第15話 ぼくたちは、自己紹介していく

「お前さんら釈放」


 すべてが片付いた後、肉刺谷はあっさりと宣告した。

 肩透かしすぎて、ナワキは背負ったツミナを落としそうになる。


「そ、そんな簡単なことでいいのか……?」

「いいわけねーだろ。ただこれ全部解決するとなったら始末書十枚二十枚じゃ済まないなってだけだ。お前さんらのことも結構拘束することになるだろうし。でもそんなことをするくらいなら、問題を放置して別の簡単な問題を十個ニ十個解決してった方が明らかにいい」


 テストの難しい問題に齧り付かず、後回しにしてできるものから手を付けるような理屈だった。


「公務員ってもうちょっと固い頭してると思った」

「いいからさっさと失せな。公安の連中が帰ってきたら面倒なことになる」

「……ナマモノ係がいるのか?」

「なんだ。知ってたのか」


 ナワキの質問は半分鎌かけだ。クリティカルシリーズにおいて、PSI関連の事件を専門とするチームが警視庁公安部にあることはファンにとっては常識だった。

 警察組織内においても、その存在を詳しく知っている者は限られている、という設定のはずなのだが。流石にサイキックによって一回滅んだ世界だと、その専門チームも堂々と表に出ているらしい。


「留置所の破壊についてはこっちで処理しておく。モンスターの方も被害者が出たという話は今のところないから、いくらでもどうとでもなる。警察連中も別に死人は出てないしなぁ。他になにかあるか?」

「ない。公安が来るのなら俺たちもできるだけお世話になりたくない。早めに消えるよ」

「ああ。そうしてくれ」


 ナワキはツミナを背負い直し、ラファエラを伴って肉刺谷の横を通り抜け、歩いて行く。ひとまず活性剤の売っている新宿駅周辺が今の目的地だ。

 随分とドライな対応だが、特に二人は気にしない。ラファエラは少し不満気だったが。


「……礼を期待していたわけではないが、軽んじられているな。刺してやろうかと思ったぞ」

「やめてくれ。留置所の修理代もチャラにしてくれて、正式に釈放までしてくれたんだ。これ以上のない大勝利だろ」

「……今更なんだけどさ……」


 ツミナが具合悪そうに、青い顔を上げてラファエラの方へ目を向けた。ただし、声だけはナワキにのみ聞こえるような小声だ。


「これまでのゲームプレイでわかったことが色々ある。このゲームのNPCはどいつもこいつも積んでるAIが『強い』」


 ツミナの言っている強いAIとは、人工知能の論争においてよく語られる用語としての意味がある。有体に言えば人間の脳とほぼ同じ処理能力を持った、精神すら宿るAIのことだ。

 秘密の話をしていることに気付いたのか、ラファエラは眉を上げて怪訝そうにしている。


「なんでこんなものがそこら中に配備されてるのか、については今はどうでもいい。だから京太。お前に対する前置きはここまでだ。ここから先はラファエラにも伝えるよ」

「あん?」

「ラファエラ。なんでキミ、僕たちについてきてるの?」


 背筋が凍るような質問だった。ナワキも思わず足を止めてしまう。

 あえて空気を読んで触れずにいた質問だ。ラファエラに機嫌を損ねてどこかに行かれてしまったら困ってしまう。ラファエラ側にメリットがないのは確かだが、ラファエラが傍にいることによって発生するナワキ側のメリットは間違いなくあるのだから。


「なんで、とは?」

「だって自分の意思があるんでしょ? 別に僕たちと一緒に来る理由ない気がするけど」

「一つある。貴様ら、まさか忘れたのか?」

「……借金でもしてたっけな?」


 ツミナは心当たりが無いと言ったも同然の茶々を入れる。ナワキもラファエラがなにを言いたいかが、いまいちわからなかった。

 不満ここに極まれり。ラファエラは強く溜息を吐く。


「自己紹介だ」

「ん?」

「貴様ら……今まで気付いてなかったのか。私は一度たりとも貴様らの名前を呼んだことがないぞ。見下してるわけではない。呼べないのだ、単純に」


 あ、と二人は同時に声を出した。

 なまじ二人がラファエラのことを知っていたが故に、ナワキやツミナの方からラファエラに名乗った覚えがない。


 いや、そもそもゲームのキャラに対して名乗るという発想が無かった。確かに自分の名前か、自分で考えた名前を入力するゲームは数多くあるが、直接的に自分の声でNPCに名乗ることなどない。


「別れるのだとして、その後会いたくなったときに名前も知らないのでは話になるまい?」


 ゲームのNPCであるラファエラが語ったのは、あまりにも現実的な正論だった。


「……む? なんだその顔は。私はなにか変なことを言ったか?」

「い、いや。凄い正論だったよ。びっくりした。確かに名乗らないとわからないよねえ」


 ツミナはナワキの背中を軽く叩く。まだ足元はおぼつかないが、立てないほどではない。即効性の解決ならば活性剤が必要だろうが、自然回復でも問題はなさそうだ。


「僕の名前はツミナ。それで、こっちのキミを蘇生リバイブさせた赤髪の方が――」

「ナワキ。よろしく、ラファエラ」

「……むう?」


 自己紹介は滞りなく終わったはずだが、ラファエラはまだ首を傾げていた。


「苗字は?」

「はい?」

「私は生態コードだから基本的に個々の識別名しかないが、人間である貴様らはそうではあるまい? フルネームで名乗れフルネームで」

「……」


 この話を続けると、最終的に『本名を名乗れ』と言われそうだ。ゲーム内NPCとしてはあまりにも危険なキャラクターだった。


◆◆

 ナワキとツミナが連行された警察署の屋上。誰も注意を払わないそこに、あるプレイヤー集団がいた。

 目的は撮影。VR空間内で撮った映像はネットに流すことができる。そして、その行為は公式から半ば推奨されてもいる。ゲームのこの上ない宣伝になるからだ。


 その撮影者集団は、件のモンスターを警察署の近くに落とした犯人でもあった。この世界のNPCの完成度に一早く気付き、意図的に騒ぎになるようするのが目的だった。

 その他、どこまでリアリティを追及しているのかの試験としての意味もあったのだが、その点に関しては『測定不能』と断じるしかなかった。よく考えれば、現実の東京のド真ん中にモンスターが現れることなどない。比較対象がないのだから試験もなにもあったものではなかった。


 流石の肉刺谷も安全であるはずのセーフティに自分から厄介ごとを持ち込む狂った価値観など、来訪者ビジターであっても持ちはしないと高をくくっていた。故に彼らの存在には気付けなかった。


 さて。この撮影者集団は、わざわざモンスターを用意したことは宣伝したりはしない。たまたま通りすがりに面白い映像が撮れたと現実のSNSに流すだけだ。


 内容は、最高にエキサイトするプレイ動画。

 そして、あるキャラクターの登場を喧伝する動画だった。


百紅蟲の女王ルビーベルトクイーン……羨ましいわねぇ! まさか最初の十連ガチャで彼女を引き当てるなんて! どっちが蘇生リバイブさせたのかしら!」


 銀色の髪。赤い瞳。友人の結婚式に着て行くようなクリーム色のスーツで、右手首には何故か数珠を付けている女性。それが撮影者集団のリーダーだった。

 テレビが使うようなカメラを肩に乗せた、協力者の少女が間延びした声で問う。


「まさかまさかですよねぇ。じゃあ後で報酬のお金は貰ってお暇しますからねぇ。私の方もこのゲームやりたくなってきたんでぇ」

「ええ。いいわよ。動画にはあなたの名前も当然クレジットしておくわね」

「……ええとぉ、それでぇ。動画を流すのはいいとしてぇ、アカウント名なんでしたっけぇ」

「さっきも言ったわよ。この世界でのアバター名と同じ。もう一回言うわね」


 すう、とリーダーの女性は息継ぎした。


よ」

「長い長い長い。覚えきれないですう! てかなんでそんなアホっぽいアバター名にしてるんですかぁ!」

「カクヨムのキャッチコピー、三十五文字って短くないかしら」

「なんの話してるんですかぁ?」

「そして私のこの名前、なんと三十五文字よ」

「繋がったような繋がらないようなぁ!?」


 満面の笑顔で、セクシー歯茎さわやか流し目フラダンスサンダー少女ファイナルエディションは協力者の少女に言う。


「私、与えられた権利は余すところなく使う主義なのよ」


 こうしてナワキとツミナの顔と、ラファエラの蘇生成功は、プレイヤーに知れ渡ることになる。二人がこれに気付いたのは、あと少しだけ後の話だ。

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