第9話 二人して大地に立つ! あれ。あとの一人はどこ行った?

「おー! やってるやってる! 凄いなぁ! さすがVR空間! 銃撃戦なんてこの一生の内に見れるなんて思わなかったよ!」


 おそらく資料室だろうか。誰もいない部屋に入り込み、ツミナは窓から外を眺めていた。車でバリケードを作った警察官たちが、巨大なモンスターに向かって銃を乱射している様を四階から見ている。


 ツミナは興奮に頬が紅潮し、テンションも天井知らずに上がっていく。ナワキも似たようなものだから人のことは言えないのだが、冷静さを欠かれてプレイミスをされて困るのは二人ともだ。

 なにしろ二人で一緒のゲームをプレイしているのだから。故に一応、少しだけ白けるような茶々を入れる。


「不謹慎だぞ、ツミナ」

「わかってるよ。そろそろわかってきた。彼らにとっては本当に困った状況だってことはさ。でもワクワクするだろう? あの状況、僕らならひっくり返せる! 本当のヒーローみたいに!」


 何故ならこれはゲームだから。ツミナはそう言外に告げていた。

 直接的に言わなかったのは、同じくこの世界の住人であるラファエラが傍にいたからだ。今のラファエラは銃撃戦を見て、二人より少しだけフラットな表情をしていた。


「……ここは新宿、か。私が寝ている間に随分と様変わりしたように見える。あまり覚えてないけど、そのくらいはわかる」

「覚えてない?」

「生態コードは死ぬ度にエピソード記憶が全損するんだよ」


 ツミナの疑問にすかさずナワキが答えた。もう既にパターン化してきている。


「アメリカの首都や歴代大統領の名前を知識として知っていても『思い出』はないんだ。逆に言えば新宿の緑化のことを知識として知らないってことは、彼女はそれ以前に死んで以降ずっと蘇生リバイブしなかったってことなんだけど」

「緑化か。興味深いな。私にしてみれば、そこで繰り広げられている戦いよりは余程」


 妙に反応が平坦なのはそのためだろう。ラファエラは人の戦いに大した興味を持っていないようだ。


「近くにプレイヤー……じゃなくて来訪者ビジターはいないみたいだ。ちょっと僕あそこに行ってくるよ」


 ツミナはなんでもないことのように、銃撃戦の方を指さして言った。


「ん。そうか? なら俺も……」

「いや。ナワキはちょっと遅れてきて。僕は彼らに依頼料ふっかけてくる」

「……なんだって?」

「だってさ、よく見てよ。あれ全部NPCだろう? それなのに挙動があまりにも人間臭い。肉刺谷さんだけじゃないよ?」


 殺伐とした状況。連続する銃撃音とシチュエーションに、ツミナは変わらず笑顔だった。


「この世界のNPCに積まれたAIはどうも世界最高峰レベルに『強い』らしい。もう人間と同レベルだ。なんでこんな手の込んだことをしている? たかだかゲームなのに」

「……何が言いたい?」

「つまり、交渉も含めてこのゲームを楽しめって言ってるんじゃないかな。相手の足元を見れば結構いい値段払ってくれると思わない?」

「信じられないくらいアコギな意見だな!」

「せめて牢屋の弁消費くらいは稼いでこないと、初日から赤字だよ? 僕たちさ」

「……」


 それはちょっと痛いかもしれない、とゲーマーの経験が言っている。悲しいかな、ナワキもツミナほどではないにしろアコギな方だ。否定できるだけのマインドセットを持っていない。


「あーあーわかった。行ってこい。好きにしろ」

「期待して待ってて。せめて今日の分のロスを取り戻せる程度の活躍はしてくるからさ」


 言っている途中で、ツミナは窓から身を乗り出し、飛び降りた。

 長い付き合いだ。ナワキはそれに驚いたりはしない。ツミナは外の窓枠や出っ張りに手足を引っかけ、するすると落下に近い形で降下していく。


「アイツ、リアルでもああいうことできるからなぁ……相変わらずデタラメな運動神経だ」

「おい。私は行ったりしないぞ? 面倒くさい」

「ん」


 ふと、後ろからラファエラの声が聞こえたので振り返る。

 いつの間にやら、適当な段ボールを取り出してそこに腰かけていた。その位置からだと銃撃戦もツミナのことも見えないので、どうやら心底争いをどうでもいいと思っているらしい。


「第一、仮に金銭のやり取りができたとして、それにどんな意味がある。貴様らなら踏み倒しもできるだろうに。仮にもサイキックであろう?」

「そうだけどさ。それじゃあつまらないだろ?」

「そうか? 自分の好きにできないのが余程つまらないと思うがな」


 いや、そこではない。ナワキにとって重要なのは、方法論の議論ではなく、ラファエラのスタンスの方だった。


「来ないのか?」

「当然。私がなぜあんな些事に手間を取らねばならない?」

「……うーん」


 説得は難しい。彼女を蘇生リバイブしたのは間違いなくナワキだが、だからと言って蘇生した側になんらかの強制力があるわけではないからだ。

 ナワキにあるアドバンテージは二つ。蘇生された生態コードはナワキと強制的にパーティを組まれるので、その際発生する利益を半永久的に享受できること。そしてナワキが死亡した場合、生態コードである彼女も死んでしまうことだ。


 生態コードはあくまで『生物の形をしたPSI』という扱いなので、その持ち主が死ねば消滅するのは当然のことだった。


 逆に言うと、それ以外のアドバンテージで生態コードに対する命令権はない。なので彼女が拒否してしまえばそれまでの話だった。


「それと、あのデカブツをあまり見縊らない方がよさそうだぞ?」

「そうか? 見た感じ死にかけっぽいけど」

「確かにな。今の未熟な貴様らの攻撃でも倒せるかもしれない。だが……そうだな。RPGで一番弱い敵を想像してみよ」

「は?」

「いいから。スライムでもピクシーでもなんでもいい。ゲームで一番最初に出てきてレベル1の通常攻撃でも数発で死ぬようなザコ中のザコだ」

「……まあ、想像できるけど」

「で。そのザコキャラが現実に貴様の前に現れたとしよう」

「うん」

「そいつは機関銃を持っている」

「うん!?」

「相当の手練れサイキックなら機関銃程度、撃たれたところで可愛い怪我で済むかもしれんが、貴様らはそうではない。機関銃で撃たれれば死ぬな? 相手がザコ中のザコであっても」


 流石にラファエラが何を言いたいのかわかってきた。


「アイツがそうだって?」

「まさに。貴様ら二人なら倒せるかもしれない。だが倒せないかもしれない。相当リスキーなギャンブルだと思うが?」


 この質問、意地が悪い。

 文脈だけ読めば『万が一にも死にたくなければ行くのはやめろ』と読めるが、ラファエラの今の態度だとそうは思えない。

 彼女はナワキの顔を見て、薄く笑っていた。楽しむように。


 まさにナワキが知っているラファエラそのものの対応だった。


「……変わらないな」

「なんだと?」

「あ、いや。こっちの話だ。ええっとな……それでも行くよ。リスキーなのはわかるけど、あれを放っておくことはできない」


 ゲーマーとして。そして、自らの良心を無視できないために。

 作り物だとは思えないほど精巧なら、本物と変わらないということだ。助けられる人を、助けられる力を持っているのに助けないというのは、ゲーマーとしても人間としてもありえない選択だろう。


 それに――


「ラファエラ。俺がこう答えなかったら愛想付かせて、どこかに消えてただろ」

「む……?」

「……クソ。浮かれてんな、俺。明らかに」


 ラファエラの期待を裏切りたくなかった。こういう返答の方を喜ぶとわかっているからこそ、ナワキはそれに縛られる。

 口を滑らせたと自覚し、ナワキはすぐに顔を逸らした。多分顔が真っ赤になっている。

 ラファエラは立ち上がり、ナワキの顔色を窺った。


「……貴様は一体……?」

「あーあー! これ以上は何も言わねぇ! 絶対言わねぇからな! ノーコメントだ!」

「耳まで赤くなってるぞ? 何故だ? 何故だ? 興味深すぎるぞ貴様」


 ナワキは目の前に回り込んで顔を覗き込もうとするラファエラを振り切るように、右に顔を向け左に顔を向けを繰り返す。

 今この顔を見られるのは物凄く恥ずかしい。その内限界だと感じ、窓に飛びついて無理やり話題を捻り出した。


「あー! アイツおっせぇなぁ! いつになったら交渉終わんだよ、便秘か!?」

「話逸らしおったな」

「……ん……あれ。ちょっと待て。アイツ……」


 ラファエラから逃げた先で、ナワキは肝が冷えていくのを感じた。

 ツミナは無事で済むだろう。だが――!


「……ッ!」


 我慢の限界だった。

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