第27話 おむすび穴におっこちた。お墓の穴におっこちた
シリーズ化されるほどに人気のゲームには、大抵一人や二人程度の『恒例の登場人物』がいる。
その恒例の登場人物が、他の作品のそれと同一人物かどうかは設定によりけりだが『あかねちゃん』の場合はすべて同一人物だ。
作品ごとの繋がりが並行世界か十年後の世界か、はたまた過去の世界であっても関係が無い。彼女には時間と空間の概念が存在しないのだから。
控え目な笑い声が響き渡る。控え目なのに何故響き渡るのかと言うと、同時に別々の方向から聞こえてくるからだ。
次元の穴が大きくなっていく。次元トンネルへの道が開いていく。そこから出てくる『あかねちゃん』の腕が、瞬きの間に増殖していき、少女の体を絡めとっていく。
「いやああああああああああああっ! やめて! 怖い! お願い、止まって!」
少女は半狂乱になって振り払おうとするが、なにせ腕が多すぎる。どうやってもふり切れなかった。
あかねちゃん、本名
しかし、ゲーム中盤で彼女に悲劇が襲い掛かる。主人公と敵対していたサイキックに、学校ごと次元の狭間へと落とされてしまったのだ。
通常の人間であれば次元の狭間に落とされた時点で、体が素粒子レベルに粉々になってしまう。だが奇跡的なことに彼女はそうならなかった。空間系の能力が一切効かない特異体質だったからだ。
これはPSIとは一切関係がなく、クリティカルシリーズの世界では百億分の一の確率で存在するレアな体質らしい。ともかく天現寺茜は次元の狭間に落とされても死なず、逆にその概念と融合。天現寺茜は次元トンネルの案内人となった。つまるところ、神隠しの渡し役だ。
かくして茜は作品ごとの繋がりが薄いクリティカルシリーズにおいて、同一人物として登場できる権能を手に入れ、以降ずっとボーナスキャラとして東奔西走し続けている。
さて、ここまでの設定に危険な要素は一切ない。なら何故茜は今、少女を見るも悍ましい方法で次元トンネルへと引きずり込もうとしているのか。
茜は心底嬉しそうに笑顔で声を上げる。
「おひとり様、ご案内でーす」
理由などない。まったくない。茜に少女を害する気など毛頭ない。
ただひたすら見た目がショッキングなだけだ。次元おむすびの売買が終われば、少女は傷一つない状態で元の場所へと戻されるだろう。
「いやああああああああああああっ……!」
ついに穴へ全身が引き込まれ、少女の声が遠くなっていく。空間のヒビは逆再生したかのように閉じていき、茜の姿も煙のように溶けて消えてしまった。
(……お……おっかねぇー……! ゲームでなら何度も見た演出だけど、VRだとリアルだからなぁ!)
クリティカルシリーズがまだただのゲームだったとき、茜の接客を見たキャラクターは口を揃えてこう言った。『無暗に怖すぎて夢に出そうだ』と。
VRにおいて重要なのは、言うまでもなく『ゲームの中に入っている』という没入度と臨場感だ。その点をクリティカルコードは及第点以上のレベルで叶えている。
故に『無暗に怖くて夢に出そう』という設定の茜の接客は、ナワキにとっても恐怖そのものにしか思えなかった。
(やめようかなぁ、あかねちゃんに声かけるの。渋谷区でもミニイベントやってるし、そっちの方に行くのも悪くは……ん?)
「ふんふふーん。おむすびころりん、こんころりーん」
空気が凍った。あまりの出来事に、短い悲鳴を上げて尻もちをつく者もいた。
ナワキのすぐ傍を何事もなかったかのように、茜が鼻歌を歌いながら歩いている。
彼女には時間の概念は既に存在しない。次元トンネルはどこにでも、いつにでも開通する。当然同じ場所に茜が二人以上いたとして、なにもおかしいことはない。
先ほどのホラー感満載の演出を見た直後だ。誰もが利点を感じながらも、声をかけるのを躊躇っている。ナワキもそうだ。
だが――
(……なにやってんだよ俺! 一つもおむすびを調達できないんなら、なんでここまで来たんだ! 強くならなきゃ、生き残れないんだぞ!)
バシンと震える膝を平手で叩き、ナワキは声を張り上げた。通り過ぎようとする茜の背中に、勇気を持って叫ぶ。
「次元おむすびくださいな!」
「お客さんですか?」
後ろ姿に声をかけたはずなのに、ナワキの後ろから手が伸びた。ナワキの二の腕をしっかりと掴んでいる。
現実のそれではありえないほど精練な空気が、ナワキの全身を撫で上げた。次元トンネルの空気だろうか。
緊張のあまり音が消える。ゆっくりと振り返る、眼前にいる茜からナワキは目が離せない。すべてがスローモーションに見えた。
(……やっぱ話しかけない方がよかったかも!)
汗が吹き出し、後悔が止まらない。
先ほど世話焼きの女性は『トラウマになりたくなかったら目を瞑れ』と言っていたが、それではなんの解決にもならないと思い知った。
VRで叩き込まれるのは五感なのだから。
空間にヒビが入る。多くの目がこちらを興味深げに眺める。覗ける口元はすべて嬉しそうに笑っていた。
「お客さんですか」「おむすびころりん」「お客さんですね」「わぁいわぁい」「すっとんとん。おむすびころりん」「うふふふふふふ」「とても嬉しいなぁ」「ころりんころりんこんころりん」「こちらへどうぞ」「お茶は今は出せませんけど」「おむすびころりんすっとんとん」
「う、うわ……え、ええと。やっぱり今のなしってことには……!」
視覚だけでなく聴覚にも暴力的。腕が伸びてきてはナワキをどこかへ連れて行こうとするので触覚も。その手から優しい匂いがするので嗅覚も。
ゲームで見ていた演出とは比べ物にならないほど恐ろしい。
茜が完全に振り向いた。本当に嬉しそうに言ってのける。
「はい! ええ、ええ! 喜んで! こちらへどうぞ! いえ、あちらへどうぞ! 腕を振るって作ったおむすび、どうかご賞味くださいな!」
ぐるんと全てが回転した。ナワキを掴んだすべての腕が、彼をどこかへ連れて行こうとする。
この世のどこにもない空間へと。
「ひ……あ、ぎゃ……ぎいいいやああああああああああああああああっ!?」
気の遠くなるような悲鳴を上げているのが、自分自身だと気付くのに時間がかかった。だが、もうそんなことを考える必要はない。
すべてはとっくに手遅れなのだから。
次元おむすび、定価二百円。ファン垂涎のボーナスアイテムを、ナワキはしっかりと手に入れた。
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