第3話 ヒゲ面高校生の華麗なる変身

「……まあいいか。後でキャラメイクをやり直せばいいし」

「その通りだが立ち直りが早いな」

「ところで、あの殺し文句を出す前に僕の正体に気付いたみたいだけど、なんで?」


 随分と切り替えが早い。まさにこういう態度こそが慎吾たる所以なので、説明するだけバカバカしいのだが。

 理論的に説明できる部分もあった。


「携帯電話で聞こえる声って合成音声だって話は聞いたことあるだろ。それでも俺たちは電話越しでも相手の声を間違えたりはしない。喋り方が同じなんだからな」

「結構猫被ってたつもりなんだけどなぁ。声もほら、ちゃんと今は女性の声だろう?」

「それでもわかるんだよ、俺なら。十年来の幼馴染だぞ。ついでに言うなら声だけじゃなくって『動き』だって人によってマチマチだろ? 声と挙動、さらに表情も合わされば、流石に数秒話すだけでモロバレだ。大体テメェ、別に演劇の経験ねぇだろ」

「それはそうか。素人の浅知恵じゃ限界もすぐそこ鼻の先ってね」


 本人の言う通り、今は透き通るような女性の声だ。しかし喋り方が完全に男のときのそれそのままだったので、段々ナワキは気分が悪くなってきた。

 変態性を発揮してないときに纏う、年不相応の落ち着いた挙動も戻ってきている。金髪美少女の容姿のままで、だ。


 ツミナ、本名法螺貝慎吾は高校一年生。ナワキと同い年なのだが、そうだとは思えないほどにリアルの顔面は渋い。

 百八十越えの身長。がっしりとした体躯。ブラックコーヒーを思わせるような昏く、それでいてセクシーな声。同クラスで行われた『抱かれてもいい男子ランキング』では票を独占し圧倒的な一位となった。ちなみに投票したのは全員男性だった。


「……今はある意味でマシだよな。体が小さいし。テメェ普段あの巨体でさっきの変態ダンスやるからな。床を転げまくって軽く地震が起きるわ、奇声を上げて近くの子供が泣き出すわ……」

「変態ダンス……? イギリス紳士も思わずビックリして呼吸を止め窒息死しかねないドエロセクシー萌え萌え発禁ダンスと言ってくれ!」

「この場にイギリス紳士がいなくてよかったな。いたら暗殺されてんぞ。吹き矢とかで」


 ブスウッ!

 ツミナの側頭部に小型の矢が突き刺さった。彼女(彼?)は無表情でそれを抜き、地面に投げ捨てる。


「いたわ」

「痛いわ」

「女言葉やめろ……流石に今の姿見たらテメェの彼女また泣くぞ」

「僕は椿つばきのことを泣かせたことは一度たりともないよ? 椿が勝手に泣くだけだ」

「イギリス紳士のみなさーーーん! ここに女を泣かせて平気な顔してるDVクソ野郎がいまーーーす!」


 グサグサグサッ。

 ツミナの背中に吹き矢が無数に突き刺さり、一瞬でDV野郎はハリネズミへと変貌した。先ほどのダメージも相まって、ツミナはついに倒れ伏し、その場に血の水たまりを作って痙攣しはじめる。


「待って待って待って。流石に死ぬ。これ以上のダメージはホントやばいから。眼が霞んで来たから」

「……たっく。ほら。活性剤やるよ」

「なにそれ」

「この世界における回復薬。注射タイプだから体のどこかに密着させてスイッチを押してみろ……ってできないな。その有様じゃ。ほら」


 ナワキはツミナの手を取り、甲の部分に細長いカプセルを押し当て、頂点の部分にあるスイッチを押した。中に入っていた緑色の液体(RPGにおける回復のイメージ色は何故か蛍光緑が多い)が注入される。


 しばらく間を置いて、ツミナの背中に大量に突き刺さっていた吹き矢が回復力に押し上げられ、ボロボロと地面に落下した。ナワキに叩きのめされた傷も癒え、綺麗な肌には傷一つ残っていない。最初から何もなかったかのように。


「……おお……完全回復じゃないか」

「レベル初期値だろ? なら一番やっすい回復アイテムで全回復して当たり前だ」

「痛みがもう完全にない。いや、ゲームなんだからある方が不自然なんだけど……しかし本当に痛かった」

「あ。そこのイギリス紳士の人ー。身内のクソネタに合いの手入れてくれてありがとうございましたー」


 ナワキが手を振ると、吹き矢を持ったイギリス紳士風の男はシルクハットを軽く直し、優雅に去って行った。


「マジでいたな……イギリス紳士……」

「男子高生二人の悪ふざけに乗ってくれるとか……本当にいい人だったな。僕は死にかけたけど」

「……ひとまずその姿の間はツミナって呼んでやる。ここVRMMOだぞ。多少のエチケットは守れよ、周りに人がいるんだから」

「僕が周りに人がいるからって何かを憚るような小さい男だったときがあったかい?」

「キメ顔で言うな誇ることじゃないんだよッ!」


 そういえば、ツミナという名前で思い出した。彼女(彼?)はRPGで主人公の名前を必ず自分の名前をもじったものにする。男性ならばザイゴ。女性ならばツミナだ。


 どうも最低限、このゲームを楽しむ気はあるらしい。


「さて。それじゃあどこに行こうか。何気に『クリティカルシリーズ』をやるのは初めてなんだよな、僕」

「あ。そうなのか? なら最初は――あっ」


 親友が女性になっていたショックで、今の今まで気付くのが遅れてしまった。VRゲームにおいて、ゲーム画面とはそのまま自分の視界だ。その視界の端に、小さい星のマークがチカチカと瞬いている。


「……!」


 しまった、と思ったときにはもう遅かった。いつの間にか距離を詰められ、後ろ手に金属質ななにかをはめられる。

 がちゃりと音を鳴らして。


「ありゃ?」


 罪状。片方は暴力沙汰。金髪碧眼の美少女を半殺しにしたために。

 片方は公衆の面前で妙なことを口走りながら転げ回るという不審さ全開の挙動のため。本当はそれは建前で、ツミナの方に関しては別の理由があるのだが。


 二人揃って手錠を掛けられてしまった。おそらく、このゲームのNPCと思わしき警察官たちに。


「……一つ豆知識だツミナ。このゲームには『手配度』っていう概念がある。罪を犯すと最大星五つまでの判定でもって、警察かそれに準ずる機関が俺たちを見失うまで追跡してくるんだ」

「へー。まあオープンワールドゲーならありがちな概念だ」

「それと、最初にどこに行くかって訊いたな?」


 諦めきった口調で続けようとしたら、警察官の内の一人が笑顔で遮った。


「留置所にご案内」

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