第6話 訪れる少女×風を纏いながら

「……今気づいたんだけど、このデバイス、ネットに繋げられるじゃないか」


 デバイスを弄っていたツミナは目を丸くした。


「ああ。できるな。わざわざこのゲームサーバー自体が回線を引いて、ネットに繋げてるらしいぞ」

「それつまりゲーム内で疑似的にネカフェ状態ってことか? ダイブアークを繋げてる回線を使ってるわけじゃなくて?」


 ダイブアークとはVRゲームをする際に使うヘッドギア型のコントローラーだ。VRMMO以外にも――というより本来は据え置き型個人用VRゲームに使うのが主流の使い方だったのだが――使えるが、少なくともゲーム内でネット回線の使用を前提とした作りになっていたと知ったのはつい最近で、こんな芸当ができるとは思わなかった。


「なんでわざわざそんなことをしているのかわからないけどな。このゲーム中で使えるネット環境は完全に、ゲームサーバーそのものが繋いでる回線を使ったものだ」

「……落ちるだろう? 回線」

「なんなんだろうな。平気っぽいよな……? なんでだろうな……」


 ツミナの不安はもっともだが、ナワキもその不安を払拭できるような明確な回答を持っていない。というより、ネットの中でも不安を解消できるような答えは一切書いて無い。


 詳しい仕組みは誰も知らないが、少なくとも現実として、ナワキもツミナもサーバーから弾かれるような憂き目には遭っていない。


「ん。ネット上にも何人かいるな。『クリティカルコードの中から書いてます』って書き込み。SNS上で」

「後にしろ。今の本題はそこじゃない。というか見てたら無限に時間が取られそうだ、楽しそうで」


 下手を打つとナワキも感想戦に参加してしまいそうだ。流行り物のゲームをプレイする醍醐味の一つだろう。


「閑話休題。御託はいい、ガチャるぞ」

「了解」

「普通のソシャゲだとガチャには二種類あるよな。武器とキャラの二種類が出て来る混成ガチャと、キャラしか出てこないキャラガチャ。クリティカルコードの場合は前者。ちなみにこの世界の武器は全部超能力だから実体はない。悪しからず」

「ポチっとな」

「聞けよツミナ」


 デバイスを操作していたツミナの周りに、幾何学的な模様が現れる。設定上は『PSIを構成するときに、プレイヤーの周りに現れる特殊な法則に従って動く光子』らしい。


「演出がしゃらくさいなぁ。スキップ一択だよスキップー」


 光子はすぐ消えた。傍から見ている分には綺麗だったから見ていたかったのだが。


「お前なぁ。ガチャる方法は今のところ一週間に一度貰える『十連チケット』だけなんだぞ? 最初くらいは演出ちゃんと見ようとか思わないか?」

「思わない。第一、ガチャなら課金でいくらでも……」

「今のところ課金要素は意図的に排除だとさ。ゲームが軌道に乗ってきたらすぐ実装するってアナウンスはあったけど」

「……どんなゲームだい? 普通なにがなんでも課金要素は初期に実装するよね?」

「俺もそう思うけど……余程自信があるんじゃないか? 何が出た?」


 訊ねられたツミナは、目を細めながらデバイスを眺める。


「んん……ああ。なんかキラキラした簡易な魔法陣みたいなのがいくつか……」

「それが超自然現象を引き起こす特殊な文字列、クリティカルコードだ。俺に言わせれば文字じゃなくて模様だけど」

「これを装備すれば超能力が使えるように? どれどれ」

「待てって。俺がガチャってから装備しろ」

「……キャラが出てきてないな? これってさ。この模様から女の子が出てきたりするのかい?」

「来ない。キャラを引き当てたならもう既に出てきてるはずだ」

「なんだ……つまらないな」


 その感想もわからなくもない。今時のソシャゲの流行と言えば『キャラ萌え特化』だ。大抵のゲームであれば、十回ほどガチャれば低いレアリティのキャラが一人くらいは出るだろう。


 ただし、このクリティカルコードにおいてガチャキャラは滅多に出ない。


「レアリティは〇.一%だぞ。このゲームのガチャレアリティ」

「ひっく! それSSRでの話かい?」

「違う違う。そもそもキャラにレアリティの概念はない。キャラそのものがSSRなんだよ」

「ログアウトしていい?」

「ど、どこまで期待してたんだテメェ。安心しろよ、多分NPCに萌えるキャラが一人くらいいるだろ?」

「……NPC。NPC、ねえ……?」


 ツミナが意味深に目を伏せる。今の見た目は金髪碧眼美少女なので、少し妙な色気があった。だがナワキはその魅力を見なかったことにする。中身のことは充分すぎるほどに知っていたが故に。


「じゃ、俺はスキップとかしないぞ。初回はちゃんと演出フルで見てやる」


 ナワキは期待を最大限込めながら、わくわくした気持ちでボタンを押す。

 先ほど見たのと同じ、緑色の光子が幾何学的な模様を作り出し――


「あれ?」


 途中から先ほどとは違う演出となった。緑色の光子が、血や夕暮れを思わせるような紅蓮に染まる。バチバチと稲妻が走り、驚いたツミナが猫のようにバックステップでナワキから距離を取り、警戒心剥き出しで顔を顰める。


「ナワキ! 僕のときと演出が違うぞ!」

「あ、な、なんだぁ!?」


 紅蓮の稲妻と光子が絡み合う。まるでナワキの目の前の虚空に、何かを産み出そうとしているかのようだった。

 違う。実際に、何かが産まれ落ちようとしている。


 バチバチバチ、と轟音を立てる稲光に目を開けていられなくなった直後、豪風が牢の中に吹き荒れ、そして急に静かになった。


「……ナワキ! ナワキ、目を開けろ!」

「ん……?」


 演出は終わったらしい。静かになったきり、ツミナの声しか聞こえない。

 ゆっくりと目を開けると――


「――!」


 艶やかな黒髪と、それにしつらえたかのような漆黒のパーティドレス。ナワキよりもわずかに身長の低い女の子がいた。ただし、今はハイヒールを履いているので、ナワキの背を追い越している。


 少女はアメジスト色の瞳で周りを見渡し、ツミナとナワキの顔を順繰りに眺める。


(この子は……!)


 ツミナは驚愕していた。キャラの排出率は〇.一%。その可能性の隙をついて出て来たから、と言うとまだ足りない。

 よりにもよって彼女が出て来るとは微塵も思っていなかったからだ。クリティカルシリーズのことをほとんど知らないツミナも


 ナワキに至っては、彼女のことを見たまま時間が止まったかのように立ち尽くすばかりだった。しばらく二人は見つめ合い――


「なにか喋れ」


 ガンッ、と鈍い音が響いて時間が動き出した。ナワキが殴られた音だった。殴ったのは、綺麗な顔に薄い笑みを浮かべた彼女。


「まったく。『お前は誰だ』という台詞を待っていたというに。いつまで経っても来ないから待ちくたびれた。仕方がない、私から名乗りを上げようか。二度と忘れぬように脳に刻み込め。私の名は」

「ラファエラ……?」


 ナワキの呆然とした呟きに、今度は彼女が固まった。

 だが、硬直時間はそう長くは続かない。


「ほほう?」


 嗜虐的な笑みを浮かべ、言う。


「いい表情だ」

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