第24話 情報売りの少女におっぱいを売り込まれた少女
ツミナが選んだという服は軽く、かつてないほどに動きやすかった。あのパーティドレスは中に戦闘用のギミックが多数仕込まれていたが、ただ外を出歩くだけならばこちらの方がずっといい。
服の袋の中には箱詰めの状態で、釘や画鋲も入っていた。万が一戦闘になった際にはこれらを使えば問題は発生しない。
靴はこの時期にどこで買ってきたのか冬用のスニーカーだ。靴底に折り畳み式のスパイクが仕込まれており、PSIを込めればアスファルトの地面でも難なく傷つけることができる。どこまで計算しているのか怖くなるほどにラファエラにぴったりの衣装だった。
歩くだけで楽しくなってくる。ただし、一人でなければだが。
「虚しい」
あまりに退屈なのでうっかり口に出てしまった。
ラファエラが今いるのは原宿の雑踏の真ん中。適当な壁に寄りかかって、なんとなく人の流れを眺めている。
最初の方こそクレープやら、なんの役に立つのか微妙な小物やらを買い込んで楽しんでいたのだが、どこか楽しみ方がズレている気がした。しかし、自分ではどこがズレているのかわからず現状では放置するしかなかった。
段々とそのズレは大きくなっていき、ついには足が止まってしまった。今は次になにをすればいいのかわからない始末だ。
(どうする。帰るか? それとも……)
建物の隙間から見える高い『壁』に目をやる。最初は採算度外視の現代風オブジェかと思ったが、近づいてみるとそうではない。肌を焦がすようなPSIの力に溢れていた。
見た目は高くそびえる大理石の杭。全長はおおよそ三百メートルほど。それが角度がバラバラに地面に何本も突き刺さり、なにかを閉じ込めているように見える。範囲が大きすぎて確信には至らないが、おそらく円形に渋谷を囲っている。
(話に聞いた渋谷区解放イベントか……こいつらあれを見もしない、ということはおそらく以前からずっとああなのだろうな。情報収集でもするか?)
どうせ暇だ。この世界のことを学んでみる、というのは暇潰し程度にはなるだろう。ラファエラは歩いて渋谷の方へ向かう。
(……新宿ほどではないが、確か渋谷も多数の線路が密集する東京の心臓部だったはずだ。経済的なダメージは大丈夫なのか……?)
そもそも何故渋谷がモンスターの住処になっているのか。そこも興味が尽きない。行ってみればなにかわかるだろうか。なんの成果もない、というのだけは勘弁してもらいたかった。
◆◆
成果はあった。泥と傷と血に塗れたツミナが、壁のすぐ傍でうつ伏せに倒れて気絶している。
「なにぃ!?」
「ん……ラファエラ……?」
驚いたラファエラの声に反応し、ツミナがむくりと顔を上げる。顔色はそこまで悪くないが、怪我は決して軽くない。サイキックであれば放置していても勝手に傷は治るだろうが、だからと言ってどうでもいいわけではない。
「貴様、消えたと思ったらこんなところでなにを……?」
「恐ろしい美女に騙されてね。オールで狩りに付き合わされたよ。本当に恐ろしい女性だった」
「恐ろしい女性?」
「最初は断ったんだけど。夜も遅かったし。でも狡猾な手口で騙されてさ」
ツミナの言うことを一部始終要約するとこうだ。
『しつこいな! どんなに頼まれても一緒に行くわけないだろ! おっぱい揉ませてくれるなら話は別だけど!』
『いいわよ』
もにゅん。
『やったあああああああああああああああああっっっ!』
『じゃ、契約成立ってことで』
『しまったああああああああああああああああっっっ!』
状況の説明は終了し、ツミナは再度しみじみと言う。
「恐ろしい……おっぱいだった……」
「貴様は貴様で欲望に忠実すぎるぞ……私も人のこと言えた義理ではないが。で、なにか成果はあったか?」
「あったよ」
さらりとツミナは言った。転んでもただでは起きないという姿勢はラファエラにとっても好ましい。
「まず渋谷の緑化進行について。昨日のモンスターのこと覚えてる? 立っている場所がちょっとだけ緑化が進むアレのこと」
「昨日の今日だからな。覚えていないはずがない」
「ざっくり言うよ。あれの超強いバージョンが銀閣長政の言っていたボスだ。たまに東京二十三区の中に紛れ込んで、どこか一区画に陣取り緑化を加速させ、そこをテリトリーにすることがあるらしい。放っておくと数少ない人間の居住地が更に減るから、出来る限り早めに駆除するのがセオリーなんだって」
もちろん、昨日警察がやろうとしていたように事前にモンスターを処理できればそれが一番いい。万が一それができなかった場合は、次善の策を施行する。
「で。この杭の壁はなにかと言うとモンスターと緑化を食い止めるPSIなんだってさ。東京に雇われてる数少ない公営サイキックの力らしいよ」
「……凄まじい力だ。もしかしたらそいつも生態コードかもしれんな。私の知識の中には、こんな力を持つ者はいなかったが……」
「ここから先が結構重要なんだ。テリトリーを作ったボスの力は、おおよそ緑化の深刻度に比例する。封印しても限られた面積の中で独自の生態系を構築し、弱肉強食のサイクルの中でどんどんモンスターの力は底上げされていく。理論上、いずれこの封印はボスの力に押されて破られるのさ。破れた場合は、また再度封印を施されるだろうけど緑化の侵蝕面積が一気に広がる」
「……予測はついているのか? その封印が破れるまでの猶予は?」
「あまりないよ。最長一ヶ月。最低一週間」
あまりない、というよりはあまりにも猶予がない。
ラファエラは肩を竦め、呆れきっていた。
「東京の連中はなにをしている? 討伐隊の類を用意しないのか?」
「渋谷の緑化が起こったのは二週間前だ。準備はしてる。ただ追いつくかどうかが微妙なんだ。そこで僕ら
「三十億円……三十億……」
ラファエラの常識に照らせば、目が回る金額だ。もう喚く気も起こらない。ツミナは未だに平然と続けていた。
「セーフティの外には一人で軍を相手にできるレベルのPSIを使うヤツが十人か二十人程度はいるんだってさ。そいつらの内の一人がたまたまセーフティにふらっと現れて、たまたまこの事態を視認し、たまたま金額に目が眩んで、たまたまボスを倒してくれたらなーってスタンスらしいよ?」
「そんな都合のいい話……」
「普通はない。ただし、この世界はゲームだ。こんなバカげた話でも乗るヤツは確実にいる。なにより、プレイヤーはこのイベントに参加することを半ば強制されてる。僕たちはこの世界に来たばかりでノウハウがあまりに不足してるからね」
「……そうか。緑化が進んで東京中が居住不可能となれば、そのときは……!」
「行き場のない僕たちは野垂れ死に、さ」
寝転がったまま話していたツミナは立ち上がり、体中についた泥や砂を再度払う。
そのとき、ラファエラの目に信じられないものが映った。
「貴様、それは……」
「ん? ああ、昨日の内に装備したんだ。オシャレだろう?」
わずかに膨らんだツミナの胸。その中心部分に、赤い文様が刻まれていた。溶け落ちる太陽のマークで、ヘソの少し上まで伸びるように描かれている。ツミナのPSIの象徴、クリティカルコードだ。
「……わかっているのか。クリティカルコードは気軽に付け替えはできないのだぞ? もっと目立たない場所に貼ればよかったものを」
「いいんだよ、僕はこれで。さ、どこか買い物できる場所に戻ろう。活性剤が欲しいし、体も洗いたい」
この場は人気がほとんどない。近く封印が解かれて緑化が再度進行することが予測できているからだろう。先ほどの雑踏は、その予測円の外側だったからこそ避難の必要がない。
「二週間、か。渋谷がそんな長い間封鎖されていれば、東京には様々なダメージが行くだろうな」
「僕たちが解放する。偵察の結果はまだあるんだ。というか、今まで言った情報は全部ダンジョンに入る事前に調べられたことだからさ。ま、ご飯でも食べながら話そうよ」
はた、とツミナはラファエラを見たまま固まった。次に、なにかに気付いて周囲を見渡す。
「ナワキは? 一緒じゃないの?」
「……別行動中」
「……はあ?」
ツミナがラファエラの覚えている限りでは初めて見せる顔になった。
眉を顰め、険を込めた目つき。明確に怒っている。
「逃げたな、ナワキ」
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