第40話 静かでもない二人と楽しいデート。不穏を告げるカンタータ

「ふと疑問に思ったのだが……何故私の周りの人間はどいつもこいつも本名を名乗らないのだ」


 アルタ山とセノーの名前を聞いた後のラファエラは不機嫌そうだった。アルタ山は首を傾げる。


「……え? ?」


 心の底からの言葉だった。

 確かに誰が聞いてもアルタ山とセノーという名前が本名ではないことはわかる。だが偽名とは意味がズレるもの確かだ。

 MMOタイプのゲームをやっているとまず発想に上がらないだろう。ラファエラにとっては、このVR空間こそが現実だ。故に会う度に相手が本名を名乗らないというのが不思議で仕方がないのだろう。


「ラファエラ。これもアバター名だよ。俺たちにとってはゲームなんだから本名を名乗る方がおかしいんだ」

「……まあコイツらに関してはいいとして、だ。不快と言えば不快だぞ。本名を名乗られないというのはな」


 フォローしたナワキに悪意の流れ弾が飛んできた。ナワキとツミナもまた彼女に本名は名乗っていない。

 ツミナに関しては本名が完全に男の名前だからという明確な理由があるが、ナワキの場合はただ単に恥ずかしいからだ。罪悪感がないと言えば嘘になる。


「フン。まあいい。この話は後だ。要件を済ませてさっさとデートに戻るぞ」

「デート!?」

「デート以外になんだと? 別に恋仲でなくとも可能と言えば可能だろう」

「それはそうだけども!」


 そのやり取りを見ていたアルタ山は、やがて表情を崩して笑い始めた。バレーボール選手かと見紛うほどの巨躯なので心持ち声も大きく聞こえる。


「はははははっ! いや凄い! あのラファエラとデートできるなんてマジでファン冥利に尽きるじゃん! 私も蘇生リバイブしてみたかったなぁ!」

「たっくん、この人そんな凄い人なの?」


 その横に控える空色の髪の少女は、ラファエラより二十センチ程度は背が低いだろうか。彼女の方はクリティカルシリーズそのものに疎いようなので、ラファエラのことを知らないのだろう。


「うん。彼女のために声をかけたようなものじゃん? 私はさ」

「ってことはやっぱり、俺から聞きたいことって」

「ガチャったときになにしてた? という一点じゃん?」


 予想通りすぎて逆に肩透かしだった。ナワキはため息を吐く。

 ゲン担ぎのために神がかった引きをしたプレイヤーの習慣をマネすることはよくある。一般的なソシャゲでも様々な試行錯誤が行われていたものだ。やっている当人たちも眉唾レベルの効能しかないことは知っていたので、こういう習慣を総称して宗教と呼んでいる。

 おそらくナワキが逆の立場だったとしてもガチャをしたときの状況を詳しく知りたがっただろう。そのために声をかけるかどうかは流石にわからないが。


「牢屋にぶち込まれてたよ。あとは友達と一緒にガチャったくらいかな」

「ふむ。ふむふむ……なるほど。流石に友達と一緒にってところが限界じゃん……牢屋には入りたくないし」

「あ、え、えと……たっくん。私と一緒にやる?」


 セノーが遠慮がちにそう訊ねると、アルタ山は彼女の頭を乱暴に撫で始めた。


「セノ! ありがとう! 次のガチャチケが来たらよろしくじゃん!」

「わ、わ、わ……!」

「……むう? それだけか? 一体なんの意味があるのか私にはサッパリわからないが」


 ラファエラは疑問に思うが、どうでもいいことと切り捨てた。イチャつく二人の横を通り過ぎてこの場を立ち去ろうとする。撫でられるセノーが恍惚に顔を赤らめているのを目撃したが、ひとまず見なかったことにする。


「ナワキ。行くぞ。私にとっては時間の無駄だ」

「あ。待って待って。ラファエラの方にも用事があるじゃん」

「用事?」


 ラファエラが振り向くと、そこには手を差し出したアルタ山がいた。ワクワクしているような表情と挙動だ。


「握手握手」

「……まあ、それくらいなら……?」


 誰かに握手を求められるのはこれで二回目だ。興味と共に警戒も抜けていたラファエラは、早く切り上げたい一心で手を差し出した。

 差し出し、握られてしまった。


「……?」


 最初に違和感が来た。なにかがおかしい。

 善人そのものだったアルタ山の笑顔が、暗くて邪悪なものに変わる。


「ははっ。

「ッ!」


 考えるより先に身体が動いていた。繋いでいた手を解くより先に、ラファエラはアルタ山の胴に向かって蹴りを放つ。彼女の身体はあっさりと真後ろに吹き飛び、道路を転がっていく。

 なにが起こったのかわからない通行人がわずかに騒ぎ出した。

 それを見ていたラファエラは安心できずに舌打ちする。


(……感触がおかしい! コイツ、防御してる! どう防御したのかは見えなかったが!)

「がっ……!?」


 ナワキの短い悲鳴に背筋が凍る。相手は二人組だ。あまりのことにそれを忘れていた。目を向けると、ナワキは倒れ伏していた。

 そして倒れ伏す彼の首に片足を乗せ、銃口を向けているのはやはりセノーだった。目線はナワキを見下ろす形となっている。銃弾を完全にコントロールするためだろう。


「貴様っ!」

「動かないで。たっくんから聞いてる。生態コードって持ち主が死ねば消えちゃうんでしょう? つまり彼に銃口を向けている限り、あなたにも銃口を向けているも同じこと」


 妙な話だった。ラファエラはツミナとも行動を共にしている。情報が漏れていることは確かだが、ツミナとナワキのどちらが蘇生したのかは誰にも喋った覚えがない。


(ハッタリか……!? それとも賭けか? 適当に襲ったとしても銃口を突きつけた相手が蘇生主だという可能性は二分の一だからな。決して低い確率ではない)

「あ」


 信じられないことが起こった。銃を突き付けていたセノーがおもむろに引き金を引いたのだ。

 バンという短いが巨大な破裂音が響く。いよいよ通行人が騒ぎ出した。遠巻きにスマフォで撮影している者もいる。


「なっ!?」

「今のは威嚇。大丈夫。ちゃんと逸らして撃ったから」

「……なんのつもりだ貴様ァ!」

「動かないでって言ったでしょう? 私、見えてるから」

「……あ?」

「こっそりポケットに伸ばしたその手を引っ込めろって言ってるの」


 この一言でラファエラは制圧されてしまった。

 セノーは間違いなくナワキにしか目線を向けていない。それにも関わらず、何故かラファエラの動きを完全に見透かしている。


(探知型のPSI……! わざわざ銃なんてものを携帯しているのは攻撃要員ではないからか! なら組んでいる方は!)


 今のところはなんともないが、ラファエラはアルタ山になにかをされた。条件はおそらく接触だ。ラファエラが持っているサイキックの探知能力は精度が荒いが、あそこまで近付かれれば相手の害意ある攻撃くらいは判別できる。


「くっくっく……あっはっはっはっはっはっは! いやー参った参った! マジでラファエラじゃん! まさか素の攻撃力がここまで高いとは!」

「ぬ……!」


 アルタ山は、セノーとラファエラがやり取りをしている間にとっくに立ち上がっていた。やはりほぼノーダメージのようだ。


「たっくん、コイツらどうする?」


 先ほどまでのセノーの印象は庇護される側の少女だった。

 だが今は違う。二人揃って、ラファエラには恐ろしい怪物にしか見えなかった。

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