。

 宙に浮かんだそれは回転し、太陽を反射してキラキラと光る。


 そして花火のように大きく爆発する。豊かな音と色とりどりの閃光が辺りを包みこんだ。

 通行人がそれに驚き、目を奪われている隙に二人はその場から消えている。まるでよくできた手品のように。


「……たっくん。修復難しいとか言われたら責任取ってね」

「ごめんね!」


 そんな気の抜けた会話がどこかで聞こえる。


◆◆


「アホか! あそこまでコケにされて、何故殺さなかった?」


 路地裏。怒りのあまり頭の血管が切れたらしいラファエラが、顔を真っ赤にしてナワキに怒鳴り立てる。


「いや! 別に殺さなくてもいい! 言葉の綾だ! だが、それならそれで何故少しくらい痛い目に遭わせなかった! 貴様、悲鳴上げていただろう!」

「理由は色々とあるけど……ラファエラ。無事か?」


 怒鳴っているラファエラのことを、ナワキは逆に心配する。出鼻を挫かれた気分になったラファエラは正直に答えた。


「……今のところは。さっき射程の短い蟲の巣で体中を這わせたが、PSIの反応は一切無い。あの攻撃は完全不発だったらしいな」


 誰かの身体を時間経過で別の物に変えるようなPSIがあった場合、ラファエラの蟲はそれを正確に探知して食い尽くすことができる。

 理屈としては『攻撃する度に全体HP一%の固定ダメージ』と似ている。百回噛めば相手のPSIを問答無用で相殺し、状態異常を無効化する。


 だがラファエラの身体に蟲を這わせてみたところ、特に異常は見つからなかった。


「ナワキ。こちらの質問に答えろ。なんのつもりだ?」

「手を汚す必要性を感じなかった」

「貴様……!」

「このゲームだとプレイヤーがプレイヤーを殺すのはご法度……いや、明確に不利益なんだ。デメリットしかないんだよ。だからアイツらも俺たちのことを間違っても殺せない」


 責められながらもナワキは毅然としている。単なる忌避感だけで手を汚さなかっただけではないらしい。


「……つまり?」

「追放されたくないはずだ。俺も、アイツらも。殺しだけは絶対にできない。警察沙汰になったらセーフティで暮らすノウハウのない俺たちは、ほぼ確実に死亡するしかなくなるんだから。あとさ、気付かなかったか?」

「なにに?」

「セノーがアルタ山に俺の拷問を提案したとき、アルタ山は明らかに『うわっ……』て顔になってた。暴力沙汰は御免だなと思ってたんだよ。アイツがやりたがっていたのはあくまで人質交渉だ」


 まったく気付かなかった。怒りのあまり周りが見えなくなっていたのかもしれない。少し深呼吸し、精神を落ち着ける。


「アイツらの目的はなんだと思う?」

「俺からなにかを引き出そうとしている……と考えるのが自然だけど、ゲーマーだからな。ちょっとした娯楽かデモンストレーションかもしれない」

「デモンストレーション?」

「PSIの試運転。実際にけしかけてみた方が弱点はわかりやすい。わかった弱点は後でカバーする、とかな。つまりこういうことだ」


 ピイ、と短い声が聞こえた。


「鳥……?」


 ラファエラが空に目を向けると、ボトリと落ちる両断された鳥の死骸。

 珍しい鳥だった。ラファエラには名称がわからない。都会に青い鳥なんかいるのだな、と最初は思った。


「……ナワキ?」


 だが違う。その鳥は死ぬと同時に消え去った。後に残ったのはPSI特有の光子だ。これの場合は空色で、それすらも風に溶けるように消えてしまう。


「探知系のPSIは正体が見えた。見えたけどさ……」

「……ッ!」


 上を見て、ラファエラも息を飲む。鳥が夥しいほど大量にいたからだ。壁の出っ張りや看板の上などにも乗っかっている。

 その青い鳥がすべて、こちらを向いている。


「見えるヤツ全部狩っても、多分一匹くらいは取り逃すだろうな。追加も来るだろうし」


 正体はわかった。対処が不可能だが。

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