第14話 恐怖のPSI! 謎の蜂の巣

 ズズン!

 足音と地響きが止まった。

 ゆっくりとナワキが目を開ける。


「ラファエラ!」

「先の戦いは稚拙ながら見事だった。興が乗ったぞ。私の初陣もここで済ませてしまおう」


 ラファエラの髪とスカートがゆらりとはためく。いつの間に現れたのか、そもそもいつから二人のことを見ていたのか、見当も付かない。

 レベルパラサイトは、悠々とたたずむラファエラのことを凝視したままぴくりとも動いていなかった。


「怯えているのか? どうやら格の違いがわかるようだな。しかしムカデ型のパラサイトか……よりによって。まったく」

「ムカデがどうかしたのかい?」


 とツミナが疑問を口にする横で、ナワキは知っていた。

 彼女の背中にあるコードは『ムカデか茨を思わせるような禍々しいデザイン』だ。ラファエラは自分のPSIのことを気に入っているが、それを発現させるためのコードのデザインについては嫌っている。そのせいで露出の高い服を着るのも嫌がるくらいなのだから。


「格好いいと思うけどな。ムカデ」


 前々から思っていたことだ。故に、口を滑らせた。ナワキの言葉を聞いたラファエラは、静かに振り返る。顔色から察するに、少しだけ不機嫌になっているようだ。


「……この際だ。私の疑問に答えてもらおうか」

「えっ」

「私はPSIを使ってこいつを片付ける」

「ツミナッ!」


 すべてを察したナワキはツミナに呼びかける。急に態度が変わったナワキを見て、ツミナは目を丸くしている。


「さっさと立て! ここから離れるんだ! ラファエラのPSIの巻き添えになるぞ!」

「え。あ。そうなんだ? そんな危険なのかい?」

「とりあえずバリケードの内側に戻るぞ!」


 ナワキは痛む体に鞭を打ちながら必死に立ち上がる。ツミナもそれに付き合って立ち上がろうとするが、上手くいかない。よく見ると額に傷があり、そこから出血していた。


「……眩暈がする。平衡感覚が狂ってる。嘘だろう、このゲーム『頭を打って目が回る』ってところまでリアルなのか!」

「抱えて走るよ! 金髪美少女になってくれて助かったって思うぜ、こんなときはよォ!」


 ナワキは必死で逃げようとし、ツミナはいまいち実感がなさそうだ。

 ラファエラはそれを観察し、疑問への答えを得る。


「本当に知っているようだな。私のことを。さて、これで二人きりだ。まさか逃げないだろう?」


 ムカデ型のレベルパラサイトがラファエラの姿を認識した途端に止まったのは、ほぼ本能からの判断だった。相手のステータスを窃視ピーピングするような能力は持っていない。


 自信に満ち溢れた視線。たたずまい。声。そのすべてが常軌を逸している。

 なによりも雰囲気が異常だ。人の形をしているが人ではない。


 レベルパラサイトは速やかに全力を出すことにした。持っているPSIはすべて自らの体を強化する能力だ。ミシミシと音を立て、甲殻が分厚くなっていく。何の対策も講じなければ、戦車でも傷一つ付けられない強力な防備だ。


「ふむ。強いことには強い……が、あの二人が順調に成長すれば充分勝てる程度だな」


 ラファエラはそれを評価しながら、袖からある物を取り出す。資料室で拾った安全ピンだ。椅子代わりに段ボールを取り出そうとしたらラファエラの足元に落ちて来た、どこにでもある何の変哲もない小物。


 警察署なので、制服に腕章を取り付けたりするときに必要にはなるだろう。それが巡り巡ってラファエラの手元にあった。


 ナワキはそれを見てラファエラの宣言が本気であることを察する。ツミナを抱え上げ、急いでバリケードの方へ走り出す。


「……どういうPSIなんだい? 彼女の能力」

「無差別に巻き込むタイプのものじゃない。だけど今はダメだ。アイツのPSIの対象から外れるには、アイツが自分自身の意思で対象に三十分以上触れることが必要なんだよ!」


 確かにそれなら、ツミナもナワキも巻き込まれる側だ。会ったばかりでは当然だが。

 ナワキはバリケードまで辿り着き、パトカーの後ろへと隠れる。ツミナのことはうろたえている肉刺谷に押し付けた。


「どういうことだ! 何故モンスターの中からモンスターが……あの少女はお前さんらの仲間だったのか?」

「すぐ片付く! だから待っててくれ! モンスターの始末は絶対にアイツがなんとかする! 間違っても今のアイツに近づこうとか考えないでくれ! 他の人にもそう伝えて!」

「なにが……」


 肉刺谷が質問する前に、レベルパラサイトが巨大な頭をもたげる。一気にラファエラにかぶり付こうと接近するが――


「遅いな」


 ラファエラは最低限の動きで避け、硬い甲殻に安全ピンを突き立てようとする。なんらかのPSIが籠っているのか、淡く深紅に光っていた。

 だが、分厚くなった甲殻に安全ピンなどが入る余地はない。安全ピンの方もPSIで強度が上がっているのか曲がりすらしていなかったが。


「……ふむ。刺さってくれれば瞬殺だったのだがな。ならばこちらの方だな」


 ラファエラは安全ピンをしまい込み、今度は意識を両足に集中する。PSIの効果がハイヒールへと移った。同じように深紅色に発光する。


 レベルパラサイトは再びラファエラに攻撃を仕掛ける。今度は噛みつきだけでなく、体をうねらせての体当たりなども駆使した。

 だが、一発たりとも当たらない。回避行動にはPSIを一切使っていない。そもそもラファエラは身体強化をする類のPSIは持っていない。単純に、素のステータスが違いすぎるから攻撃が当たらないだけだ。


「あの嬢ちゃんは何者だ……? あんなデカブツ相手にどうして戦える?」

「いやー。戦えてないっすよアレ。どう見ても防戦一方じゃないっすか。さっきなにかしようとしてたっぽいっすけど攻撃力が足りてなかったのか相手無傷だし」


 肉刺谷は素直にラファエラのやり取りに釘付けになり、六花はツミナの額の傷を応急処置しながら横眼で見ている。

 もはや時間稼ぎなどという生易しい段階ではない。先ほどと違い、相手は傷一つない元気なモンスターだ。公安が帰って来たところで犠牲が出ることは避けられないだろう。


「まあ時間を稼いでくれるのはありがたいっすけど。後で公安が帰ってきたら作戦をもっと綿密に練り直して……」

「いや。もう決着はついた」

「はい? 今なんて……」


 ナワキの戯言に六花が反応しようとしたとき、ブン、と不快な音がした。


「あ?」


 応急処置を終えた六花は、今度こそモンスターの方をちゃんと見る。

 地面に、なにか房のようなものが十個ほど生えていた。

 大きさは五十センチほど。色は黒を基調とし、赤くて水玉状の斑点がある。水玉状の斑点は球体の上を動いたり、大きくなったり小さくなったりを繰り返しており、見ているだけで不気味だった。よく見ると房自体も揺れるように動いている。


「ひとまず十個で間に合うか。死に物狂いでもがけ、ザコ」


 遠目ではルビーのように光るそれ。色だけなら綺麗なので、六花はそれを注視し、そして後悔した。


「うげっ! 蜂……? ルビー色の!?」

「近づかないでくれよ……あの地面にある赤い水玉の房は全部なんだからな」


 ブン、という音が無数に増える。房から出て来たそれはすべてルビー色の蜂だ。造形だけならスズメバチに似ている。

 それらすべてが一斉に、巨大なムカデへと襲い掛かった。


 流石に宙を埋め尽くす量ではない。だが、大量であることには変わらない。逃げきれず、一匹の蜂がムカデの背中を一刺しした。


 それだけで――


「ぎぎいいいいいいぎいいいいいい!」


 巨大な泣き声を上げ、ムカデはひっくり返ってもがき始めた。この世のすべての辛苦を身に受けたかのような凄まじい悲鳴だ。


「バカな! あんな分厚い甲殻をどうやって貫通して……毒っすか!?」

「ちょっと違う。ラファエラの生産する蟲は、刺す度に生命力を相殺するんだ。肉体に刺さりさえすれば、相手の体力や防御力に関わらず、一回ごとにきっかり百分の一だけ削り取る」


 ゲーム的には『全体HPの内一%の固定ダメージ』。つまりラファエラの蟲は相手のレベルやステータスの高さには一切依存せず、当たりさえすれば等しく死に近づいていく。百回刺せばどんな敵であろうと確実に殺せる強力極まりない能力だ。

 ツミナはふらつく頭を持ち上げ、もがくモンスターを観察し柔らかく笑う。


「なるほど。確かにあれはエグいね。でもそれならなんで最初に、直接的な攻撃をしようとしたんだい?」

「蟲の巣の発生条件が『PSIを込めた刺突武器で傷を付けた場所』だから。よく見てくれ。諦めた後はハイヒールで傷を付けた地面、足跡から巣を生やしてるだろ?」

「……恐ろしいな。それってことじゃないか」


 総評するとラファエラのPSIとは、ダメージゾーンの設置能力。それも巣から近ければ蟲に刺される頻度が多くなるのだから、体に直接取り付けられた場合の悲惨さは目も当てられない。


「瞬殺したいのなら当然の思考回路だけどな。あれがラファエラのPSIであり、彼女の異名の由来。百紅蟲の女王ルビーベルトクイーンだ」


 当然、ムカデも逃げようとする。だが蜂の巣はあまりにも近すぎた。しかもムカデに群がった蜂は、掴んだまま獲物を離そうともしない。

 やがてムカデはもがくのをやめ、地面に伏せったままピクリとも動かなくなった。


「やはり蟲は蜂に限るな」


 ルビー色に輝く蜂に囲まれ、ラファエラは勝利を噛み締める。初陣を圧倒的な勝利で終え、少しだけ機嫌を持ち直した。


「さて、ムカデが格好いいとか抜かした狼藉者を、後でキチンと

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