第23話 強くてニューゲーム版わらしべ長者

 ホテルに泊まるときに重視したのは近場で調達できる食糧の美味しさだ。なにせ一億円がある。VRだからこその、現実ではほぼありえないシチュエーションだ。

 痛みがあそこまでリアルなら、美食のクオリティもリアルなのではないかとツミナと話し、そのためにこのホテルを選ぶことになった。中にはモーニング、ランチ、ディナーと長時間営業するホテルと提携のレストランがある。

 ただの高校生ならば小遣いをかき集めたところで、まともな料理を頼めるかどうかという値段設定の料理が並び、椅子やテーブルすら高級な雰囲気が漂っている。


 果たして、ナワキとツミナの予測は正しかった。

 焼きたてのパンの柔らかさ。バターの風味が香しいプレーンオムレツ。新鮮なプチトマトと緑野菜のサラダ。肉汁が弾けるプリプリのソーセージ。


 モーニングというだけあって、メニュー自体は質素だ。だがそのいずれの料理も普段食べているものよりも数段美味しい。

 格闘技で例えるなら、普段食べている料理が素人のハイキック。今食べているものは達人の正拳突きといったところか。


「美味しい……これ、このリンゴジュースどうなってんだ。美味……ものすごく美味い……」

「……頻繁には来れないがな。朝食だけで一人二千円は明らかにボッているぞ」

「そうだな。明日からは安いので済ませよう」


 流石に調子に乗り過ぎた。大金があるからとこの調子で散財を繰り返して行けば、いつかは確実に資金が尽きる。

 ただし一般的なソーシャルゲームおよびオンラインゲームにおいてゲーム内マネー一億というのはと言って差し支えない。

 そうでないゲームは概ね、そもそもゲーム内マネーの消費そのものが少ないゲームに限定される。事前登録ボーナスで一億が貰えるようなゲームならば、おそらく資金の消費量は想像を絶する物となるだろう。

 資金調達と資金消費のバランスが崩れてさえいなければ、流石に貧困と空腹に喘ぐということはそうそうないが。

 そういえば、この世界での資金調達手段についてまだリサーチを行っていなかったことにナワキは気付く。死活問題には違いないので、今日の内にクリアせねばならない課題だ。

 目標設定は決まった。


「……ツミナはやはりここにもいないな」

「ん。ああ。そうだな。ここがいいって言ったのアイツなのに。寝坊か、まだ帰ってこないかだ」


 レストランは値段設定が若干狂っているにも関わらず、多くの人が食事をとりに訪れていた。

 ナワキの見立てでは、ほとんどが来訪者ビジターだ。その内の全員がプレイヤーだろう。喧噪の中からゲーム用語が少しだけ漏れ聞こえている。

 その中にツミナの姿は一切見えない。


「……ま、いいさ。合流できないなら合流できないで。俺は予定を変えるつもりはない」

「なにをする気だ?」

「具体的にはさっき言った通り。新宿区のミニイベントに参加。後は……PSIの訓練と、金づるの発見だな。この調子だと資金尽きるし」

「私は付き合わん。ホテルでごろごろしたり、買い物に行ったり、自由に過ごすぞ。積極的に貴様から離れようとは思わんが、べったり同行しようとも思わん」


 ざわり、とレストランの雰囲気が逆立ったのを感じた。ラファエラは気付いていないが、ナワキには微かに感じ取れる。


(なんだ……?)


 ツミナならこういう気配の正体を子細に分析できるのだろうが、ナワキはそこまで勘が鋭くはなかった。周囲を見渡すと気のせいだったのかと思うほど、雰囲気の正体が掴めなくなる。


 逆立った雰囲気の正体は、ラファエラの声に反応した僅かなプレイヤーの緊張感だ。ナワキが周囲を見渡したので、姿と存在を隠すように静かな声で囁き合う。


「……気合の入ったコスプレイヤーか……?」

「いや……それにしては普段の口遣いまでトレースしている……」

「でも黒ドレスじゃないぞ……」

「シリーズ最新作だから装いを変えていてもおかしくないだろ……背中のコードを見られれば……」

「やめろ。万が一本物だったらどうする。蜂のエサだぞ……」


 そんな会話がすぐ裏で繰り広げられているとは露知らず、ナワキは席を立つ。ポケットから黄金のカードを取り出し、適当な動作でポイとラファエラの前に放り出した。


「支払いはよろしくな」

「……はあ!? 貴様、おい! これ! まさか!」

「ああ、大丈夫。事前にツミナと交換して確認済みだ。本人でなくとも使えるぞ、それ。買い物するんだよな?」

「……あ……ん……!?」


 。ラファエラの目の前にあるのはまず間違いなくそれだ。


「クレジットカードの貸し借りは大体どこでも規約違反であろう!?」

「マネーカードの規約とか知らないし。ちょっと大金の入った図書カードみたいなもんだろ?」

「ちょ、ちょっと……!?」

「俺が持ってると無限に散財しちゃいそうだしなぁ」

「私が持っても同じようなものなのだが!?」

「じゃあ歌舞伎町のあたりぶらぶらしてるな。なんかあったら寄ってくれ。会えるかどうかは微妙だけど」

「待っ……あっ……一億、いや、待っ……!」


 ラファエラも立ち上がろうとするが、慌てている内にナワキが店の外へと出ていってしまう。テーブルの上の一億マネーカードと、まだ残っている朝食に後ろ髪を引かれたのもあった。

 やがてナワキは完全に追いつけない位置にまで移動し、ラファエラも渋々席につく。


「……もしかしてナワキもツミナ同様にマイペースなのではないか……?」


◆◆


 そこは空のほとんどを枝葉で隠すような樹海だった。

 木々の呼吸で空気が湿っているようなジメジメとした空気の中、泥だらけになったツミナが足元を踏み外さないようにゆっくりと前進する。


「……今日はこんなものじゃないかな。ハグさん」

「そうね。今日のところは引き上げましょうか。情報が確かだったと確認できただけで上々よ。後でネットで共有しましょう」


 セクシー歯茎さわやか流し目フラダンスサンダー少女ファイナルエディション――略称ハグも、これまた泥だらけだ。

 流石にスーツで樹海に入るような愚は犯さず、動きやすく通気性の高そうな服に着替え、野球帽まで頭に被っている。本人曰く鳥のフン対策だそうだ。

 二人が今いるのは、緑化が進行した渋谷。その樹海に入って夜通しモンスター多数と戦い、今は引き揚げを行っている最中だった。

 目的は二つ。樹海にてある仮説を検証すること。そして、ツミナのPSIに必要な材料を持ち帰ることだ。


「……それにしても、あなた随分とロクでもないPSIを装備したものね」

「カードゲームなら特殊勝利。RPGなら即死技が好きなんだ。これがあれば普通にビートダウン系の戦い方もできるしね」

「シンプルに強いことは認めるわよ。悪趣味なだけで」

「僕の親友は王道が好きなんだ。だから僕は外道を極めてみればバランスいいかなってさ」


 ずるり、とツミナは片手でそれを引きずる。

 布でグルグル巻きにしたそれにはハエがたかっていた。


「ハグさん。物質を修繕するPSIとか装備しない? 今からでも」

「いやよ。でも見つけたら紹介はしてあげるわ。凄く臭いもの、それ」


 ずるり、と引きずったときに布に傷が付き、そこから赤黒いものが垂れる。

 それは間違いなく人間の血液だった。

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