第32話 指輪と魔人と願い事

「はあ。なるほど。つまりあの炭カス状態になったサイキックに襲われていたところを、この赤髪おせっかい野郎と銀バエ女が助けてくれたと。ふむふーむ」


 六花は被害者の少女の話を素直に聞いていた。細かいところまでハグの証言と合致していたので、特に疑う要素がない。冷静で隙の無い証言だった。

 自分の足で立つ彼女は、事情を説明しながらもハグのことを時々心配そうに見ている。どうやってあの狂気のサイキックを始末したのか疑問に思っているだけなのかもしれないが。


「で。キミ未成年っぽいっすけど? 保証人になってくれるのなら大人の誰かを呼んできてもらいたいんすけど」

「お父さんを呼んでます。夜には来てくれるって言ってました」


 少女のその言葉を聞いて、六花は鼻から息を出し、肩から力を抜いた。


「よかったっすね。ひとまずこれでアンタに目立ったペナルティはないっすよ。この子の父親が来るまでは拘束させてもらうっすけど」

「保証人とは言うけども、それってお金とかかかったりするのかしら」


 ハグの遠慮がちな問いに、やはり六花は首を横に振る。


「ないっすねぇ。そもそも一ヶ月の追放ってのも、騒ぎを起こしたことは褒められたことじゃないからってこじつけじみた罰則っすよ? それすらもなくなるってだけなんで、最初から大した問題じゃなかったのが完全に解決したってだけっす。仮に釈放の後でアンタが警察殺しとかしたとしても、保証した時点では間違いなくシロだったのが確定しているのなら、彼女たちに迷惑がかかるってこともナシっす」

「ふふ。それはよかったわ。それにしても……」


 ゆら、とハグの視線がナワキの方へ向いた。彼も胸を撫で下ろしている。


「その子の足、穴だらけだったはずだけど? なんで完治しているのかしら」

「次元トンネルの中であかねちゃんが治療してくれたんだよ。正確にはあかねちゃんの『ご近所さん』だけど」

「……ああ! あの神話生物どもが! へえ、こんなこともできたのね!」


 ボーナスキャラ『あかねちゃん』の次元トンネル周りの設定モデルはクトゥルフ神話だ。故に、異次元空間にいる茜の周りにいる生物はかなりグロテスクな外見をしていた。

 クリティカルシリーズのファンならばこの事実を知るだけで『ああ、あれもいるんだ』と感動する心理は決して理解できないものではない。


 しかしハグが一種感動しきったような声を出すのと対照的に、ナワキは目を逸らし、少女は死んだ目で俯いていた。


「二度と思い出したくないから話題を変えないか?」

「そうね。ええと、そうだ! ナワキくんには私の名前、まだ言ってなかったわね」

「ん。どうして俺の名前を」

「セクシー歯茎さわやか流し目フラダンスサンダー少女ファイナルエディション」


 六花とラファエラはその呪文の意味がわからず眉を顰め、少女は首を傾げている。だがナワキには、その呪文の指すところは理解できた。解釈は少しズレてしまったが。


「……ああ。なるほど。あの動画を見たのか」

「違うわ。私が投稿したの」

「……は?」


 口をぽかんと開け、ナワキは呆然とハグの顔を見る。


「冗談で言っていいことと悪いことがあんだろ。バカも休み休み……」

「冗談じゃないわよ。よし投稿」


 おもむろにデバイスを取り出したハグは、なにかをそこに打ち込んだ。それの意味するところを察したナワキは、急いでデバイスを取り出し操作する。

 そして、すぐに悟った。


「私が投稿しましたっと」


 ハグが今現在言っている台詞そのままが、ネット上のセクシー歯茎さわやか流し目フラダンスサンダー少女ファイナルエディションのアカウントに投稿されている。

 間違いがない。本物だ。ナワキの目に憧れの光が灯った。


「握手してください! ファンなんです!」

「ナワキ!?」


 なにがなんだかわからないツミナは親友の豹変に驚く。

 ラファエラの召喚のときもこんなにテンションは高くなっていなかった。


「え? なに? ハグさんのこと知ってるの?」

「あ? ああ、うん。ツミナが知らなくても無理はないか。この人、ゲームライターなんだよ。クリティカルシリーズ界隈では滅茶苦茶有名なんだ。というかハグさんって」

「長いから略して呼ばせてるのよ。いつもとは違う略し方だけど、この世界ではそれで通すことに決めたわ」


 そう言いながら、ハグは手を差し伸べた。


「握手、したいんじゃなかったの?」

「ありがとうございます! あ、あの! 『栗飯同盟』を毎週視聴してて! すげぇなっていつも思ってました! 毎回毎回映画みたいなスーパープレイだなって!」

「うふふ、ありがとう、嬉しいわ」

「でも俺たちのことを無断で配信したことに関しては怒ってますからね」

「あら。それはごめんなさい。でも一つだけ言わせてもらうなら……」

「確かに撮影してたところに俺たちが乱入したのはアレでしたけど……」

「それと、NPCとPCの区別なんて付かないのよ。どうにか区別する仕組みがあるのなら全面的に謝罪するわ」

「どうにかそれを判別するPSIとかがあればいいんすけど……」

「そういえば私の知っている探知系PSI持ちの中に……」

「それがゲーム上で再現可能なら……」


 握手しながらディープな話にどっぷり浸かる二人をツミナは冷めた目で見ていたが、ふと隣に目をやってぎょっとした。

 ラファエラの機嫌が明らかに悪くなっている。眉間に皺を寄せ切って、狂犬のように歯軋りしながら二人を睨んでいた。


「どうしたの」

「私の蘇生のときはこんな嬉しそうにしていなかったぞ。ゲームライターとやらは生態コードよりも強いのか?」

「ひとまず脳筋丸出し発言やめようか!」

「あら?」


 そこでハグはようやく確信に至ったらしい。服装が変わっていた上に、訊ねる機会が中々なかったからスルーしていたのだが。

 握手を解いて、ラファエラの周りを行ったり来たりを繰り返す。当のラファエラは、その敵意のまったくない瞳に面喰い動けない。


「……ラファエラ、よね? やっぱり蘇生に成功していたのね。どちらが成功したの?」

「答える義理があるか? わからない方が私にとっては都合がいいぞ」

「そ、その……撫でてもいいかしら……」

「いいわけがないだろう。犬かなにかか私は」


 要求も要求だが、取り付く島もない。しかし邪険に扱われているハグは、今まで見たことがないほどの満面の笑みだった。


「ああ! いい! いいわね! 本当いいわ! 最高! もう死んでもいい! 私、あのラファエラと本当に喋ってる!」

「……??」

「あ、握手くらいはしてくれる? お願い。ここに来た目的の中には、あなたと握手をするってものも含まれてるの」

「ま、まあ握手くらいなら」


 ラファエラからしてみれば、わけがわからない状況だ。大して優しくもしていないのに、何故ここまで嬉しそうなのか。握手を求める声もやたら切実だ。

 ついさっきまでナワキと握手をしていた手が、今度はこちらに向けられている。確認するようにナワキに目を向けてみれば、和みきった顔で頷いていた。


 おそるおそる、という速度で手を掴んだ。


「……これでいいのか?」

「……ふ、ふふふ……うふふふふふふ……今日は手を洗わない」

「洗え! 不潔な!」

「本当にありがとう! 今日のこと、一生忘れないわ!」

「……?」


 さて、生態コードは死亡してもいつか蘇生するが、死亡する度にエピソード記憶が全損するという特徴がある。端的に言えば思い出がなくなってしまうのだ。

 しかし知識は受け継がれるので、前回の人生でなにを積み上げてきたのか、どんな目に遭ったのかを推理することは可能だ。人に騙された経験があれば、人に騙されないための知識がやたらと豊富に揃っていたりする。


 ラファエラの場合『人の裏切り方』の知識が豊富にあるので、おそらく裏切りだらけの人生だったのだろう。


 だが――


(……気遣いと善意ばかり受け取っている気がするな。方向性がズレてることもあるが)


 蘇生してからずっと、その知識が役に立たなかった。


◆◆


 ハグは笑顔でパトカーに乗り、六花を始めとした刑事たちに連行されてしまった。被害者の少女も一緒についていったので、滅多なことにはならないだろう。

 これからなにが起こるのかを察したツミナは、数歩下がってラファエラの背中を見守る。


「やっとすべてが片付いたな。ナワキ」

「ん? そうだな」

「随分と楽しそうだったではないか。あまり理解できてはいないが、憧れの人と会えて嬉しかったか?」


 蒸し返すような質問だった。言っている本人であるラファエラがあからさまに不機嫌なので、ナワキもたじろぐ。


「え。あれ? どうしたラファエラ」

「言わねばわからないか?」

「……あ。ちょっと待っててくれ」

「む?」


 ナワキはポケットからなにかを取り出し、当たり前のようにそれをラファエラに渡した。あまりにも自然だったので、警戒する間もなく無防備に受け取ってしまう。


「……なんだこれは」

「指輪。どの指にも合わないようなら首から下げる用のチェーンもあるぞ」

「……?」

「お前が言ったんだろ。ツミナにサングラスをプレゼントしたときに。『なにかよこせ』って」

「あ」


 言った。確かにラファエラはそのことでナワキに駄々を捏ねていた。だがラファエラ自身、そのことを覚えていなかった。自分で招いたことだが、完全な不意打ちに面喰う。


「いらないんなら捨ててもいいけど。その場合は俺が回収するよ。どこかで売れるかもだし」

「情緒もへったくれもないな貴様! プレゼントの処分方法を先に考えるヤツがあるか?」

「ご、ごめん」

「……ふむ?」


 ラファエラはツミナに振り返り、問いを投げかける。


「私はなにに怒っていたのだったか」

「知らない」


 ナワキが思っていた以上に平気だったのがラファエラの癇に障っただけだ、と馬鹿正直にツミナは答えない。

 ナワキなら答えたかもしれないが、ツミナは狡猾だった。これで丸く収まるのならハッピーエンドに違いない。


(相変わらずコイツの善意は胃もたれするほど重いなぁ。でもま、いいか。ラファエラだけじゃなくて、京太自身も幸せなら、僕はそれでいい)


 やっと肩の荷が下りた気がした。理由はわからないが、最初いくらズレていても彼のやることは最終的に正しい方向に落ち着く。

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