第2話 神と悪魔か! 楽園に現れた最強コンビ!

 すべてを語るには少し時間を遡る必要がある。

 VRMMOゲーム『クリティカル・コード』の発売日当日。


 このゲームは緑化した日本が舞台だが、ゲーム開始時点では解放されているゾーンが関東では東京二十三区しかない。その中でモンスターの類が一切出てこないセーフティゾーンは限られている。


 MMO系のゲーム、稼働開始直後での待ち合わせは時間がかかりがちだ。だが、このゲームは現実世界、それも東京二十三区を模しており、更にVR要素が加わったゲームだ。東京人であれば待ち合わせはすさまじく容易だった。


 容易……のはずなのだが。メジャーなセーフティゾーンが新宿区(と渋谷区の北半分)だというのが悪かった。


「新宿駅を待ち合わせ場所に指定したのが最悪だったか?」


 タワシレコードが近い方の新宿駅の出口、そこの近くの時計の真下周辺にいる。そう言ってリアルで別れ、ゲームの中の新宿で待ち合わせをしている。

 新宿駅の迷いやすさは有名だ。『携帯電話が主流でなかった時代には遭難者が続出し、死人も出た』などという都市伝説まである。


 とは言え、ホームグラウンドとは言えないまでも新宿には何回も映画を見に遊びに来たのだ。今更新宿駅周辺で遭難するとは考えづらいのだが。

 緑化しているとは言っても、街並みはほぼ新宿なので、景観の違いに戸惑ったという感じもしない。


「あのう……すみません」

「ん?」


 と、待ち人に想いを馳せていると、目を見開くような美人に声をかけられた。胸の開いたカットソー。ファーのついたコート。太腿がほぼ丸見えなくらい短いレザーパンツ。そして眩くような金色の髪に、碧い瞳。


「待ち合わせをしてるんですけどう……もしかしてマシュマロさんですか?」

「あ。ごめんなさい。違います。すみません、紛らわしくて」

「ひゃわわ!」


 金髪碧眼の少女は、オーバーアクションで恥ずかしがる。若干わざとらしかったが、それでも可愛らしい。


「あはは。いや、VRだとまた別種の恥ずかしさがありますねぇ……リアルと容姿は違うだろうから、話しかけないとわからないし……いや、というか公開チャットとは違って、ね?」

「……ああ。声の届く範囲じゃないと話ができないですもんね。こんなところまで近づかないと」


 確かゲーム内の通信用デバイスを使わないと、遠くの相手とは話せなかったはずだ。仮に相手がフレンドだったとしても。


「ゲームなのに、こんなところまで現実に近づけなくても、ねえ?」


 照れ隠しだろうか。金髪の女の子は妙に舌が回る。


(……というか何か違和感があるような……?)


 初めて会った気がしない。だが、女の子の知り合いに、クリティカルコードを初日にやるようなディープなオタクはいなかったはずだ。少なくとも見える範囲では。


「……ええと、ナワキって言います。初めまして」

「あ! ツミナです! よろしくお願いします!」

「お?」


 違和感が強くなる。ツミナ? どこかで聞いたような気が……?


「……そ、そのう……ナワキさん。急にこんなことを言ったら、引かれるかもしれないんですけどお……」


 違和感の極致。もはや困惑と言っていい。可愛らしい仕草で、段々とツミナがにじりよってくる。少し息を荒くして。


「好きです! 一目惚れ……ってやつだと思うんです!」

「お、おい……それ以上近づくな……!」

「運命に違いありません! どうか……どうか私を抱いてください! ぎゅーて! ぎゅーって!」

「や、やめ……!」


 問答無用だった。ツミナはその肢体を容赦なくナワキに押し付け、すり寄ってきた。普通ならばナワキも顔を赤らめ、体温を上昇させ、混乱のあまり声も出せなくなっていただろう。

 だが真実が先ほどから、チラチラとこちらを眺めているのが見え隠れしていた。おそらくツミナももうバレかけていることを前提として動いているだろう。

 ナワキの顔が真っ青になっているのを見て愉悦の表情を浮かべている。


「ああ! ああ! !」

「くたばれクソ野郎ぉーーーッ!」

「ぎゃあああああああああああああああっ!」


 抱き着いてきたツミナの頭上に肘鉄を落とした後、怯んだツミナを力の限り蹴り飛ばす!

 憐れツミナ! その勢いのまま近くの階段を転がり落ちていく! 汚い悲鳴を上げながら!

 だがツミナ、無抵抗に落ちていくかと思いきや、階段上を数回バウンドしたところで受け身を取り、体勢を立て直す!


「あ、あぶない! こんなくだらないことで初デスするところだった!」

「ゼロになれ! 今すぐHPを尽き果てろっ! 尽き果てろカスがぁーーーっ!」

「あばべぎゃぼっ!」


 階段を駆け下りてきたナワキに、再度顔面を蹴り飛ばされ、体勢を立て直したばかりのツミナは階段を再び転がり落ちた。

 それを眺めるナワキは、


「はぁーーーっ……はぁーーーっ……! て、テメェ! 俺の初恋の人の台詞をそのまんま引用しやがって! 殺される覚悟できてんだろうなァ? ああっ!?」

「ま、待って待って。この世界の痛みのレベル勘違いしてた。本当に痛い。マジで痛い。新しい世界の扉が開きそう。あへえ」

「俺もテメェの変態レベルを勘違いしてたよ! いや変態だってことは知ってたけどまさかここまでだとは思わなかったよ! 慎吾!」


 痛みに悶絶しビクビクしていた肉塊は、流血を拭って立ち上がり、親友に笑顔を向ける。先ほどまでの演じた笑顔ではなく、正真正銘ナワキが知っている親友の笑顔で。にっかりと。


「今の僕の名前はツミナだ。あっはっは。お前が鼻の下を伸ばしてこっちを見る目、本当に滑稽だったよ。ぷげら」

「悪ふざけもそこまでは許してやる。さっきの台詞は絶対許さねぇけどな!」

「ガチ地雷持ちかー。付き合い考えようかな」

「こっちの台詞だネカマ野郎」

「ネカマ結構。どうよこの体! ある特定の人間の股間に対して特攻取れるこのボディ!」


 ゆるり、とした動きでツミナはポーズを取ってみせる。確かに流血をしていても美しいことには変わらない。中身は男だが。


「感想は?」

「今すぐ絶交したい」

「そうかー。勃起ものかー。照れるな、アハハッ」


 ネガティブな発言はすべて聞こえないものとしているらしい。相手は十年来の親友なので、ナワキも半分は冗談で言っている。半分は当然本気だが。


「いやわかるぞ。なにせ僕も股間のセンサーの赴くままに作ったからな。美的センスド真ん中ストレート。はぁーえろいっしょえろいっしょ。あ、ダメだもう我慢できない。ここでおっぱじめるかぁ。さぁて逮捕されないように服越しにマイソンを――」


 最低街道一直線、往来のド真ん中でギリギリ法に触れないレベルのをおっぱじめようとしたところで――


「……あ? マイソン?」


 ビシリ、とツミナは固まった。

 股間のあたりをしきりにまさぐり、目を見開いて、銃弾に撃たれたかのようにのけぞって倒れ転がりのたうち回る。


「ぐあっ……ぎゃああああああああああああああああっっっ!? ない! 僕の……僕の王の棒がぎゃあああああああああっっっ!?」

「当たり前だろ。ネカマプレイなんだから」

「そ、そんな……そんな穴があったなんて……これじゃあどうやって僕は僕の理想の女の子でシコればいいんだ! 答えろ! 答えてみろナワキ! 僕はどうしたらいい!」

「今すぐ絶交してくれ」


 今度は四分の三ほど本気だった。

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