第22話 裸のATM様
その日、ツミナは戻ってこなかった。
ラファエラと話し合った一時間後、流石に遅いとナワキが立ちあがったが、ドアの下に潜り抜けるように一枚のメモが挟まっていた。
内容はただ一言。『今日は帰れない』というそれだけだ。
デスゲームとは言え、なにも殺し合いを強要されているわけではない。夜の街で遊興に
仕方がないので、ラファエラとナワキは一緒の部屋で寝ることとなった。もう一方の部屋の鍵はツミナしか持っていないからだ。
ナワキは多少気にしたが、ラファエラがこれはどうかと思うほどに緊張感もなくさっさと寝てしまったので、ナワキも過剰に反応せず眠りにつく。
いや、眠りにつこうと必死になっていた。特になにも起こらないとはわかっていても、無駄に目が冴えてしまい、薄暗い部屋の中で長時間暗闇を睨み続けるという無為なマネをする羽目に陥ってしまった。
翌日。
ごそり、という音がして目が覚める。そこまで大きな音ではなかったが、神経が過敏になっていたのだろう。対して睡眠も取れていないにも関わらず、眠くない。
(なんだ……? いや、そうか。ラファエラが起きたんだな。朝だし)
ぐるりと上体を捻り、なんとなく音の方へ目を向ける。
ラファエラが服を脱いでいた。ベッドに腰をかけ、薄手のシャツを脱ぐ後ろ姿が目に飛び込み――
「おぎゃ!?」
「ひゃあっ!?」
ナワキは思わず声を上げてしまい、ラファエラはそれに驚いて更に悲鳴を出す。脱ぎかけていた服をラファエラは慌てて元に戻した。
「きっ、貴様! 見たか!?」
「見てない! なにも見てない!」
「……くそ。油断しすぎていたか。危うく背中を見せるところだった……」
「んっ?」
ナワキは肩透かしを食らった気分だった。なにも見ていないというのは状況からしてほぼ考えられない。だというのに、妙にあっさり引きすぎではないだろうか。
ナワキの記憶にある限りでは、ラファエラはもう少し猜疑心に溢れていたはずなのだが。
(……まさか、人を疑うことを忘れている?)
一度死んだ生態コードはエピソード記憶を全損する。次に蘇ったとしても持ち越せるのは知識だけだ。
当然ながら思い出は人の性格を形成するのに必要不可欠な要素だ。そこを失くした人間の習慣や考え方がどう変化するのかナワキには想像が付かないが、今のラファエラはどうも世間一般で良識とされるものに従って行動しているように見える。それしか基準になりそうな行動原理がないのだろう。
(な、なんかとても不安になってきたぞ)
「……まあいいか。ナワキ、あっちを向け。絶対に振り向くな。振り向いたら蜂のエサにしてやる」
「ん。お、おう」
「すぐ済む」
ごそり、という音がまた響く。今度は長い。アパレルショップの袋が動くガサガサ音も混じり始めた。
「……ツミナは帰ってきたのだろうな?」
「ん。さあな。アイツの朝帰りなんて別に珍しくもないことだから、どうでもいい」
「友達甲斐のない」
「アイツのことをよく知ってるからだよ。心配するのはアイツがいつもと違う行動を取ったときオンリーだ」
「……ふむ。そういうものか。今日のところはどうする?」
「俺は新宿区のイベントに行こうって思ってるけど、お前は? 最終的にホテルで合流できるんなら別にあーだこーだ言うつもりはないけど」
「……着替え終わった。こっちを見てもいいぞ」
素直にナワキは振り返る。
黒基調のファッションなのは変わらないが、随分と現代風になったラファエラがそこにいた。
白いシャツの上から黒いジャケットを羽織っている。パンク系のイミテーションがところどころ控えめにあしらってあった。下はこれまた黒と白のモノトーンなスカート。丈は短いが、ストッキングタイツのせいでまったく肌が見えないのが勿体なく思えた。その代わり、右の太腿に蝶のようなマークが白い線で描かれているのが興味を引いたが。
どうやらツミナは間違いなく、ラファエラの要望通りの『露出度の低い服装』を選んだらしい。見事ではある。だが――
「……薄いな」
「む? なにがだ?」
「あ、ん、えーと……!」
ジャケットはともかくとして、その他のパーツがとにかく薄く感じられた。軽いと言い換えてもいい。似合っていることには似合っているが、あのツミナの趣味が反映されているものだからどこか蠱惑的だ。
攻撃的な雰囲気も纏っているので声はかけづらいが、遠くで見ているだけでも溜息が出るような魅力がある。
要するに、ラファエラのスタイルの良さをまったく隠しもしていないどころか全力で主張することに全神経を傾けたようなファッションだった。親友の趣味に頭を抱えるが、同時に賞賛も送る。
「似合ってる」
目の前にいるラファエラもろとも褒めた。
その言葉を受けたラファエラは、心底得意気な笑顔を浮かべる。
「……ふっ! 当然であろう! 私の容姿は背中にある巨大コード以外完璧だからな!」
「じゃ、俺も着替えるから朝飯食いに行こう。後の相談はそこからだ。金持ってないだろ?」
「……そうだ。それだ。今更だが、貴様ら蓄えはどれだけあるのだ?」
「安心してくれ。俺もツミナも結構持ってるから」
「結構?」
「具体的には俺とツミナ両方ともに一億円ずつ」
ビシリ、とラファエラの得意満面な笑顔が一瞬で凍り付いた。
「……はあー?」
「ええと、俺の服は……ああ、これだな。そういえばアイツの服もこっちにあるんだよなぁ、どうしよう」
「おい。待て。一瞬で流すな。おい!」
「なんだ?」
「なんでそんな大金を持っている!?」
事前登録ボーナス、と言ってもラファエラに通じるか微妙だった。
大した話でもない。朝飯を食べながらでも充分終わる。
「レストラン行く途中で話すよ。お腹減った」
「貴様……いや貴様ら。私がいないと多分そこら辺で強盗に殺されて死ぬな……?」
随分な言い草だった。
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