第34話 三匹のサイキック。藁の理性、木の信頼、レンガの絆
順調だったのは最初だけだったのだろう。茜探しはその後まったく捗らなかった。ときには目の前で茜の接客を発見するという、一手遅れなければ見られない光景を見せつけられたりもした。
だがこれはゲームだ。楽しいことには変わりないし、隣にそれを共有する誰かがいるだけでもかなり違う。
ラファエラも、表情はわかりにくいが離れない上に文句も言わない。退屈はしていなさそうだった。
「しかし不思議な話だな。貴様の元いた世界では今ごろ大騒ぎであろう? だというのに、プレイヤーだと思われるサイキックどもが狂乱しているのを見た覚えがない。それどころかイベントに積極的に参加もしている」
「そこまで不思議じゃない。ここにいるのはそこそこゲームという文化そのものがわかってる人たちだからな」
「つまり?」
「ソシャゲやオンゲの類にとってイベントは生命線だ。スルーすることはそっくりそのままゲームそのものに置いてかれることを意味してる」
「……あの男の言っていたことは私の常識に照らせば丸っきり狂気の沙汰だった。そもそも、あんなものに乗ること自体私には理解できないな」
「ははっ。乗ったなんて誰が言った?」
軽く笑い飛ばされた。ナワキはまるで深刻そうではない。
「帰れないことは確かだ。でもな、現実世界との連絡は絶たれていない上、外の世界の人たちだって俺たちのことを助けようと必死になってくれている。対して巻き込まれた連中はほとんどただのゲーマー。こういう『現実の事件』という枠組みの騒ぎに対しては、なにもしないっていうのが対応として正しい。力のないヤツが手を出しても事態が悪化するだけだからな。遭難したときに山をうろつくバカがいるか?」
「ならナワキ。貴様はどうするのが正解だと言うのだ」
「外の世界からの救援を待つ。同時進行でゲームには適度に参加し『生き残ること』を最優先。こういうゲームだと段々難易度が上がっていくから、ゲームに置いてかれないようにイベントには参加してコードもキャラステータスも堅実に上げていく」
「銀閣長政を殺すことがゲームクリア条件だったはずだが」
「クソ食らえだ。そんな方法でクリアしようなんて考えてるヤツは誰一人としていないよ。おそらく銀閣長政本人もだ。人を殺したがる人間なんて存在するわけないだろ」
それは偏見だ、とラファエラは思う。確かに人を殺したがる人間など少数派も少数派だ。多数派だったらとっくに人類は滅んでいる。
知識として、そういう人間がいることは知っている。しかしナワキは本気でそうは考えていないようだ。
「こればかりは断言できる。銀閣長政は、この世界にいる自分が殺されるだなんてまったく考えてない。その方向性でのクリアなんて想定もしていない。外の世界から『クリア条件をもっと簡単なものに改造される可能性』が一番あると思ってるはずだ」
「そんなに外の世界の人間というのは頼れるものなのか?」
「不甲斐なかったら俺たちが困る」
それはそうだ。警察や弁護士に頼る前に『これで解決しなかったらどうしよう』と考えるようなものだろう。そのときはいよいよ自分たちでどうにかするしかなくなるが、ことはほぼ現実世界のすべてをも巻き込んでいる。
これで解決しない方がおかしい。
「なにより銀閣長政を探り当てるヒントが今のところゼロだ。今はゲームをプレイする以外にやることがないんだよ」
「なるほど。できることを全力でやる、というのはいいことだ。それならば私はもうなにも言うまい」
納得したような顔のラファエラを見て、ナワキは思案する。先ほどツミナが言っていたことがずっと引っかかっていた。
(……まあ直接問いただせば……いいか)
そろそろ夕方だ。また一日が終わる。
◆◆
夜になっても都会ならば、視界が閉ざされるということはほとんどない。しかし長い間歩いていればそれだけで集中力が切れてくる。
イベントは早めに切り上げて、ラファエラとナワキはホテルへと帰還した。
「ちょっとツミナ起こしてくる。ここに来て、あのレストランで一度も食事しないままじゃ可哀想だしな」
「そうか。早くしろ」
先に行ってていい、と暗に告げたのだがあえて無視しているようだ。とりたてて指摘するほどのことでもないので、ナワキはツミナの部屋へと急ぐ。
「不用心だな」
部屋のドアはストッパーがかけられており、誰でも入れるようになっていた。高級ホテルだけあって治安はいいので盗みの可能性は低そうだが、それを差し引いても少し警戒を解きすぎだろう。
「ツミナ。寝てるか?」
部屋は薄暗い、というかほぼ真っ暗だ。明るい内から寝たのだろうか、窓にはカーテンがかかっている。
数歩進んで電灯のスイッチに触れるより前に、この部屋の異常に気付いた。
「……テメェ、マジでなにやってんだ……」
酒臭い。あまりの臭いに顔を顰め、歩を進めるのを躊躇するほど。
電灯を付けるとコートとレザーパンツを脱いで、薄着のカットソーと白いレースのついたパンツだけを身に纏っているツミナが死んだ目で転がっていた。
それと酒瓶も数本、ゴロゴロと寄り添うように。
「……本当に辛かったんだ。ラファエラとおでかけするの……椿に会いたい……」
もぞり、と身をよじるツミナは十年来の親友であるナワキが珍しいと感じるほどに弱っている。
「だからって未成年で酒飲むヤツがあるかよ。てかどうやって買った?」
「ハグさんの人脈を借りた。物資をテレポートするPSIを持った人がコードのレベル上げもかねてやってるんだってさ。その人は成人済みだ。と言っても、僕の今の姿もアバターだから成年も未成年もない気がするけど」
「見た目だけなら完璧に少女だよ。夕食どうする?」
「行かない。まだ酒が残ってるんだ」
「そうか。処分してからラファエラと行く」
ナワキは部屋を漁り始めた。それを見たツミナは弱弱しく抵抗する。
「やぁーめろよぉーう。僕の自腹だぞーう!」
「……床にはない。ベッドに隠してやがったか。まったく」
毛布をはぎ取り、未開封の酒を抱え込もうとするナワキをツミナは抑えつけにかかる。背中に飛びつき、四肢をナワキの体全体に巻き付けた。
「だぁー! やめろ鬱陶しい! 抵抗するな!」
「やぁーだぁー! 無理やりはよくないぞーう!」
「て、テメェにだけは言われたくねぇ! がっ! やめろ! 脇腹に殴り入れんじゃねぇ! このっ!」
「なあっ!?」
背中側に手を伸ばされ、首根っこを掴まれたツミナはベッドの上に放り出された。だが、そこで終わらずにツミナは寝転がり酒瓶に抱き着く。
「離せコラ! VRだからってやっていいことと悪いことあんだろうが!」
「無理やりはだぁーめぇー! やぁーだぁー!」
「このっ……駄々っ子か! テメェのためだ、無理やりでも……!」
だがキャラステータスの伸ばし方の差で、ナワキの筋力はツミナには及ばない。いくらやっても酒瓶を取り上げることはできなかった。
さて。ベッドの上の酒瓶を取り上げようとしたナワキは、それを守ろうと抱きしめるツミナに、いつの間にか圧し掛かるような形になってしまった。これはあくまで揉み合いの末の結果だ。
この状態の二人は、今こんな口論を繰り広げている。
「やぁーめろよー! デロデロの酔っ払いを虐めて楽しいかい? 無理強いはよくないぞー!」
「黙れ! ほぼほぼ自業自得だろうが! 無理やりになってるのはテメェが抵抗するからだ!」
「強引なのはモテないぞー!」
ツミナの顔は真っ赤であり、それに圧し掛かるは体格だけなら彼女を優に超えるナワキ。格闘の舞台はベッド。
そして不幸なことに、彼女の抱えている酒瓶はそこまで大きくなかった。彼女が抱き込めば、出入り口のドア側からはほぼ見えなくなる。
止めに、ナワキはストッパーを外していなかった。
(……と、止めるべきか? いやしかしああいうプレイの可能性も……止めるべきか!? やはりあの二人はそういう関係なのでは……止めるべきか!? 息の根を!? 止めるべきか!?)
部屋にいつの間にか侵入していたラファエラに気付いた二人は、その後弁舌を全力で振るうことになるのだった。
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