第21話 北風と太陽よ! オラに脱衣の力を分けてくれ!

「よし。ご苦労。五分程度外で待っていろ」

「ぶっっっぎゃ!?!?」


 ナワキには一切落ち度はなかった。ノックはしたし、声もかけたし、ラファエラもそれを正しく認識し、軽い受け答えをした後ドアを開けた。

 落ち度があったとしたらラファエラだろう。彼女は無防備に過ぎた。背中に描かれたムカデの入れ墨のような巨大なコードを隠すことだけが目的で、露出度さえ抑えればあとはどうとでもなると本気で考えている。


「お、おま! お前! それなに!?」

「ベッドのシーツだが? ああ、安心しろ。髪は入念に乾かしたから、一切よごれてないぞ。体の方もちゃんと拭いたしな?」


 薄いシーツだった。確かに肌は最低限隠れているし、露出度だけで言えばほぼシーツを掴む手首から先くらいしか見えない。

 薄着すぎるのが問題だ。シーツをできる限り自分の体に押さえつけるように纏っているので、内側から盛り上がって色々な部分が出っ張っている。ナワキの主観ではただ露出が高い服を着ているよりも刺激が強い。強すぎる。シーツの下は全裸、ないしパンツしか履いていないと即座に理解できるのだから。

 妙に甘い匂いがするのも、脳がチョコレート菓子のようにドロドロに溶ける錯覚を起こすほど魅力的すぎた。ただの石鹸とシャンプーの匂いのはずだが、彼女の白い肌の上で未知の化学反応でも起こっているのだろうか。


「おい」

「……ハッ!」

「荷物だけを中に入れろ。貴様ごと中に入ったら着替える隙間がないだろう。脱衣所のあたりは湿気でむわっとしているしな」


 いつの間にか、ナワキは荷物を手に持ったまま部屋の中へと侵入してしまっていたようだ。ほぼ無意識の行動だった。ナワキ自身が驚くほどに、自分がなにをしようとしていたのかがわからない。


「……あ、ああ! ごめん! ちょっと我を忘れていた!」

「……貴様、目が怖いぞ?」


 ラファエラとしては『シーツで直に肌を隠すような不衛生なマネをして不機嫌になっているのか』といった意味だったのだが、当のナワキはそうは思えなかった。

 彼は『下心丸出しの目線が気持ち悪い』という意味に受け取ってしまい、一度溶けた脳が急激に冷えて固まってしまう。


「ごめん。じゃあ俺、外で待ってるな。五分でいいか? ツミナが買ったお前の寝間着はこっちの袋だぞ」

「うん。よし。ちょっと待っていろ、すぐに着替える」


 平静を装った会話の後、ナワキはすぐに部屋を出た。

 深呼吸を繰り返し――


「がああああああああああ死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネ俺今すぐ死ねえええええええええええええっっっ!」


 廊下の角に向かって全力疾走し、頭をカチ割る気で頭突きする。

 廊下の角には小型クレーターのような傷が残り、頭の中で爆発に等しい音が鳴り響き、四分五十秒ほど気を失った。額からは当然、夥しい量の血が出ている。


 正確な体内時計に従い、起き上がったナワキはふらふらと元の部屋のドアの前に立ち、ノックをしてラファエラにドアを開けてもらった。

 どこにでもあるスウェットズボンと、薄手の生地で作った長袖のシャツに着替えていた。


「……ふむ。趣味がいいとは言えないが無難だな。後でツミナを褒めてやろう。ところで、敵襲でもあったのか? 凄まじい出血だぞ。痙攣してるし」

「大丈夫だ。もう死んでる。眼も霞んでほぼなにも見えない」

「そうか。活性剤を打て」


◆◆


 ツミナの帰還を待ちながら、ナワキはデバイスを操作し、現実のSNSをぼんやり眺めていた。

 このゲームは、現実空間との連絡を特に禁じてはいない。それはデスゲームと化しても同じだった。ナワキも親には既に連絡をしている。無用な心配をさせてしまい、心が締め付けられるように痛かった。

 ニュースサイトではクリティカルコードの話題で持ち切りだ。サンセットワイルドの責任問題がどうのこうの、株価があーだこーだ、たまたまプレイしていた大人気アイドルがうんたらかんたらと忙しい。

 ナワキの気を一番引いたニュースは、そのどれでもなかったが。


「……銀閣長政、本当に死んだのか」


 この人物がいなければクリティカルシリーズは存在していなかっただろうという重要人物筆頭、銀閣長政の死亡記事だ。

 死因は銃撃。場所は東京の、銀閣長政が住んでいた私室。銃声に驚いた隣人が通報したようだ。状況はこのゲーム内で行われた見せしめと一致する。

 気になった記事はその他にもう一つ。ダイブアークの真の機能についてのレポートだ。こちらに関しては公式は沈黙しており、実験を行ったのは有志のファンだった。

 この実験は政府にはできない。内容がとにかく狂っている。


「……本当の話だったってのかよ」


 思わず毒づいた。あの自称銀閣長政が語ったダイブアークの真の機能を試す方法は色々あるだろう。ダイブアークを分解し、内容物を確認するなどがまず一つ。そして、有志での実験はそれらすべてを置き去りにするほどの即効性のものだった。


 要はログインした人物Aを人物Bが殺し、ゲーム内にいたAのアバターA'に確認してもらえばいい。現実の体が死んだ後で、アバターA'からの連絡があれば実験は成功。銀閣長政の言は本当だったということになる。


 この場合、当然それを確認した人物Bは罪に問われるだろうが、これの対処は簡単だ。目の前にダイブアークがある以上、クリティカルコード内に逃げてしまえばそれで済む。

 後は現実の体がどうなろうと知ったことではない。そんな論調のレポートだった。


 最初から銀閣長政の言っていたことが本当だろう、という願望ありきでレポートは記されている。なんなら、クリティカルコードがデスゲーム化した後、ログイン不可能になるのではないかという可能性に関しては試す前から無意識に除外していたようだ。


 サーバーとネットの繋がりは切れない。切ったら中にいる者と、外にいる者とで連絡が取れなくなるのは勿論、ゲーム内で得た情報をプレイヤー同士で共有することが極端に難しくなる。

 政府もそれをわかっているからこそ、乱暴なことはしていなかった。


「……くそ。これじゃあほとんど一緒じゃないか」


 ナワキはデバイスを一度置き、頭を抱えた。

 ゲーム内で死ねば実際に死ぬ。これだけ聞けば確かに恐怖だが、ナワキの実感ではこの世界の多くは現実とそう変わらない。

 死んでしまえばそれまで。そんなこと


 緊張感はある。だが悲観ができない。外との連絡が絶たれていない以上、雰囲気がそこまで悲惨な方へ傾かない。

 最悪、現実の世界での体が死んでも中で生きること自体は可能だということはレポートを見て確認してしまった。


 ナワキが悲観していないということは、他の多くのプレイヤーにとっても同じだということだ。この世界がゲームだという意識が根本的なところで抜けて行かない。


「さっきまでと一緒だ。ゲーム感覚が抜けて行かない」


 ゲームを上手くプレイする方法など、古今東西変わらない。リスクを過剰に恐れないことだ。

 一度もミスをしないことを自分に課してプレイすると、驚くほどにミスが増えてしまう。だからこそ、ある程度のミスは容認しリスクを楽しむ度量が必要になる。


 ただ問題がある。こういうプレイをする者は確かに上手いが、早死にしやすい。ミスをして致命的な傷を負えばそれまでのゲームである以上は、上手いゲームプレイができたところでなんの自慢にもならない。


 理屈の上では。ナワキもそれはわかっている。だが――


(……ちょっと楽しいって思うのは、ゲーマーだとどうしても、なあ……)


 ナワキは楽しんでいた。そして、これからも楽しみたいと望んでいる。デスゲーム化しようとなんだろうと、ナワキはどうしてもゲーマーとしての楽観を捨てきれなかった。


「……ツミナはまだ帰ってこないのか?」


 暇潰しにテレビを見ていたラファエラが、ふと画面に表示されていた時計を見て呟いた。


「ん? ああ、そういえば遅いな。買い物中に美人のケツでも追いかけて行ったんだろ……いやごめん。女の子に言う話じゃなかったな」

「心配はしないのか?」

「アイツなら大丈夫さ。俺より勘がいいからな」


 とは言え、流石に一時間もしたら探しに行こうとナワキは考えていた。ツミナはツミナで別部屋の鍵を持っているので、締め出しの可能性は皆無だが、用心に越したことはない。

 相談したいことはまだ山ほどある。これからのこと。これまでのこと。


「……まあ、その楽観視が正しければいいがな。見苦しいだろうから後悔はするなよ」

「怖いこと言うなよ」


 そんなことを言えば、本当になってしまいそうだ。

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