第16話 Surprised to be Game started(and Gacha)
新宿駅周辺。地下デパートのすぐ近くの出入り口。屋外だが、周りに高い建物が並び、近くに上りの坂道があるので息が微妙に詰まる場所。そこに三人はいた。
「ふいー。やっとまともに歩けるよ」
新宿駅の地下街で買った活性剤を打ち、ツミナは体の調子を確かめるように伸びをする。顔色もすっかり元に戻っていた。
その一連の動作を見ている間、またラファエラは目を丸くしている。
「……ツミナ。貴様、本当に非常識だな?」
「え。ついさっき産まれたばっかの新生児に常識説かれたよ……」
「
「え。使っちゃダメかい?」
「いやダメージを負っているのだから使うこと自体は問題はないが、活性剤を使えるのはサイキックだけだぞ。体内のPSIエネルギーを無理やり底上げする薬剤だから」
ラファエラの言葉で、やっと欠けていたピースが揃った気がした。
そもそも警察署に連行されたとき、ツミナのことまで留置所に放り込んだことについて納得が行ってなかったのだが、これなら頷ける。
周りを歩いている人々の一部が、こちらの方を気味悪そうに見ているのも裏付けとなった。
「不法逮捕スレスレなことには変わらないけど、あのときのマメさんが僕たちを留置所に放り込んだのってそういうことかぁー……」
「なんというか、頭はいいくせに隙だらけだな。ツミナは」
「そういう常識CPUは全部ナワキに委託してるからね。それにラファエラだって警察の目の前で派手にPSI使ったじゃないか」
「警察内部にPSIを専門とするチームがいることは知識で知ってる。あれもPSIを初めて見たって反応はしてなかったから、その一部だろう」
実のところPSIがかなり身近になった世界だから、普通の警察でもPSIに対する知識程度はあるというのが本当のところだが、ラファエラにとっては小さい違いだろう。
「……なるほど。サイキックが多いな。世界も随分と変わったものだ」
「わかるのかい?」
「私の蟲の攻撃基準はPSIホーミングだからな。その副産物で気配が少しだけわかるぞ。二人きりで対面すれば相手がサイキックかどうかは確実に。これだけたくさんだと、少しくらいは緩くはなるか。だからと言って、やはり活性剤を外で堂々と使うのはやめておいた方がいいだろうがな」
「……本当に差別されてるみたいだしねぇ」
ふう、とツミナは息を吐いた。RPGの主人公としては王道だが、この完成度の高い世界で抜き身の嫌悪感を向けられると少しだけ堪える。
作り物だとわかってたとしても、相手は本物に等しいのだから。
楽しいことは確かだが、精神力が摩耗する。今日のところは堪能したので、ツミナも現実へ戻りたくなってきた。だが――
「さて。ナワキ。どうだった? そろそろ進展は?」
「……ない」
「弱ったな」
問題が発生していた。先ほどまでデバイスに表示されていたログアウトの項目が消えている。
このゲームは所謂フルダイブ型だ。現実の体は睡眠と同じ状態となっている。ログアウトしない限りは、外の体は動かせない。動かせないのだからダイブアークを無理やり取り外すこともできない。袋小路だった。
「……ネットではなんて?」
「この状態になったのは本当についさっきみたいだ。でも気付いてるヤツが加速度的に多くなってきてる。運営に至っては大炎上だぞ」
「……また二人だけで通じる話か?」
びくり、とラファエラの不満気な声に真っ先に反応したのはナワキだった。ツミナは定期的にナワキを激怒させてはいるが、それ以外で彼は基本仏頂面だ。
新鮮な反応にツミナは吹き出しそうになる。
「あ、いや、その……別に仲間外れにしてるわけじゃ……」
「バカめ。明らかに仲間外れであろう。幼稚な誤魔化しをするな」
「でも聞いたところで二人だけの話だからさ……」
「単純に端的に言おう。ズルいぞ貴様ら! 二人だけで面白そうなことをするな。私も混ぜろ!」
「ええっ!?」
「ズルいぞ!」
「再度言った!」
もう限界だった。ツミナは吹き出してしまう。
「あははっ! ナワキ! キミちょっとわかりやすすぎるだろ! いくら相手が――」
すべてを言い終わる前に、ナワキはツミナの頭を両手で挟むような鷲掴みにした。今のステータスで発揮できるすべての力を集中し、ナワキはツミナの目を渾身の殺意で射貫く。
「それ以上口を開いたらテメェを殺して俺も死ぬ」
「……悪かったよ。流石にからかいすぎたって……だからそのマジな目やめてほしいな……」
「……む……? 私がなんだ?」
「なんでもないよ。なんでもないに決まってんだろ!」
「貴様微妙に泣いてないか……?」
よくわからないが凄まじい気迫に押され、ラファエラもそれ以上の追及はしなかった。話題を変えるに留める。
「……仲がいいな、貴様らは」
「そうか? 十年付き合えば好感度関係なくこんなもんだろ」
「相性がいいんだよ。時間は関係ない。僕は椿……彼女と会ったのは一年前だけど、ナワキをほったらかしにしてデートする程度には大好きだぞ」
「それは好きにしろよ。親友なんだから恋人の方を優先しても怒ったりしねーよ」
「ふむ……」
ラファエラから二人への第一印象はすこぶる良い。二人は気付いていなかったが、ラファエラはこの時点でこのコンビに追随していくことを決定事項としていた。
仮に
飽きて退屈が耐えがたくなったそのときは後ろから一回刺すだけで事足りる。
「……っと、そうだ。ツミナ、これ」
「ん?」
ナワキはある物をツミナに手渡す。ツミナはそれを受け取ってから、太陽に透かしてみた。
「……サングラス?」
べっこう色のサングラスを、怪訝そうな顔をしながらも顔に付ける。
「俺たちのことがネット上で拡散されてる。多分ラファエラの蘇生成功もバレてるな。面倒を避けたいから買ったんだけど……お前の場合はグラサン程度じゃ無理だよな。なんでそんな目立つ格好してんだ……」
「僕の審美眼は確かだ。どこからどう見ても美少女だろ?」
サングラスを頭に上げ、ツミナは軽くウインクする。
見た目だけであれば間違いなく美少女だ。露出の高い服装も、彼女の自信満々な態度のせいで様になっている。
一言で表すならコケティッシュだった。
「でもまあプレゼントとして受け取っておくよ。趣味がいい」
「そりゃどうも」
「……ふんっ」
「ぎゃあ!?」
首根っこを掴まれ、急に振り回された。と、認識した次の瞬間、息がかかるような近くまでラファエラの顔が目前に急接近する。
「仲間外れもここまで来ると笑えるな。貴様は一応、私の持ち主だぞ?」
「い、いやだから、そんなつもりじゃ……」
「機嫌が悪くなったのは確かだ! 今すぐになにか! よこせ! なにかをな!」
「ちょ、近い! 顔が近……!」
「今そんなことはどうでもよかろうが! さっさとよこせ! なーにーかー!」
ここまでだ。
ここまでが、おおよそプロローグ。
そして時系列は最初へ至る。
「ナワキ。空だ。なにか変だぞ」
いつになく真剣な声色のツミナに、ナワキは冷静さを取り戻した。ラファエラも追及をストップする。
「……暗い……? まだ太陽出てたよな?」
通行人の何人かが、異変に気付いて立ち止まり、周囲をうかがっていた。
だが一部だけだ。ほとんどの通行人は、立ち止まっている一部の人に疑問を感じ、そのまま通り過ぎていく。
「気付いてるヤツと気付いてないヤツがいる……? なんで……」
ツミナが考察に入ろうとしたときだった。
空に巨大な、四角いスクリーンが浮かび上がったのは。ノイズだらけだが、暗い部屋にいる誰かが映っているのが見える。次に、どこにスピーカーがあるのか巨大な声が街全体に響き渡った。
『あー! あー! この映像は、プレイヤーにしか見えていません! そこら辺を最初にご了承ください! クリティカルシリーズ総監督、
「……む? なんだ? ぷれいやー?」
言っている傍からNPCであるはずのラファエラには見えているようだった。
『あれ。フィルター設定間違えたな。プレイヤーが呼び出した生態コードにも聞こえてるみたい。ま、いいか。これも縁。キミたちにも聞いてもらおうか。この銀閣が用意したクリティカルコード最大規模のイベントの説明を!』
「ナワキ?」
「……知らないぞ。こんなの運営からなんの知らせも……!」
第一、運営から発表があるとしても最初にログアウト不可の不具合について説明をするのが筋だ。それをせず、イベントの告知を行うというのはありえない。
不気味さに汗が流れ、体が冷える。みな一様に空を見て、緊張した面持ちだった。
『これより、クリティカルコードゲーム内イベント、デスゲームスパイラルを開始します! ルールは簡単! ここから先、ゲーム内に入ったらログアウト不可能! そして……ゲーム内で死亡した場合、現実でも死亡してもらいます!』
「……」
絶句した。
数秒、ナワキは頭の芯が凍り付いた気分だった。世迷言に等しい言葉だったが、現実にログアウトは不可能となっている。
だから、この言葉が真実かどうかはひとまず置いておくことにした。というより、置いておくしかなかった。
「は……?」
少なくとも、今の発言は冗談で言っていい範疇を越えていたのだから。
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