第33話 頭かち割り人形
「さてと。それじゃ、ナワキ。耳を貸してほしいんだけど」
「なんだ?」
ツミナはラファエラに万が一聞かれても問題ない言葉を選んで慎重に囁いた。
「限界だ。一人にさせてくれ」
「……どうした?」
「事情は後で話すよ。とにかく今は一人になりたいんだ。お願い」
心の底からの要請だった。ナワキもどうやら真面目に言っているようだと感じ取り、それ以上は質問しなかった。
「わかった。俺とラファエラは適当に遊んでから帰るな」
「……一つ。わかったことを共有するよ。彼女が僕たちになんでついてきているのかわかった。ただ単に――」
「ん……?」
ツミナの言ったことは聞き取れた。しかしそれをいまいち実感しきれないまま、ツミナはナワキから離れて、通常の声量で言う。
「僕は先に帰るよ。オールした疲労がまだ残ってるからさ」
「……そうか」
ラファエラもここで我儘を言うほど子供ではない。だがあからさまに肩を落とした。ツミナの反応を窺うあたりに、わずかなわざとらしさが出てしまっている。
ツミナはそれを見なかったことにし、ナワキとラファエラに柔らかく笑いかけた。
「僕は今日だけでラファエラとかなーり仲良くなったからさ。今度はナワキが彼女と仲良くなる番さ」
「あ……? おう?」
「じゃあそういうことで。ちょっと早いけどおやすみなさい!」
身を翻し、踊る金髪が弧を描く。その様はまるで妖精が巣に帰って行く姿のようだった。中身はヒゲ面の老け顔男子高生なのだが。
あやうく見惚れるところだった。
「……つってもな。俺、この後まだイベントを続けるつもりなんだけど。ラファエラはそれじゃあ退屈だろ?」
「ん? ふむ……」
ナワキにそう問われたラファエラは、逡巡するように顔を背ける。
おや、とナワキはその反応を不思議に思った。
「どうした? イベントに興味があるのなら連れて行くけど」
「ぬ!? あ? そうか!? 私についてきてほしいと!?」
付け替えたての電球のように、ラファエラの顔が一瞬で明るくなった。別にそこまで明確には言っていないが、ついてきてくれれば嬉しいとは思う。
なのでよく考えもせずナワキは正直に答えた。
「そうだな。ラファエラと一緒なら嬉しいよ」
「ふっ。仕方のないヤツめ。そこまで言うのなら、な。精々私の機嫌を損ねぬように気を付けることだ!」
本当にそこまでは言っていないのだが。
(……イベント気になってたのかな)
ラファエラが楽しそうならばナワキにとってはそれで問題が無い。プレゼントした指輪のことも、どうやら左手の人差し指に付けてくれたようだ。
これだけでナワキにとっては最高の一日だった。
◆◆
「あー……疲れた」
二人と別れた後のツミナは、生気が抜け落ちたかのような表情でホテルへと向かう。間違いなく今日は最悪の一日だった。一刻も早く帰って寝てしまいたい。
寝る以外の方法で疲れを癒す方法も、なにか考えなければならないだろう。
(……他の方法か。現実では不可能な方法も視野に入れるか?)
そんな考え事をしているときだった。
ツミナはなにかに衝突してしまう。
「いたっ」
誰かにぶつかった。
一瞬そう思ったが違う。誰かにぶつかられたが正解だ。
相手は明らかにガラの悪そうな巨体のチンピラで、ツミナのことを舌なめずりしながら見下ろしている。
すぐ近くは人気に溢れていたような気がしたが、今ツミナが立っている場所はちょうど人の流れが途切れた場所。因縁をつけるに最適なシチュエーションだった。
「おうお嬢ちゃん。こんな場所を一人でうろついてて、危ないなぁー。俺が安全な場所まで連れて行ってあげようかい?」
「……」
あまりにもあからさま。呆れて物も言えなかった。
目を合わせることもなく、ツミナは素通りしようとする。
だがチンピラはツミナのコートを掴み、それを阻止しようとする。
「遠慮するなよ。いいところに連れていってやるぜぇ? ヒヒヒ」
「……はあ。僕、帰りたいんだけど」
「帰る場所なんかあるのか? あるわけねぇーよなぁー。
ツミナは露出の多い服装で、これみよがしに胸の中心へコードを刻印している。模様は様々で普通の刺青と区別はつかないが、逆に言うと刺青を見られたら
この面倒事をどう処理しようか思考を巡らせているとき、ツミナはチンピラの腕に刻印されている刺青模様を発見した。
(……待てよ? コイツも
「おい。聞いているのかぁー? あぁぁぁーん?」
「……キミに聞くのはナシだな。後で調べよう」
「あ……? 痛いいって!」
ツミナは掴むチンピラの手を、思い切り引っかいた。血が出るほどに。痛みに思わず手が離れてしまう。
「テメェ、なにをしやがる!」
「帰る」
「こんなことをしてタダで済むと思うなよ! 聞いて驚け、俺は――!」
グシャ、となにかが砕ける音が響き、それきり声が聞こえなくなった。ツミナは何事もなかったかのように、その場を後にし、再び帰路につく。
数分後、通報を受けてかけつけた先で警察が見たものは奇妙な大怪我を負った大柄の男だった。
「……なんだこりゃ。どうすりゃこんなことになるんだ?」
頭頂部に出血痕。アスファルトの地面に花が咲いたような飛び散る血痕。受け身の姿勢を一切取らないままバク転でもしない限りは付かないような傷だった。
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