第12話 新宿区の新星

「素晴らしい」


 雑魚同士の小競り合いには興味はない。だが、興味のある二人の命懸けの戦いとなれば話は別だ。ラファエラは隠れて、ツミナとナワキ、そしてモンスターの戦いを見ていた。

 PSIが使用された刃を素手で無警戒に受け止めたことを始めとして、普通の神経と戦闘経験があればまずありえない戦い方。どう考えてもあの二人は対サイキック戦に不慣れだが、それを差し引いても様にはなっている。


「だが……くくく。時間をかけすぎだ、未熟者どもめ。そら、そろそろ状況が変転するぞ?」

「警部ー。この黒いパーティドレス着た訳知り顔の女、知り合いっすかー?」

「知らん。七宮の知り合いじゃないのか?」

「え。なんだろ。殺していいのかな。口に銃突っ込んで肛門からクソごと銃弾をひり出す面白デトックスダイエットさせていいのかな」

「お前さん口が悪いよな……」


 ラファエラはツミナとナワキから隠れていたが、それ以外の人間に見られようが気にしない。

 六花と肉刺谷に首を傾げられながらも、バリケード越しに観戦を続ける。


◆◆◆


 ダメージは間違いなく入っている。相手の耐久力が高すぎてツミナの攻撃が効いていないということは絶対にない。

 しかし未だにモンスターは倒れていなかった。もう既に五発はクリーンヒットしているはずなのに。


「くそ! まだかツミナ! もう右手の感覚がねぇよ! ていうか人差し指がもう動かねぇし!」

「あと少し……あと少しな気がするんだけどなぁー」


 この展開はツミナにとっても物凄くまずかった。

 思えば、モンスターがここまで初期レベルの二人に押されている理由は近距離攻撃の威力がとぼしいからだ。肉刺谷によれば、このモンスターの本来のデザインは両手に刃のような爪が備わった左右対称だという。

 今はそうではない。左手の爪は欠けてどこかに行ってしまっている。これに伴い、近距離攻撃に使うのに必要な器官を失ってしまったから、未だに二人を殺せないという解釈が一番都合がいい。


 反面、というのが最悪の可能性だ。近距離攻撃向けのPSI能力を持っていて、その気になればそれを使える。だがなんらかの理由で、それを使うことが不利益を招く。だからできる限り使いたくない。


 このパターンの場合、過剰に追い詰めるといつかモンスターは絶対にPSIを使うだろう。動機は『死ぬよりはマシ』か『どうせ死ぬくらいなら』の二パターンの内のどちらかだ。


 都合のいい解釈の方が正解だといいな、とツミナは思う。

 思うだけだが。


「……イヤな目でこっち見てくるな……どう考えてもこいつ、奥の手あるよなぁ」


 モンスターの目や表情に絶望の色が一切見えない。ただ直接的に殴ってくるツミナの方へ、純粋な怒りと殺意を向けるだけだ。

 言葉を使った思考回路をしているかは甚だ疑問だが『こいつだけは殺そう』と考えている顔だ。


「ツミナ。どうする?」


 カチリ、とナワキの方からボタンを押すような音がした。

 ついさっきナワキがツミナに使った活性剤だ。現実ならば後遺症が残ってもおかしくない大怪我が、逆再生をしたかのように塞がっていく。


「考えがある。活性剤、あとどのくらいある?」

「残り二本だ。かさばるからって少量しか買ってなかったんだよ。まあこれでもコイツを殺すまでには持つ」

「それなら充分だな。作戦はこうだ」


 ちょい、とツミナは指先でジェスチャーをする。

 ナワキはそれだけでぎょっとした。


「正気か?」

「万が一に備えて、だよ。なければこの調子のまま押し切る。念のため活性剤を右ポケットにしまっておいてくれれば後は僕がどうにかする」

「……まあいいけど。元から全部右ポケットにしまってるよ」

「なにか変化があったらすぐ実行だ。頼むよ」


 作戦会議はそこまでだった。また体勢を立て直したモンスターが、ツミナに向かって刃を振り落とす。

 それをナワキが先手を打って受け止めにかかり――


 フェイントに見事に引っかかった。ピタリと一度、刃が止まる。

 そして、モンスターのぼんやりと赤く発光する。


「んなっ!?」


 ナワキが気付いたときにはもう遅かった。目の前からモンスターが消え、ツミナの後ろへと現れる。

 瞬間移動に等しい高速移動だった。


(この巨体でかよ!? いや、まずい! そのスピードのまま俺を攻撃しなかったのがまずい! つまりこいつ、ツミナの方の耐久力が紙同然ってことに気付いてやがる!)


 なにかを叫ぼうとしたときにはもう遅かった。モンスターはツミナの後ろから、爪を先ほどと同じように振り下ろす。

 ぐちゃり、と半ば潰れるような音を立ててツミナの右肩が半壊した。


「がっ……!?」

「ツミ……!」


 モンスターの体の中に沸き起こる、勝ったという感覚。このPSIを最後まで使わなかった理由。それは使った後の反動で死んでしまう可能性があるからだった。

 普段ならば少し休めば回復する程度のダメージでしかない。だが、ここまで叩きのめされた後で使えば命の保証はまったくない。


 しかし今はこのPSIを使わなければ、どちらにせよ死んでしまう。ならばPSIを使った後で死なない可能性に賭けるしかない。

 この金髪の女を殺してしまえば後はどうとでもなる。赤髪の少年の方の攻撃は、油断さえしていなければギリギリいなせる程度だ。


 攻撃を受け止め動きを阻む盾。その隙をついてカウンターをしかけてくる矛。そのどちらかが欠けてしまえば残った方を始末するのに苦労はしない。


 反動の大きさはPSIの行使した時間に比例する。一刻も早く止めを刺さなくては。

 モンスターは本能に従い、肩に叩き込まれた爪を抜き、加速した身体を使ってツミナに攻撃し始める。


 ツミナは残った左腕で頭をガードするが、それ以外の部分ががら空きだ。胴体を横薙ぎに切り裂く。骨に阻まれて真っ二つとはいかなかったが臓腑は多分切り裂いた。

 まだ力が残っていたのか、構えられたままの左腕を切り落としにかかる。最後の力だろうか。肉は切ったが骨の硬さを利用して軌道を逸らされてしまった。頭蓋骨ごと切り裂くつもりだったのだが。


 流石にこれ以上は反動が心配だった。この傷であれば攻撃はもうできないだろう。放っておけばそのまま死ぬようなダメージだ。


 モンスターは加速を解除した。スローになった時間が元に戻り、勝敗が決まる。


「僕たちの勝ちだ。ナワキ」


 ぎゅるん、とツミナの傷が左腕のもの以外すべて治った。

 何が起こったのかを理解できないまま、脳天に衝撃が走る。


 ごきり、と折れてはいけなかったものが、折れてしまった。モンスターの体からあらゆる力が消え、巨体はあっさりとアスファルトに転がる。


 勝敗は決まった。ツミナとナワキの勝利。そして、モンスターの敗北だった。

 モンスターが最後の力でびくびくと痙攣しながら、ほぼ無意識に、ぎょろりと眼球をナワキの方に向ける。脳天に叩き落とした踵を上げ、ナワキは視線へ勝ち誇ったように睨み返す。


「テメェが近距離用のPSIを使ってツミナの方を速攻で叩き潰すって展開な。ツミナはあっさり読んでたぞ。だから、その戦法にテメェが走った瞬間に

「はあー。いや参った参った。早めにナワキのポケットから活性剤をスッといてよかったよ」


 ポロリとツミナの体から、二つの小物が落ちてモンスターの眼前に転がる。ツミナもモンスターの視界に入り、笑顔で勝利を宣言する。


「活性剤の効力は即効性だ。死ぬ前に打っておけば疑似的に耐久力を底上げできるんじゃないかと考えたのはついさっきだけど……あっはっは! 面白いなぁ、これ! まず最初に右肩を潰されたときに左手で活性剤を太腿に打ち込んだ。これで右肩は二撃目が来る前に多少動かせる程度には回復。腹を切られた後、こっそりと右腕で活性剤を打ち込む。これで後は、最後の一撃を防ぎさえすれば……」

「誰一人として死なない。俺たちの勝利だ。そもそも最初の一撃、テメェ頭を狙ったよな。攻撃が右肩に命中したのはツミナがわずかに避けたからだ」


 笑いながらツミナは活性剤の空容器を蹴り潰した。景気よく、機嫌よく、楽しみながら。ぐしゃんと小気味いい音が響く。


「それはさておいて、活性剤が一つ足りないから左腕のダメージだけは残ってるんだよね。この分はナワキには任せたくないなぁ」

「……思ったより簡単に片付いたな。スイッチしたとしても俺の攻撃力じゃ十発くらいは必要かなと思ったんだけど。加速能力に反動のデメリットでもあったのか?」

「ナワキ! ナワキ! 僕がやってもいいよね!」

「ん? ああ。いいんじゃないか? ビギナーには優しく。ゲーマーの基本だろ?」

「じゃ、そういうことで」


 動けない。動けない。目の前にいる、殺したいほど憎らしい敵をどうにもできない。

 先ほど戦ったバケモノに殺された方が遥かにマシだった、と獣の心でも思えるほど。目の前の二人は、あまりにも脆弱に過ぎた。


 全力でさえあれば、こんな小物たちに遅れを取るなど――!


「ばいばい」


 モンスターが最期に見た光景は、少女が足を振り上げ、笑いながら踏みつけにかかる。そのときの靴底だった。

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