第20話 セクシーセクシーごこうのすりきれ(以下略)

「……い、いきなりだな」

「僕が知ってること自体は覚えてただろう? 僕にばっかり喋らせてズルいじゃないか」

「待て! 今までのは――」

「相談に乗ってやっただけ、とか恩着せがましいことは言いっこなしだ」

「ぐぬ……!」


 ツミナに初めて会ったとき、彼女はわざわざナワキの初恋の人の発言をならってみせた。かつてラファエラが言った台詞を、だ。

 長い付き合い、親友同士でかなり踏み込んだ話をした覚えがある。もしかしたら一回程度は初恋の話をしたこともあるかもしれない。初恋の人がアニメまたはゲームのキャラである、ということは今時オタクでなくとも充分ありえる話だ。

 信用できる男同士でなければ絶対にできない種別の話であることは間違いないが、ナワキはツミナのことを心底信用している。こういう話でナワキのことをからかっても、決定的なところで嘲笑ったりはしないからだ。


 ナワキは一つ息を吐き、念押しする。


「……何度か口を滑らせそうになってたけどよ。もう絶対にアイツの前でそれ言うなよ」

「了解。で、どういう気分?」

「正直、高揚はしてる。でも俺がクリティカルシステムやったのもう何年前だと思ってんだ。八年前だぞ」


 ラファエラが初登場したゲームであり、シリーズの本伝に連なる作品だ。生態コードに関する設定の初出ということもあり人気は高く、ナワキがやったのはそのリメイク作品だった。


 すべては大網京太が八歳のころの出来事だ。最初の印象は間違いなく最悪だった。だがゲームにのめり込んでいくのと比例するように、ラファエラから目が離せなくなっていった。

 そして、最後には――


「まあ、あれだ。あの作品でのラファエラ、役割が悲しい悪役ってのに近くてさ……助けたいって思ってたんだけど……」

「ちょっとは知ってるよ。クリティカルシステムは一本道のシナリオで、リメイク作でもそれは変わらなかった。だよね?」

「……この状況じゃ思い出したくないなぁー……アイツ最終的にどうしても死んじゃうんだよ……」


 彼女の代名詞は裏切りだ。だが、そのすべてがネガティブな意味を持つとは限らない。最初は敵だったラファエラは主人公の善性に触れ、絆され、気まぐれに自陣営を秘密裏に裏切り、ときに主人公たちを騙し、ということを繰り返す。


 やがて裏切りがバレたラファエラは主人公と合流し、なし崩し的に仲間になり健全な絆を育んで、死んでしまう。

 死因は相打ち。相手は自分よりも遥かに強く、同じ組織にいたときには一度も勝ったことのないラスボスの右腕的な存在だった。


「ゲームだから当然だけど、展開としてはバカげてるよな。どれだけレベル上げても、ラスボスをワンパンできる実力を持ってても、主人公殺されかけるんだぞ。ラスボスの右腕的な副官に」

「で。それを助けるためにラファエラが死んじゃう、と。あれ見たら納得だけどなぁ。あの子のPSI強すぎるもの。一緒にラスボスのところまで行ってほしくないっていう都合もあったんじゃない?」

「というより、一緒にラスボスのところに行けないからこそ、あんなバカげた強さで仲間になってくれたんだよ。まあ生態コードは普通のサイキックよりかは全員PSIが強いって設定あるんだけどさ」


 なお彼女の代名詞である裏切りだが、ゲーム中番で仲間になった彼女を少しでも疑う選択肢を選ぶとPSIというイベントがしばらく連続することから付けられている。


「あのときはまあガキだったからさ。ラファエラを助けられる分岐ルートがあるってデマに踊らされて必死で頑張ってたよ。デマだから無理だったけど」

「そっか」

「……あのゲーム自体は好きだったけど、ラファエラが死ぬのだけはどうしようもなく悲しかったな」

「よし。じゃ、今回はそうならないように頑張ろう」

「おい。軽く言うなって」

「真面目だよ?」

「まったく……」


 話をしている内に、ホテルの入口はもう目の前だ。だがツミナは、なにかを思い出したかのように立ち止まった。


「……近くのコンビニで飲み物とかお菓子とか買ってくるよ。この世界に何があるか楽しみだし」

「ん? そうか? じゃあ……」

「荷物。僕の分も先に運び込んでおいて。すぐ戻るよ。鍵は……元からナワキが持ってたな。ラッキースケベ発動しないよう、ノックはキチンとやっておきなよ?」

「わかってるよ。俺だって死にたくない。マジでアイツ殺しにかかってくるからな……」


 ツミナから荷物を受け取り、ナワキは動きにくそうにしながらもホテルの中へと歩いて行く。

 それを見送った後、ツミナは笑顔を消した。無表情に、碧く光る眼だけが不気味に闇夜を睨みつける。


「……さっきからウザいよ。僕たちをつけて、なんのつもり?」

「あら。バレてたの。でも感心しないわね」


 ぬう、と闇の中から浮かび上がる影は、ツミナよりも背の高い女性だった。銀色の髪がわずかな光を反射し、朧月のように光っている。


「相手は恐ろしい獣かもしれないわよ? 二人がかりなら多少は安心できたでしょうに。不用心ね」

「何度も言わせないでよ。なんのつもり?」

「スカウトよ」


 銀色の女は薄く笑う。


「渋谷の攻略に人手が必要なの」

「他を当たりなよ。やるんだとしても僕たちは僕たちでやる。僕の素性も知らないくせに、よくスカウトなんて――」

「レベルパラサイト、美味しかった?」

「……!」


 何故知っている、とは口が裂けても言えない。動揺を無駄に悟られるようなマネを自分からすることはないだろう。

 そういえば、先ほどナワキはなんと言っていたのだったか。詳しくは聞いていなかったが、三人の情報がどこかから漏れたと言っていたのは覚えている。


「……キミ、誰?」

「セクシー歯茎さわやか流し目フラダンスサンダー少女ファイナルエディションと言えばわかるかしら?」


 ツミナは後悔した。最後まで聞いても一つとしてわかることはない。

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