第39話 エリーゼ……いやテレー……? とにかくそこら辺の女の子のために酷い目に遭いそう

 ツミナには妙なカリスマがある。そのカリスマの元はいまいち判然としないが、ナワキはぼんやりと口が上手いからだろうと認識していた。

 しかしその反面、ツミナには弱点がある。興味のない人間はとにかく遠ざけたがるし、それが叶わない場合のストレスの上昇度がバカにできないのだ。


 興味のない人間の共通項は無い。なにせのだから数えていくだけ切りが無い。

 普段ならばそれでも問題はないが、なにせツミナはこの世界ですべてを失っている。まともな精神状態でのパフォーマンスを期待するだけ無駄だ。

 普段は我慢できることが我慢できない可能性がある。


 問題。ツミナのことを友達として信用しているラファエラが、我慢の限界を越えた彼女に『もう無理』と突き放されたらどう思うだろうか。

 答え。裏切られたと感じる。好意が憎悪に反転する。


 ナワキには断言できる。そうなればロクなことにならない。ラファエラが初登場作品で悪役となった理由はまさに『友達に裏切られたから』なのだから。


(ツミナのフォロー、倍増しにしないとなぁ……アイツの肩に俺の命がかかってるよ……)

「あ。ラファエラじゃん」

「ム? 誰だ貴様は? 気安く私の名を呼ぶな」

「……ん?」


 ツミナの受難に思いを馳せていると、その隙を突いたかのようなタイミングで声をかけられた。女性の声だ。

 顔を向けると、ナワキの斜め後ろに褐色の肌の女性がいた。身長は百八十センチだろうか。物凄く大きい、藍色の髪をショートにした活発そうな女の子。服装はジーパンにシンプルな半袖のTシャツ、靴はサンダルとかなりラフだ。

 ナワキにはどこかで見た覚えがある、というか声を聞いたことがある。


(あのときの世話焼きか……?)


 新宿区の大発生イベントで、初心者らしき女の子と組んでいたプレイヤーだ。


「たっくーん。早く注文決めてよー」


 見ると、件の初心者少女の方も注文のカウンターから女性に緩い声をかけていた。

 髪は空色。服はどこかの学校の制服を模したような近代的なブレザーとネクタイ。今日の気候からすると少し暑いのではないかと思うほどカッチリとした服装に違和感を覚えるが、似合っていたのですぐに霧散する。


「セノ! 注文ちょっと変えて。やっぱりテイクアウトじゃん!」


 そう声を投げ返した後、褐色の女性はナワキと目を合わせた。人好きのしそうな笑顔で、少し軽薄な雰囲気を伴った要望を出す。


「ちょっと話を聞きたいじゃん。店の外で待ってるから、終わったら、ね?」

「わかった」


 ナワキの即答に、ラファエラは目を丸くした。


「ナワキ」

「生の情報交換は大事だし。俺はツミナほど鼻が利かない。いいよこれで」


 大して考えずの発言には違いない。だがナワキは人間を見分ける能力が欠如している。

 来る者は基本的に拒まない。


◆◆


 数分後。注文の品をテイクアウトした二人は、ナワキとラファエラのことを待ち構える。サイキックの身体能力をフル活用し、適当な建物の屋上に不法侵入してサンドイッチを頬張っていた。


「たっくん、本当にあの人たちで間違いないの? ハグさんが言ってたチームメンバーって」

「ほぼ間違いないじゃん。なに? 不安?」

「……たっくんのことは信用してるけど……あ。出てきたよ。警戒して裏口から無理やり突破するなんてこともしてないみたい」

「よし。じゃ、話しかけようじゃん」


 青い髪の少女は、顔を地上へと一切向けてもいない。それにも関わらず、褐色の女性はその言葉に一切の疑いを持っていなかった。

 食いかけのサンドイッチやドリンクを紙袋へ戻し、そそくさと身支度を整える。


「……いないな」


 一方、ラファエラは緊張を顔に滲ませながら外に出ていた。ナワキは特に警戒することもなく周囲を眺めている。


「本当だ。いない。まさか呼び出しておいてアクションをなにもしないとは考えられないし、事故でもあったかな」

「ナワキ。貴様はちょっと緩すぎる。相手がなにを求めているのかすらわからないのだぞ。少しくらい警戒を……」

「警戒云々と言うのなら、むしろ何故正直に正面から出てきたのかと問いたいところじゃん」


 するり、と往来の隙間を縫うように褐色の女性がラファエラの傍らに立った。後ろについてくるように青い髪の少女もいる。微妙にパーソナルスペースに掠るような立ち位置に、顔の険が濃くなる。


「貴様……」

「おっと。仲良くしたいだけじゃん。そう怖い顔しないで」

「……」


 そう簡単に警戒は解けるものではない。ラファエラは一歩後ずさった。それを見て苦笑し、褐色の女性は口を開いた。


「ああー。ええっと、じゃあ自己紹介。私の名前は――」


◆◆


「アルタやまとセノー?」

「そう。何人か呼び込んだけど、中でもこのコンビのPSIが頭抜けて強力だったわ」


 歌舞伎町の地下ディスコで打ち合わせを重ねるツミナとハグ。

 メンバーの話になったとき、ハグはこの二人の名前を出した。


「どうやら新宿区のイベントで相当な数のおむすびを手に入れたらしくてね。コードのレベルが二人してかなり高いのよ」

「ボーナスイベントだったとは言え、ナワキもそこまでおむすびに手を出せなかったはずなんだけど……なにかカラクリでもあったの?」

「まあ色々と。そこは直接会ったときに本人たちに直接聞いてちょうだい。勝手に自分のPSIの情報を流されることほど不快なことはそうそうないでしょうし」

「……別に慣れ合うつもりはないんだけどな」

「あら? あちらの方は、そう思ってなかったみたいよ?」


 聞き捨てならないことを言った。ツミナはすかさず聞き返す。


「なんだって?」

「フフ。今ごろ仲良くなっているといいわね」

「……凄くイヤな予感がする」


 ツミナの予感はよく当たる。普通に考えれば『ナワキとラファエラの位置情報』を知る方法が無ければ、広大なオープンワールド型のフィールドでカチ合うことは皆無だ。しかし、ツミナはそれでも予感を無視できない。

 結果だけ言うなら、派手に目立つ喧嘩となった。

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