第二章 初恋少年は新宿区でおにぎり探し。ネカマ野郎は命がけ攻略タイム(Game start)

第18話 真実しか言ってない狼少年

 クリティカルコード内の時間は現実の時間と同期している。日没時間も日の出時間も現実のそれと同じだ。

 ナワキはホテルのロビーに備え付けてあったソファに深く腰掛け、放心したように宙を眺めている。外はもうすっかり夜だろうが、この場は柔らかい光で満ちていた。


「なるほど。つまりこの世界はゲーム。私はNPC。そこら辺を歩いてるヤツの半分以上がNPCで、貴様らナワキとツミナはプレイヤーというわけか」


 ラファエラは流石に気づいた。だが、まったく気にしていないようだ。笑みさえ浮かべている。

 もしもナワキの立場なら、自分が作り物だという真実は到底信じられないし、信じたくもないのだが。


「私を舐めるなよ。真実から目を逸らさない程度の度量は持っているつもりだ。自分自身の存在の歪さも、なんとなく自覚できているしな。どちらにせよ元から人間ではない、という点は同じだ」

「そうか」

「……ふっくくくくく。楽しいことになってきたな」


 強い、と思う。ナワキは未だに、先ほどの悪夢を受け入れられてない。ラファエラと比べると、少し情けなく思うくらいだ。


「切り替えないとな」

「それでこそ、だな」


 という、会話をした五分後。


「……何故私だけを別部屋にする! ふざけるのも大概にしろよ貴様らァ!」

「ええーーーっ!?」


 先ほどの理知的な雰囲気はどこへやら。ラファエラは全力で駄々をこねていた。ナワキの服の裾を掴み、ホテルのカウンターの目の前で反抗していた。


「い、いや! ラファエラだけは女の子なんだから当然だろ! 当たり前じゃん!」

「なにが女の子だから、だ! 貴様よく見ろ! !?」


 それを見ている共犯のツミナは、困っているナワキを見て助け船を――


「あぶひゃっ……はーっははははははは! ナワキ、キミ、キミ最高だよ! 僕を笑い殺す気か!?」


 一切出さずに大笑いしていた。笑いすぎて涙まで浮かべている。


「てんめぇ、ツミナ! 他人事みたいに笑いやがって!」

「実際他人事さ。僕はキチンと二部屋取ったよ? 手続きは僕が全部済ませた。ラファエラの説得は、持ち主のナワキの責任だ」


 ラファエラが不満を爆発させたのは、鍵の分配に不備があったからだった。扉はオートロックで、鍵を持たずに外へ出た場合はホテルマンに言いつけて予備の鍵で中に入るように、といった内容の説明と共に受け取ろうとしたそのときだ。

 ラファエラが『人数分にしては鍵が少ない』ということに気付き、部屋割りについて異議を唱えた。


「最悪! 最悪な! 私とツミナが同じ部屋、というのなら私も文句を言いはしない! だが私だけが別の部屋というのはどういう了見だ!」

「どういう了見もなにも、当たり前だろ! ツミナは男だぞ! さっきの慟哭聞いてなかったのか!?」


 パタリ、とラファエラの手から力が抜け、表情がきょとんと削げ落ちる。

 一拍起き、ラファエラはツミナに近づき『触るぞ』と宣言。体をぺたぺたとまさぐり始めた。


「あんっ。いやんっ」

「……ふむ」


 ひとしきり触り喘ぎ声を上げさせた後、ラファエラはナワキに向き直り、思い切りぶん殴った。


「痛ェーーーっ!?」

「嘘吐きめっ!」

「嘘じゃねーーーよっ! 今ここにあるのはアバターなんだって!」

「阿呆が! こんな可憐な女の子が男のわけがないだろう! 何度言わせる!」


 先ほど、ラファエラはこの世界の真実について理解した。だがこの世界のシステムを正しく理解しているわけではないらしい。

 アバターの概念を受け入れていない。もしかしたら完璧に理解した上で現実逃避しているのかもしれないが。


 無理もない。見た目は妖精と人間のハーフと言っても通じるほどの絶世の美少女なのだから。

 中身はヒゲ面老け顔の高校生だというのに。


「まあまあ、ナワキのことを責めるのはやめてよ。僕に免じてさ。なんならキミの要望通りに部屋割りを変更してもいいんだ。僕と一緒に夜通しババ抜きでもしよう? ま、抜くのがババだけで済めばいいけどさぁ!」


 今度はナワキがツミナを殴る。殺意満点に骨を砕くつもりで。そしてふらついた彼女の首を両手で掴み、力を入れる。


「殺すぞ」

「ギブギブギブギブ。悪かったよ、でも現実問題どうする? どうしても二人部屋を二つ借りることしかできなかったんだ。誰か一人は仲間外れになる。もしくは、無理に二人部屋に三人が泊まることになるから、誰かは床or同衾コースだ」

「テメェと! ラファエラが一緒になるのだけは! 論外だよ変態クソ野郎!」

「ナワキ……少しだけ真面目な話をしよう」


 首を掴み上げる手を逆に捻り上げ、ツミナは真っ直ぐな目でナワキを射貫く。その眼に宿る力は、この世に二つとないナワキの親友のそれそのものだった。


「僕はね、椿っていう彼女がいるんだ。彼女の元に帰るまで、僕は自分に恥じる行いは絶対にしない」

「……お前……」

「そう。僕は椿以外の女性に、肉欲以外の感情を持つことは絶対にない!」

「お歳暮にフグ鍋セット送りますって言われて箱を開けてみたら生肝部分しか入ってなかったらどう思う? 俺は『コイツ頭おかしいなー』って思う」


 ナワキは知っている。ツミナのこの強い意思は、ちょっとした我欲とその場のノリで簡単に濁って腐り落ちるということを。真面目ではないときは頻繁にそうだった。


「こんな体だしさー。僕だけじゃ派手なことできないよ。だから3Pはどうだい? 二人がかりでラファエラの体を――」

「今すぐ殺し合おうぜェ! テメェが死ぬか俺が死ぬかァ!」

「残念だなぁ! 心の底から残念だぁ! あっははははははははは!」

「あのうー」


 殺意をぶつけ合う二人は、その声に止まった。ラファエラではない第三者によって。

 カウンターにいた、鍵の説明と配布を行う女性コンシェルジュだ。優雅な所作で、彼女はにこりと笑みを浮かべる。


「追い出しますよ?」

「……ごめんなさい」


 先にツミナが素直に謝り、この件については後で冷静に、頭を冷やして考えることになった。


 無論、この状況自体の整理もかねて。

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