第4話 私ツミナ! 被留置者になる!!

 新宿のとある警察署の留置所は、意外に広かった。ただし、二人同時に入れられれば、多少は狭く感じる程度のスペースだ。


「……まさか本当に牢屋に入れられるとはね」


 ツミナは気にした素振りも見せず、軽い口調だ。ゲームなのだから当たり前の反応ではある。


「でもやっぱりゲームだな。ほら。ゲーム開始時に持たされたスマフォなんか持たされっぱなしだ」

「この世界だと通信機器の類は命より大事なケースもあるからな。警察も迂闊に触れないんだよ」

「ん? 詳しく聞きたいな。僕って本当にこのゲームの世界観をまったく調べてこなかったから。ステータスは割と一般的なRPGの範疇だけどさ。筋力とか精神力とか――」

「熱々だねぇお二人さん。ついさっきまで片方が殺されかかってたとは思えないくらいだ」


 冷やかすような声は牢の外から聞こえた。少しヨレたワイシャツを腕まくりし、ネクタイをぶらぶらさせている刑事がいる。歳は四十そこらだろうか。短髪には白髪が混じり始めていた。

 冷やかし口調の割に目が笑っていない。


「……やっぱり二人揃ってに来ただけあって、仲良しなのかな? カップルみたいな? いいねぇー若いねぇー」


 ナワキはその言葉に頭が痛くなる。今だけはツミナも空気を読んで静観しているので、ナワキは軽く反論した。


「やめてくれ。真面目に反吐が出る。で」


 反論に続けて、牽制する。


「……さっきから傍でずっと俺たちの会話を盗み聞きしようとしてたよな。何のつもりだ?」

「なんだ。バレてたのか。道理で小声で話してるなーと思ったよ」

「最初に気付いたのはツミナだけどな。勘はいいんだ」


 ジロ、と刑事の眼球がツミナの方を向く。彼女――ゲーム中では女性なのでもう彼女で統一する――は能天気に手を軽く振って応じた。


「……お前さんら、来訪者ビジターだな」

「?」


 このゲームの世界観をほぼ知らないツミナは、心当たりがないような顔で首を傾げた。その反応に刑事の方が逆に眉を顰める。

 ナワキは咄嗟にツミナを庇った。


「ごめん。コイツのことほぼ知らないんだ。間違いなく来訪者ビジターだよ」

「……と言うと、お前さんの方は割と知ってるって理解していいんだな?」

「少なくとも、まともな受け答えは可能だと思う」

「なら直だ。本題に入ろう。お前さん、なんで新宿区に?」


 まともな受け答えが可能、と答えたナワキも流石に質問の意図がわからなかった。


「……なんでって……モンスターが出ないセーフティゾーンだから……? いやそれ以外に何があるんだよ」

「それじゃあ話が通らないんだよ。お前さんら刑事のことを舐めてんのか?」

「……穏便に済ませたいからできる限り俺も協力しよう、正直に話そうとは思ってるけど、何のことだかサッパリだ」


 ギリ、と歯軋りをする音が聞こえるようだった。


(コイツ、なんか焦ってる?)


 だが問い詰められている方のナワキは何が何だかわからない。この刑事は一体なにに焦っているのか。

 同時に、この刑事の方も内面では、外に出ている態度以上に恐怖していた。何故なら――


「ふざけるなよ! 示し合わせたように大量の来訪者ビジターなんてこと偶然で済まされるわけねぇだろッ!」

「……あっ」


 ナワキはそこで完全に理解した。ツミナも会話の流れから、なんとなく想像することはできる。

 この文脈での来訪者ビジターとは、ほぼプレイヤーのことを指していると言っても差し支えないだろう。それが急にどこからともなく現れ、急に肩で風を切り歩き始めるのだ。


 なにもないと考える方がどうかしている。だが――


「……ナワキ。なんで彼はそれを知覚できてるんだ?」


 耐え切れず、ツミナはナワキに問いかける。ナワキも困惑しきった様子で、要領を得ない回答を出すしかなかった。


「俺も疑問に思ってたところだよ。なんか不自然だよなぁ」


 そう。なにもないと考える方がどうかしている、というのはあくまでも『この世界の住人であるならば』の話だ。だが、この世界はバーチャルリアリティに作られた架空の日本であるはずだ。その設定の上に乗っかっているNPCが『急に街に溢れだしたプレイヤーを見て驚愕する』などという生々しい反応を起こすというのは不自然すぎる。


 あまりにも自然すぎるからだ。


「もしかして本当は中に人が入ってるんじゃないか?」


 と、無遠慮に刑事に近づいたツミナが、檻越しにしげしげとその渋面を眺める。


「……なんだ。さっきから何の話をしている?」


 渋面が更に苦々しげに歪んだ。確かにナワキたちと同様、実は誰かが操っているアバターだと言われた方が納得できる表情だ。

 不気味の谷など飛び越えて、ほぼ現実に生きている人間と大差がない。


「うーん。オッサンの加齢スメル。まるで本当に生きた人間のよう――ぷぎゃっ!」


 ばつんっ、と弾けたような音が響いた。ツミナの額に、不意打ちで食らわされた刑事のデコピンだ。

 檻をすり抜けて伸ばされた腕を引っ込め、刑事はもはや呆れたように口にする。


「人間だバカ娘。誰が腐乱臭をまき散らすゾンビ刑事だ」

「そ、そこまでは言ってないよ。というか刑事なら刑事で檻の中にいる無抵抗の民を攻撃しちゃダメなんじゃない?」

来訪者ビジターのくせに妙に知恵ついたこと言いやがる」


 涙目でツミナは補足を求め、ナワキに目を向けた。ナワキは事前に調べた『クリティカルコードの世界観』を、そのまま口に出す。


「……大半の来訪者ビジターは閉鎖的な集落で暮らしてるんだよ。多少の差はあるけど、まともで健全な法律とは無縁なことが大半なんだ。野生児同然の生活してるヤツもいる」

「ちょっと待って! 仮に大半がそうだったとしても、僕たちのことをそうだと決めつけるのは差別じゃない!?」

「……マジで小賢しいな。妙に法治国家の世俗に詳しい。前にセーフティゾーン……いや、新宿区で暮らしたことが?」


 刑事も同様に、ナワキに説明を求める。ナワキは面喰いながらも、出来る限りこの世界観に合わせた返答を考え、たどたどしく返した。


「少しだけ。あまり長くは住んでない。少なくともそっちの金髪は」

「……なんとなくわかった。お前さんらは、今この国で起こっている異変に心当たりがある。だが、どちらかと言うとお前さんらはそれに巻き込まれた側。違うか?」

「違わない」


 この質問にはナワキも淀みなく答える。

 嘘を吐いてないことは理解したのだろう。刑事は落胆した顔を一瞬だけ見せたが、すぐに立ち直って顔を背ける。


「また来る。後で正式に、個別に取り調べをして釈放だ。そっちの娘っ子もピンピンしてるしな」

「今までのは正式な取り調べじゃなかったのか……」


 ツミナはぞっとしない、と言った声色でそう言った。

 来訪者ビジターという言葉にどんな意味が込められているのかは知らないが、明らかに人間扱いをされていない。まともな法の外で処理されかけた、というのが肌でわかる。


 おそらく、男性と(見た目だけ)女性で同じ牢に入れられたのもわざとだ。先ほどのように醜く殺し合って片方が死にかけてくれれば与しやすい、とでも思ったのだろう。


「そうだ。俺の名前を教えてなかったな」


 無害そうだ、とわかったからだろう。少しだけ刑事は気安くなった。気安くなったフリかもしれないが。


肉刺谷竜まめたにりゅうだ。まあここから出た後は覚えなくてもいいが、俺のことを呼ぶときは肉刺谷さんと呼べ。さん付けを忘れるな」

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