第17話 死闘宣言! 燃える首謀者退場!
銀閣長政。ゲーマーの間で、彼の名前を知らない者はいない。二十年前、クリティカルシリーズの第一作として後に名を刻む『クリティカルハンター』を世に送り出したことを契機に、ヒット作を連発。
クリティカルシリーズの大分部のシナリオを監督でありながら作成し、今となってはファンにとっての創造神にも等しい存在。
今もっとも勢いのあるゲーム会社、サンセットワイルドの最高開発責任者だ。
ナワキも長いファン活動の中で、彼の顔を実際に目にしたことが何度かある。その銀閣長政を名乗る何者かが、今まさにVR空間内でトチ狂った宣言をした。
この時点で、ファンにとっては悪夢以外の何物でもない。プレイヤーの内の何人かは、怒りや悲しみ以前に、どう感情を処理すればいいのかすらわからず呆けている。
『まあ、いきなりこんなことを言われてもキミたちにしてみれば信じられないだろう。なので当然見せしめも用意してきている。ライブ中継するのでキチンと見ておくように! ちぇけら!』
ノイズ塗れの画面の中で、その人物は指を弾いた。上空に浮かぶホログラフのディスプレイが、真横に一つ増える。
増えたディスプレイの方にノイズはない。そこに映っているのは、褐色の肌をスーツで包んだ男性だ。頭にはダイブアークを繋げているようで、顔はよく見えない。椅子に座った状態でVRゲームをしているようで、眠っているようにぐったりしている。
その姿に、ナワキを含めた何人かは違和感を覚えた。
――あれ? あの人、どこかで見た覚えが……?
そうして違和感の正体を掴み切れない内に、カタカタと音を立てて、何かが同じ画面に入ってきた。
それは、骨格が剥き出しの動く台座だ。よく聴けばモーター音も認識できる。高さはちょうど座っている彼の胸あたりに来る程度。そして、その頂点にはマシンガンが取り付けられていた。
「……は!?」
見間違いかと思って目をこする。だが間違いない。台座の頂点にはマシンガンがくくりつけられていて、銃口はしっかりとダイブアークを被った男性の方を向いていた。
銃口にはワイヤーのようなものが絡まっている。台座がモーター音を響かせながら、歯車を回転させてワイヤーを巻き取りにかかっているのにも気づいた。
果たして――
「や、やめ――!」
パパパパパパパパパパパパパンッ!
連続した銃声が鳴り響く。それを見ていたプレイヤーは周りを気にすることも忘れて悲鳴を上げ、そうでない者も青い顔で口を半開きにして見入っていた。
血が飛び散る。内臓らしきものが飛び出る。撃たれる度に、男性の体は震え、やがて椅子ごと真後ろに倒れてしまった。
ダイブアークがその勢いで転がり落ち、床に転がる。
『おっと。ごめんごめん。真後ろに倒しちゃわからないよね。ここから先が大事なのにさ。カメラにドローン付けておいてよかった。あ、いやドローンにカメラ付けてたと言うべきか。じゃ、御開帳ー』
ブン、とカメラの近くで響くようなモーター音。カメラが飛び上がり、被害者の死に顔が見える位置まで移動していく。
その死に顔は、とてもではないが作り物やフィクションのそれだとは思えないほどリアリティに溢れていた。ナワキは死体を見たことなど一度もないが、それでも心臓を鷲掴みにするような『なにか』がそこにあった。
あるいは、なければならない『なにか』がそこに一切ないからこその真実味か。
しかし、その映像の意図に気付いたナワキは悲惨さに戦慄く次に、困惑の渦に叩き込まれた。
「銀閣、長政……!?」
悪趣味なギミックで胸に無数の風穴を開けられ、倒れ伏し死に顔を見せているのは他でもない。狂った宣言を行っているはずの銀閣長政本人だった。
『いやー。上手く行ってよかったよかった。これで死ななかったら一生後遺症に苦しみながら病院のベッドで一生を終えるところだったよ。あの台座作るの超苦労したんだぜぇー?』
明らかにふざけきっている。プレイヤーの内の何人かは、やっとのこと感情を取り戻して来た。おおよその反応は怒りの発露だ。空中に浮かぶディスプレイに向かってなにかを叫んでいる。
それを受けるディスプレイの男は、どこかでその様を見ているのか実に楽しそうだった。
『ん? なになにー? ふむふむー? 銀閣長政が今現実で死んだのであれば、この場にいる銀閣長政も消えてしまうはず? 消えてない以上は、ディスプレイの中の銀閣長政は本物ではありえない、だって? ああ、他にもくだらない罵詈雑言が混じってるけど、質問に答えるのはこのクレームだけだよ。他はひとまずスルーね。じゃあ答えましょう』
すう、と息を吸う音が聞こえ、ひときわ大きな声で自称銀閣長政は答える。
『今死んだのは間違いなく銀閣長政だ。そして、今ホログラフディスプレイを使ってキミたちに語り掛けている私も、当然ながら銀閣長政以外の何者でもない。納得ができないかい? なら、何故納得できないかを考えてみよう。キミたちはダイブアークの機能を根本的に勘違いしている』
「かん、ちがい……?」
『非侵襲式ブレインマシンインターフェースの新たな可能性。脳から機械へ、機械から脳へ。五感をやり取りし、実際には存在しない架空の現実を体感させる装置。夢を現実に限りなく近づける世紀の大発明……ぎゃははっ! バカかキミたちは! そんなもん存在するわけねぇだろ!』
心底嘲るように言われたことが、ナワキには理解できなかった。言葉の意味そのものではなく、そんなことを言われたという事実そのものが受け入れがたい。
今、自分たちはなにを見ている?
『このダイブアークの原理はもっと乱暴で原始的さ。今まで世界全体を私が騙してたんだけどね。そもそも、疑問に思わなかったか? なんでVRゲームごときで、プレイ中、プレイヤーの体がまったく動かなくなるのか。おかしいだろ。どんなゲームであっても、後ろから肉親に肩を叩かれれば気付くのが健全なゲームだ。フルダイブ型ゲームと言えども、現実の外部刺激に一切反応できなくなるって時点で、ダイブアークはゲーム機としてどうしようもない欠点がある! 何故か! 答えは簡単! ゲーム機じゃないからだ!』
前提が、ボロボロと崩れ去っていく。足元がふわふわして、今にも膝をついてしまいそうだ。
『ダイブアークで、クリティカルコードのサーバーに送り込んでいるものは、プレイヤーがどんなコマンドを入力したかの情報……ではなく! プレイヤー自身の意識無意識精神思考記憶に思い出熱々の魂、ポール・ワイスの思考実験におけるバイオロジカルオーガニゼーション! 形而上学的に語られるほぼすべてと、数学的や物理学的量子力学的にも証明できるほぼすべてだ!』
「な……な……っ!?」
『つまり、ダイブアークでゲーム中に入っているキミたちの現実の体は、息を辛うじてしているだけの抜け殻に過ぎない! たださっきまではログアウトすれば元に戻れたから、クリティカルコードのサーバーとやり取りしていたのが単なるコマンド情報だったと勘違いしていただけ! なーのーさー!』
もはや、ホログラフディスプレイの中の人物が完全にバカにしきった口調だということに、怒りを見せる者は誰もいない。
脳のヒューズが粗方飛んでしまっている。
だが、自称銀閣長政はまだ続ける。
『ここまで言えばもうお分かりでしょう。そう。つまり、現実の肉体が銃弾で撃たれて死んだところで、ダイブ中であればこっちの私はノーダメージ! 何故なら、あっちの体は既にほぼ抜け殻だから! 故に私は銀閣長政だし、あっちで撃たれた方も間違いなく銀閣長政だという一見してパラドックスな事象が起こりえるわけです!』
「そんな……バカな……!?」
『で。まあダイブアークの正体を粗方ぶちまけたので、この件に関する説明はここまで。イベントの説明を続けましょう』
急に銀閣長政は冷静になった。相変わらず画面はノイズだらけなので、本当にそこに映っているのが彼なのかの判別はまったく付かない。ノイズが無くなったとして、彼が今いるのはおそらくVR空間内での話だ。
アバターの姿形は自由自在。やはり彼が銀閣長政なのかの判別は付かないだろう。
『ルールは簡単。私を捕まえて殺せばゲーム終了。私を捕まえるヒントは時間経過でプレイヤー全員に等しく教えていきます。以上』
「……」
『……じゃあ次はミニイベント告知ね』
「それだけかよッ!?」
ナワキもついに叫んでしまった。肝心のイベントの内容がアバウトすぎる。雰囲気から察するに、どうも喋ることそのものに飽きてきているようだった。
『たった今から、渋谷区解放ミッションを実装します! 既に挑戦した人もいるみたいだけど、あえてボスキャラがポップしないように調整していたから、今までのは体験版です。でした。さて、この渋谷区解放ミッションは難易度高めに設定してますが、ちょっとした特典がありますので、後で運営ホームページを見てね!』
「……」
――この状況でまだ運営ホームページが機能するのか?
ごく当然の疑問だったが、それは後でわかることだ。今は告知に耳を傾ける。
『では次。渋谷区解放ミッションと並行し、新宿区の方でもイベントを開催! こっちは危険度は低いけど、ちょっと不平等なクエストになりかねないので、確実に特典をゲットしたい場合は渋谷区の方に走ることをお勧めします! さて、イベント告知はここまで!』
「……ぐ……!」
聞き逃さないように注意はしていた。だが、頭に鈍痛が走る。聞いたはずの言葉が、すべて地面に滑り落ちていくような感覚だ。
今はなにも考えたくなかった。ただ状況の悪さに眩暈がする。
ナワキの後ろには、一歩間違えればデッドエンドに落ちかねないとっておきの要因。
ナワキは知っている。仮に殺されたところで、現実に死ぬわけではないと思っていたからこそ放置していたが、知っている。
退屈したそのときは、ナワキの背中を刺してすべてを終わらせればいいと、ラファエラが考えていることに気付いている。
『……御託はもう沢山だね。ゲームを始めよう! さあ、私を攻略することができるかな?』
こうして始まった。
非現実的で、最悪な気分のまま、始まったのだ。
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