第25話 かぐや姫は放置プレイが嫌い

「へえ。指名手配犯か」


 新宿区。歌舞伎町周辺をぶらついていたナワキは、金づるをすぐに見つけた。

 交番の掲示板に張り付けられた指名手配の写真に、明確に懸賞金がかけられている。一番安い『食い逃げジョナス』で十万円だ。

 日本でも事件の解決に貢献すれば謝礼をする、というポスターはたまに見かけるがあれの場合、市民に求めているものは情報提供がせいぜいだろう。

 間違っても直接捕まえてくれ、という要請ではない。


「……アンタも来訪者ビジターか?」


 掲示板を熱心に見ていると、交番勤務の警察官に話しかけられた。


「うん。『も』ってことは、やっぱり」

「今日だけであんたみたいな金に目が眩んだ来訪者が四人目さ。昨日は合計八人くらい来たっけな?」

「ここにいる指名手配犯ってサイキックか?」

「そうとも限らない。凶悪犯ならPSIの素養がないヤツでも指名手配になるぞ。そういうのは一般人の餌食になるがな」

「へえー……ふうーん……この顔写真、何枚かくれる?」

「別に構わんが。くそ、プリントしないとそろそろ切れるな……」


 警察官は、机の上に置いてあった手配書を適当に何枚か見繕い、ナワキに渡した。昨日今日で随分と慣れてしまったようで、手際がいい。手配書など普段は机の上に置くものではないだろう。


「……最低価格でも十万円か……うん。頑張るよ。連れてくるのはこの交番でいいのか?」

「気絶ないし無力化した状態ならな。公安に引き渡せばすぐお役御免だし」

「わかった。さて、どこから探したものか……」


 ばりんっ、とガラスが弾ける音が響いた。

 近くのビルの二階の窓ガラスが割れ、ガラスが降り注ぐ。それに混じって、大きなものも降ってきた。

 それは着地すると、二本の足でこちらに走り、ナワキとすれ違ってどこかへ向かう。


 警察官とナワキは、揃って掲示板に貼られた一番安い指名手配所に視線を送り、悲痛な叫び声を聞いた。


「食い逃げジョナスだーーー! ついにうちがやられたーーー!」


 よく思い出すと、割られたガラスにはファミレスのロゴが書いてあった気がする。警察官は我に帰った。


「……くそ! 流石に目の前で走り去られちゃ、相手がサイキックでも無視できないじゃないか! 待――!」


 食い逃げジョナスを追おうと足を踏み出しかけたそのとき、風が舞い上がった。瞬きの間に、走る背中が二つに増えている。その内の一つは、先ほどまで世間話をしていたナワキのものだった。

 ナワキはあっさりと俊足のジョナスに追いつき、腕を掴んで足を払い、地面に押さえつけて拘束する。


 ジョナスはうめき声を上げながら抵抗しようとするが、上手く行かずにもがくだけだった。ジョナスを拘束するナワキは振り向き、無邪気な笑顔を浮かべる。


「十万円だな。できれば現金でくれ」


◆◆


 もう昼の時間だったので、ツミナとラファエラは近場のファストフードショップに入り、ハンバーガーのセットを頼んで席に座っていた。最初はツミナが奢る気だったが、ラファエラがナワキのマネーカードを持っていたため、二人は別々に会計をしている。この時点でツミナも首を傾げたが、この場では黙っていた。

 カウンターの席へ横並びに座り、先に出されたドリンクを口にしながらラファエラの話を聞くことにした。


「……私はもしかして、ナワキに迷惑だと思われているのではないか」

「ないでしょ」


 ツミナの知る限り絶対にない可能性だ。即答したものの、質問自体には面喰った。


「なんでそう思ったの」

「私に来いと言わなかったからな」

「……ん?」


 どこか要領を得ない答えだ。それはつまり、来るなとも言っていないのだろう。ナワキのことだから、ラファエラがついていくと言えば喜んで同行を許可するはずだ。ラファエラは彼の初恋の人なのだから。


 ラファエラの認識しているナワキの姿と、ツミナの知っているナワキがいまいち一致しない。ラファエラの方の情報が不足しているからだろう。


「……あのさ、ラファエラ。今日の朝、ナワキとどんな会話をした?」

「新宿区のミニイベントに行くと言っていた。私の行動に関しては、後でホテルで同行するのならどうこう言うつもりはないと。なので私は好きにすると言ったのだ」


 ツミナは思い切り顔を顰めた。ナワキはラファエラと喧嘩をすることは絶対に避けるはずだ。ラファエラが好きにすると言えば、ナワキは本当に彼女を放っておくだろう。なにせ彼女自身がそう言ったのだから。


 ナワキは最善の行動を取ったつもりに違いない。だが、今ここでツミナが聞いた限りではそうでもない。むしろ悪手だ。


 何故なら――


(この子……無理やり誘ってほしかったのか!)


 口で言っていることと思っていることが別だ。

 何故ラファエラがこんなことをしたのか、理由は明白だろう。つまり必死に食い下がるナワキのことが見たかったのだ。

 そんなことを言わずに一緒に来てくれ、自分にはキミが必要だ、という台詞を期待していた。だからこその失望。


(ず、随分と都合のいい。口先では袖にしておきながら、実際には求められることを期待するだなんて。いや、わかるけど。割と夢見がちだな、この子)


 理解はできる。男が『モテる努力をしないでなあなあの態度のままモテモテハーレム状態になりたい』と切望するのと同じくらいありふれた願望だ。ラファエラの場合、見た目と能力の価値が実際に凄まじいのだから理想が高くなるのもわからなくはない。

 可愛らしい願望を夢見たところで誰に責められようか。少なくともツミナはこの我儘を責める気になれない。


 ラファエラはつい最近蘇生リバイブされたばかりだ。知り合いと呼べる人間はツミナとナワキしかいない。その二人に必要とされたい、魅力的だと思われたいと思うのは至極当然のことだろう。


(ナワキのアホめ。本人がそう言ったからって一億円をポイで放置はありえないだろうに)

「ツミナ?」


 ラファエラが怪訝な顔になり、ツミナの瞳を覗き込む。

 さて、しかしどうしたものか。ナワキはラファエラの言うことを叶えただけ。ラファエラは本当の願望を誰にも口に出してないことから、実のところ自分が夢見がちだと気付いてすらいない。


 どちらが悪いのか。なんと言えばいいのか。ツミナの心は決まった。


「あははっ。いや、ナワキはアホだからね。いいヤツだけど抜けてるんだ」


 できる限り親友のフォローをしつつ、ラファエラの口を回転させ、彼女の不満をこの場で消化させ尽くす。

 そして後程、ラファエラの見ていない場所でナワキの尻を引っぱたき、彼女のことを無理やりでも構うように態度を修正させる。

 というか、昨日の時点でナワキのことをとにかく挑発しまくっていたのだが、あの親友は真の意図にまったく気付いていなかったらしい。

 本当に手を出すつもりならとっくに手を出している。ラファエラと一緒の部屋で寝る云々は完全に忘れ去られてしまったようだ。


「キミにそんな不安を抱かせた時点で大減点には違いないけどさ。断言するよ。そんな意図は絶対にない」


 できる限り柔らかい笑顔、優しい声で語りかける。今はラファエラを安心させることだ。自分の言動と願望のズレについて指摘するのは、もう少し親密になったときでいい。今はとにかく彼女の話を聞くことに徹する。親友のフォローは二番目の目的だ。


「……アホ、か。そうだな。アホだな、アイツは」

「うん。アホアホ。超にぶちん。あははっ」

「くくくっ」


 ツミナの笑顔にあわせて、ラファエラの顔にも笑みが浮かぶ。いい傾向だった。


「ナワキめ。今ごろ私をあっさり放置したことを後悔してるだろうな」

「あははっ」


 ――それはない。

 とツミナは思う。ナワキは割と一人でなんでもできる。


「なにせ私がいなければレベルパラサイトに殺されていたほどに弱虫だ。今ごろ、強いサイキックになじられてなければいいが」

「そうだね!」


 ――ないなー。喧嘩した後は大体どんなヤツとでも友達になれるんだよ。

 初対面で受ける印象よりは遥かに対人スキルが高い。人の領域を尊重するのが得意技と言ってもよかった。それが過ぎてラファエラの不興を買っているのだが。


「それに、マネーカードもここにある。買い物一つもロクにできないだろう。後で私に泣きつく姿を見るのが楽しみだ。あっははは!」

「……」


 ――京太が勝算なしにマネーカードを手放すイメージが湧かない。

 それどころか、ツミナの想像は真逆だった。彼ならば今ごろ間違いなく金を手に入れているだろう。あまつさえ、これまたラファエラの願望を叶える準備をしている可能性すらあった。


 段々と笑顔が曖昧になってくる。動揺を隠すように、ツミナは頭に乗っていたサングラスを外し、指でなぞった。


(ラファエラ。これまたキミ自身が言ったことだよ)


 おそらくナワキは今頃――


◆◆


「ん。この髪飾り、ラファエラに似合いそうだな」


 歌舞伎町の露天商でラファエラへのプレゼントを買っていた。

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