第13話 可愛い蟲がやってきた

「……ん。レベルがめっちゃ上がった……」


 モンスターの頭蓋骨の残骸を踏みにじり、ツミナは感慨深げだった。体の調子は特に変わりない。レベルが上がった後は一度デバイスを起動して、ステータスポイントを割り振る必要があるのだろう。自動的に筋力などが上がったりするわけではないらしい。

 ナワキの視界にも小さくレベルアップの文字が浮かぶ。


「おい。俺のレベルも上がったぞ。止め刺したのお前なのに」

「ああ。バリケードから出るときにパーティ登録はやっておいた。なるほど、経験値を分配するシステムなんだね。寄生プレイが心配だな。他はどういう仕組みになってるんだろう……」


 ふと、そこでツミナはパーティシステムの詳細を考えることをやめる。

 他に気になることがあった。


「……こいつも同じだったよね。妙に生々しいNPCだった」


 ツミナの言葉にナワキは笑顔を消した。ナワキもそこが引っかかっていた。現実の獣のそれに近かったとは言え、モンスターにまで感情の波があったように見える。

 お陰で相手の動きを読み切ることができたものの、ここまで来ると気味が悪い。


 ラファエラ、刑事、モンスター。これまで二人が出会ってきた、この世界の住人は三パターンだがそのすべてに生命力がある。


「……この世界全体がこうなのかな。だとしたら、このゲームを作った会社はエイリアンかなにかを雇ってるとしか思えないよ」

「このゲーム自体が完璧にオーパーツだよな。どんだけこだわってんだよって話だ。ツミナ、靴を綺麗にしろ。さっさとラファエラと合流して、活性剤を大量購入だ」

「かさばるって言ったばかりじゃ――」


 ぞわり、と二人の視界の端で何かが蠢いた。


「は?」


 ナワキが素っ頓狂な声を出して驚く。頭は潰したはずだ。レベルも上がった。つまりこのモンスターは完膚なきまでに負け死んでいる。

 だというのに、モンスターの胴体が動いている。


「違う! 内側だ! こいつ、腹になにか飼ってるぞ!」

「ッ!」


 ツミナが気付き、ナワキが庇うように前に出る。

 しかし、ガードは役に立たなかった。ナワキごとツミナははたき飛ばされてしまう。

 かなりのダメージだった。耐久力の高いナワキも、そのナワキに盾になってもらったツミナも、体が消し飛んでしまいそうな痛みを味わう。


 二人して道路に転がり、苦痛に身をよじった。


「な……んだと……!?」


 ナワキはそれを見たことがある。クリティカルシリーズに度々出てくるのデストラップ。

 ファンにとってはちょっとした恒例行事。初見の者にとっては洗礼のようなものだった。


「レベルパラサイト……!」

「な、なんだいそれ。簡潔に説明してくれる?」


 ナワキとツミナの両名を地に転がしたのは、これまた強力なモンスターだ。色は黄金。形はムカデ。体長はおおよそ、見えている部分だけで二メートル。

 二人を攻撃したのは尻尾だ。頭は今、殺されたモンスターの死体を骨ごと貪っている。血飛沫が舞い、モンスターの体がみるみる内に、内側に萎んでいく。あまりにも酷い映像であると同時に、あまりにも酷い音だった。すぐに気絶してしまいたくなるほどに。


「ボーナスキャラだよ。かなりの低確率で出現するだ。見た目は芋虫だったりカブトムシだったりと虫で統一されてる。今回はムカデだ」

「じゃあアイツを殺したらまたレベルアップかい?」

「……そう思うだろ? 残念だけどな。レベルパラサイトは大抵の場合、寄生したモンスターの適正討伐レベルでギリギリ殺せるかどうかくらいの絶妙な強さなんだよな」

「え」


 ツミナはナワキの言いたいことがわかった。わかったが、わからないフリをしてゆっくりと、引きつった顔をナワキの方へ向ける。


「……それPSIや回復アイテムがあれば余裕で倒せるけどって注釈付きのタイプかい?」

「PSIや回復アイテムをしっかり用意していることがになってるタイプだ。倒せればいいんだよ、倒せれば。ボーナスキャラだから経験値は大量に入る。だから初心者はみんなしてアイツに挑戦する。大抵の場合、かなり苦労するんだけどな」


 ツミナは空笑いした。もうこの局面では笑うしかないだろう。


「ナワキ。アイテムを完全に使い切ってPSIもまともに装備せず、しかも全力の状態なら戦いにもならなかったであろうレベルの敵から出て来たレベルパラサイトって……」

「俺たちを瞬殺できる程度には強いよー。瞬殺だよー」


 痛みと恐怖でナワキが泣き出しそうになった瞬間、レベルパラサイトがモンスターの体を完全に食い破った。

 黄金の動体をくねらせ、道路に横たわるザコサイキック二人を見つける。


「アイツ、僕たちを食べる気かな」

「ああ、食後のちょっとしたデザート気分かもな。または血液をチェイサー代わりにする気か。グルメな虫に食べられるなんて俺幸せで泣いちゃいそうだなぁ。あっはっはっは」


 ガサガサガサガサ、と硬い甲殻に覆われた無数の足をアスファルトに食いこませ、全速力で黄金ムカデは二人の元へと走ってくる。

 VRというだけあって迫真の映像美だった。怖すぎてナワキも流石に我慢できず泣き叫ぶ。


「ぎゃああああああああああああああ!?」


 逃げきれない。やられる。

 そう信じ込み、ナワキは目を瞑った。そして――


「さて。合格だな。ここから先は私の番だ」


 聞き覚えのある少女の声が、瞼の向こうから聞こえた。

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