第19話 アリとキリギリス。蟲の女王の服を買う
部屋割りについては、まず三人で一つの部屋に集まってから相談で決めることとなった。もちろん暴力はなし。無用な煽りはなしの方向で、だ。
ラファエラはベッドに腰かけ、まず開口一番こう言った。
「服」
「……なんて?」
単語の意味はナワキにもわかる。体に着るもの。着物。衣服。
流石にラファエラもそこまでナワキのことをバカにしていない。意味はわかっていること前提で一方的に話を進める。
「服を買ってこい。ツミナと二人でな」
「……え? 誰の」
「私の。当然、寝間着だけでなく明日の分の服も買ってこい。露出の高いものは絶対に着ないからな」
「なんで!」
「なんで自分たちが? またはなんで服を買う必要が? 両方の質問に答えよう。まず最初」
バキッ。ドスッ。
鈍い打撃音が響く。これで六度目だ。
「貴様らよく飽きないな。私は飽きたぞ。いつまで喧嘩している?」
「俺はまだ怒ってるからな」
「僕? 僕はやられたことをそのまま返してるだけだよ。あとナワキが怒ってるのを見るのが楽しいから」
二人は対照的だった。ナワキは怒りを隠しもせず、ツミナは快楽のためなら友情を壊しても構わないと本気で思っているようで、終止ずっと笑顔だった。
「性悪。前も言っただろ。その性格改善しないと椿がまた泣くぞ」
「単細胞。これまた前に言った気がするなぁ。椿が勝手に泣くだけだってば」
「ストップだ。もうやめろ。たくさんだ。服を買いに行って頭を冷やしてこい。これが理由その一だ。理由その二はもっと単純になる。見ればわかるであろう?」
「……え?」
期待など一切していない目だった。つまり、本当に見ればわかることなのだろう。ナワキはツミナの方に目線を送り、助けを求める。だがツミナの方もピンと来るものがないようだった。
「……はあ。まったく。言ったであろう。寝間着が必要だと。この服で眠れるか?」
「ん……」
それは正論だが、まだどこか核心を外した発言に聞こえる。ついにラファエラは観念して、自分から言ってしまった。
「まだわからぬか。こんな服をいつまでも着ていられるものか、と言っている!」
「え」
「パーティドレスにハイヒールだぞ! こんなものを四六時中着ていられるものか!」
「……ああ!」
――その通りだ! 何故気付かなかった!?
そう二人が混乱していると、すぐに思い当たる。ラファエラはゲームのキャラクターだ。当然、その服飾は華美になる。というより、華美でなければ話にならない。言うまでもなく服飾はキャラクターを現す重要な小道具だからだ。
黒く華麗なパーティドレスと、能力発動条件にもなるハイヒール。この二つはラファエラというキャラクターに、あまりにも似合っていた。もはや体の一部と錯覚するほどに。
だが現実を追及すればそうではない。こんな面倒な服、必要に迫られない限りは着ていたくないだろう。
「私だってこの服は好きだぞ。なんだかんだ仕込んでいるものもあるし、本気で戦うときは着込むかもしれんな。だが普段着になるわけがなかろうが! 私だってお前たちのような動きやすくて着やすくて脱ぎやすい服が欲しい! というか必須だ!」
「……ツミナ。俺たちもうこのゲーム思考から抜けきれないからさ。ラファエラとの付き合いはこれからも必須だぞ……言う通りにしよう」
「ああ、うん。仲直りも含めてね。本当ごめん。冷静さを欠いてた」
理屈で完膚なきまでに説き伏せれば、ツミナの方は素直だった。ツミナの方が折れてしまえば、ナワキの方も突っ張る理由が霧散霧消する。氷水を注入されたように頭の芯が急激に冷える。
「……話、聞くよ。お前だって椿と会えなくて辛いんだもんな」
「ははっ。どこまで冷静になってるんだい。キミに心配されるようじゃ僕は……いや、そうか。本当に弱ってるんだな、僕」
「……買い物に行く前から仲直りするな……それはそれで早すぎないか? まあいい。私は風呂に入る。覗いたらナワキの背中から巣を出して二人まとめて殺す」
物騒な予告を残して、ベッドから立ち上がりラファエラは風呂へと歩んでいった。要件は済ませた、ということらしい。
残された二人は、というと。
「……行くか」
「うん」
男二人、寂しく外へと繰り出していく。
◆◆
「椿に連絡はしたか?」
「するに決まってるじゃないか。しばらく帰れないってさ」
適当なアパレルショップに入り、本当に適当にラファエラの服を買って、更に自分たちの寝間着もまとめ買いし、二人して夜の街を歩いていた。
傍目から見るとデートしているように見えるかもしれないが、両方ともに現実では男だ。色気もなにもあったものではない。
だが居心地はよかった。親友の隣にしか存在しえない空気というのが、この世には確かに存在する。四六時中浸っていたいとは思わないが、ときに酷く恋しくなる時間だ。
「……また泣くだろうなぁ。彼女」
「いい加減しつこいよ。何度も言ってるじゃないか。僕が椿を泣かせたことは一回たりともないんだってば」
「泣き虫だからな、あの子。あ、そうだ。一つ聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「お前、そのアバターって自分の理想の女の子のつもりで作ったんだよな?」
なにを当然のことを、とツミナは得意気な笑顔を浮かべる。
「そうでないとネカマプレイする意味なんてないよね?」
「……その姿、椿と似ても似つかないぞ? むしろ真逆と言っていい」
「ああ、なんだ。そんなこと。当然じゃないか。椿の容姿と僕の理想は別物だからね」
「おい」
「怒られる義理はないよ。あのね、僕の理想を椿に押し付ける方が余程不健全でしょ。別の方法、しかも誰も不幸にならない手段で発散してるんだ。するつもりだったのにさぁ」
「……ごめん」
このゲームをツミナに進めたのはナワキだ。単なる遊びである限りはネカマプレイも笑い話で済んだだろう。だがこのゲームは遊びではなくなってしまった。
元をただせば、ナワキがツミナから大事なものを奪ったに等しい。少なくともナワキにとってはそうだ。
謝られたツミナは、珍しく心底不快そうな顔になった。
「聞かなかったことにするよ。次に謝ったら今度はこっちがブチ切れる」
「……でも俺は」
「元をただせば自分のせい、かい? 冗談じゃないな。ナワキのせいなんかじゃ絶対にない。僕が保証する」
「……おう」
「ま、大丈夫さ。二人でならなんだってやれる。僕は死なない。キミも死なない。全員外に出て、アルバムに写真が増えてハッピーエンド。そうなるに決まってるよ」
ツミナが笑みを浮かべながら優しい声色でそう言うと、それだけで落ち着いてくるのだから不思議だった。
普段ならばわかる。男性のときの声は、とても落ち着くものだった。今は女性の声なのに、同じ気分になるのが面白い。
「……やーっぱ慎吾なんだよなぁ」
「リアル名を往来で呼ばないでくれよ。京太。それで、こっちの話は終わったけどさ」
「うん?」
ニヤリ、とツミナは先ほどと同じような、快楽を追及する顔になった。
「どういう気分だい? 初恋の人の服を買うのはさぁ?」
「ふぎゃあっ!?」
思わず買った荷物を落とすところだった。
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