第29話 呪いの紡ぎ車の糸

「へえ。ナワキくんか。縁があるわね」


 物事はハグの思い通りではない方向に進み始めていた。だがそれを無理に修正したりはできない。ナワキはハグと同じプレイヤーであり、本物の人間だ。止めるとなったら息の根を止めるつもりでやるしかないが、流石に本当の殺人は御免だった。


 それに、これはこれでとても楽しい。


「興味深いわ。あなたはどんなPSIを使ったの?」


 被害者の少女、散弾男、ナワキの位置関係を考えると今の現象は妙だ。散弾男は眼前にいる少女に向かって散弾を放ち、ナワキはその散弾男の背後から蹴りを繰り出している。

 PSIの弾丸を逸らすPSIを、何故ナワキは散弾男に直接使わなかったのか。そちらの方が明らかに効率がいいのに。


 考えている内に、散弾男は立ち上がった。彼が痛みに悶絶している内にナワキは少女の傍に駆け寄り、盾になるように立ち塞がっている。

 ナワキは力強い視線で相手を射貫き、低い声で告げる。


「物凄く怖いのでどっか行ってくれませんか!」

(弱っ!)


 散弾男はその言葉に応えない。ただ再度、PSIの発射準備を整えるだけだ。右手にいくつもの光る球体が浮かび上がる。

 獲物が一人増えただけだと認識しているようだ。蹴られた怒りは一切感じられない。あそこまで行くともはや獣に等しかった。


「……くそっ! やっぱりやるしかないよな! 大怪我しても恨むなよ!」

「ボクチンはそんな都合のいいことは言わないよォ? 殺された後で思い切り恨んでいいから死んでくれや!」


 銃声がまた響き渡る。しかし、今度は四肢を捥ぐつもりの攻撃ではなかった。確実に一発でナワキの命を消し去るような、胴体を狙う攻撃だ。

 今度こそは、とハグは観察を怠らない。ナワキのPSIの正体を暴くつもりで目を凝らす。


「……へえ!」


 流石に銃弾並みの速度の攻撃を視認することはできない。だが不自然さは理解できた。


(しかも今一瞬、オレンジ色の閃光が見えたような……気がするのよねぇー。なにかしらあれ。なにをどうやったらPSIの銃弾をあんなふうに逸らせるの?)

「やるなぁー! バリアかなにかを張ってるのかなぁーーー! じゃあさ! じゃあさ!」


 それを見ていたハグの目に痛みが走る。急激に路地裏が明るくなったからだ。だが、その凶器を向けられているナワキは目を見開いて驚愕していた。

 散弾男の背後、彼の体が射線の邪魔にならない位置に無数の光弾が浮かび上がる。あれらすべてを合わせて同時に発射した場合、一体何百発になるのか、ハグにはカウントが不可能だった。


「……それまさか同時に撃てたり……」

「するに決まってんだろ!」


 ナワキは光弾から目を離し、散弾男の顔を見る。信じられないというような表情だった。


「待て! それを本気で撃つつもりか!?」

「つもりに決まってるだろぉーーー?」


 ハグにはまだナワキのPSIの正体がわからない。助けに入るべきか、未だに見守るべきかどうか迷い始めていた。

 ナワキがあれらすべてを防ぎきれるかどうかの判別が付かない。当然、防ぎきれなければ大怪我では済まないだろう。一瞬で体がバラバラになり、文句なしの即死だ。


(どうしましょうか……)


 しかし、すぐに助ける気が失せた。驚愕の表情だったナワキが、なにかのスイッチが入ったかのように冷めた目に変わったからだ。


「やめろ。流石にそんなものを撃たれたら死ぬ。だから俺はその前にテメェを倒さなきゃならない」

「あァーーー?」

「まだこのPSIがどんな威力を持つか俺はわからないんだ。下手を撃てば死ぬぞ!」


 その言葉を散弾男はハッタリか悪あがきだと認識したのだろう。笑顔を濃くして、殺気を放った。発射はもはや秒読みだった。


「全弾致命傷にはならねーよ。ただちにはなァ。芋虫みたいになったテメェらを見ながら俺は超超超エクスタシーに浸るとするぜぇああああ!」

(まずい!)


 ナワキの心配はもうしていない。ハグがまずいと思ったのは音に関する心配だ。あの光弾を放つとき、銃声に似たような破裂音が響く。あの量の光弾が弾けた場合、おそらく鼓膜にヒビくらいは入るだろう。


「ひっ……!」

「耳塞いでろ! 俺がなんとかする!」

「……!」


 少女は見ず知らずのナワキの言葉通り、耳を塞いで目も瞑った。しかしあんな量の散弾を防げるとはとても思えない。最初の内こそ期待したが、もう今度の今度こそダメだろう。

 あとは、なにかの間違いで即死することを祈るしかなかった。


「……?」


 痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。撃ち抜かれた足は未だに痛い。即死したわけでもなさそうだ。


「……そう。それがあなたのPSI……!」


 塞いでいた耳を解放し、光に細めていた目を開き、ハグは満面の笑みを浮かべる。

 ゲームシステム上、コードの装備は同時に五つまで可能だ。しかし馬鹿正直に五つ装備していると、コードの成長速度が凄まじく遅くなるというペナルティが発生してしまう。故に、どんなに多くても装備するコードは三つまでがゲーム的なセオリーとなっている。


 ハグの見立てでは、彼の場合コードは二つ。


(短時間の『感覚の高速化』と単純な『サイコキネシス』!)

「なっ……な、な、ぎゃあああああああああああっ!?」


 悲鳴を上げているのは散弾男の方だった。ナワキと少女には傷一つついていない。


「散弾の標準にしていたのは右手だ。テメェは右手……の、多分人差し指で光弾の発射する方向を決定していた。二回も見てたんだ、流石に気付く。なら話は簡単だ。光弾じゃなくて右手を動かしてしまえばいい」

「腕……俺の右腕がぁぁぁぁぁぁぁ!」

「だからやめておけって言ったんだ。まさか腕が吹っ飛ぶとは思わなかった。最初テメェに直接これをぶつけなかったのは正解だったよ!」


 ナワキの装備したコードは二つ。

 最初の一つは単純なサイコキネシスだ。発動条件は十秒以上触った五百グラム未満のもの。この条件さえ揃えば長さも大きさも関係がなく自由に動かすことができる。しかも表面がPSIパワーでコーティングされるため、PSIの攻撃に干渉することが可能となる。しかしサイコキネシスの最高時速は八十キロメートル。これでは到底、銃弾並みの速度を誇る散弾を防ぐことはできない。


 ただし、もう一つのPSI『感覚の高速化』と併用した場合は話が別だ。使用条件は二つ。使用できるのは連続して五秒。使った後は実際に使った時間に関わらず一秒のクールタイムが入り、発動が不可能となる。使っている間は体感時間が五十倍にまで加速。つまり一秒の出来事が五十秒のようにスローに見えることになる。


 このスローとなった時間の中でナワキは自由に動けない。加速しているのはあくまで感覚のみだからだ。ただし、PSIを動かすのはサイキックの感覚であるため、サイコキネシスに限定してのみ自由に動かすことができる。


 時速八十キロメートルは秒速に直すと約二十メートル。これを五十倍にすると秒速千メートルとなる。銃弾並みの攻撃に対して充分対応可能な速度だ。

 なお、秒速千メートルで動かしていたのは単なる裁縫糸であり、ナワキはこれを使って光の散弾を絡めとるように軌道を変えていた。


 ナワキはこのPSIのコンボに慣れておらず、直接的に人体に使うことを躊躇っていた。やはり警戒通り、直接的に人体を絡めとろうとすると裁縫糸は人体を切り取ってしまう。予想以上に鋭利になっていた。こうなると、裁縫糸以外のサイコキネシスを考えなければならないだろう。


「もうやめろ。これ以上はやったところで無意味だ。この場で消えればもう俺はテメェを追わない」

「ひ、ひひひ……ひひひひひひひ!」


 ナワキの警告に、散弾男は笑う。彼がこの場から消えるまで、ナワキは一切緊張を解くことができなかった。

 現状祈ることしかできない。ナワキにはプレイヤーとNPCの区別が付かないため、散弾男を殺すことができないからだ。


 これは判別が不可能だから、と言う意味ではなく、判別ができたところで区別ができないという意味だ。この世界のNPCはあまりにも人に近すぎる。


(逃げろよ……逃げてくれ)

「……二つのPSIを使えるのは……」


 ずるり、と右腕の断面から血が逆流した。


(くそっ!)


 それを見て祈りが届かなかったことをナワキは悟る。

 そのPSIはどう見ても。右腕を再生して再度散弾を放つ気だ。しかも回復速度が異常に早い。


(どうする。もう種は割れてる! 二度目が通じるとは思えない! もう一度右腕を振っ飛ばしたらおそらくコイツ、インターバルが終わる前に右腕を再生させて隙を突くように散弾をぶち込んで来るはずだ!)

「殺す気がないのなら……こっちが殺しちゃうぜぇええええーーー! これがボクチンとキミの差差差差差さぁーーーっ! かああああああああああっ!」

「くそったれ!」


 ナワキはポケットの中の裁縫糸にまた手をかざす。発動条件を一度満たせばあとはもう触る必要はないのでルーティーンに近い行動だった。

 その場凌ぎのサイコキネシスを使おうとしたそのとき――


「もういいわ。決着はついたでしょう?」

「は?」


 頭上から、女性の声が降ってきた。


「あとは私に任せなさい。後始末はしてあげるわ」

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