其の4
例年であれば、常に夜遅くまで賑わいをみせるこの祭りであったが、天草の一揆衆の襲撃を恐れてか、酉の刻が過ぎる頃には誰一人外に出る村人はなく、棍剣(こんけん)大神宮の境内の中はただしーんと静まり返っていた。消し忘れられた参道の両脇に並ぶ提灯の灯と、空の満月、そして冬の星座の光等でその広場は夜になっても日暮れ前同然の明るさを示しているのだった。
「ほんに…一揆さまさまばい。勘吉、今晩あたりにゃみんな家さん入っちしもて、外どんうろつく者な誰もおらんけん大手ば振っちかる、ぎゃんしてちんちんの勃つこつばするこつのでくるばい。むふふ…」嘉乃助がニヤニヤしながら勘吉に言った。
「かのやん、丈ちゃんの来たぞ」勘吉が鳥居のほうを振り向きながら言った。
「おーい、丈ちゃん!!牛の骨な持ってきたかい?」嘉之助が大声で丈八に尋ねた。
「もう当たる前だろがあ!!ほらっ、こるば見れ!」丈八は脇に抱えた麻布を解いて、中から大きな牡牛の大腿骨を取り出した。
「うわあ!!ふとかぁ…!!丈ちゃん…、こぎゃんふとか骨ば一体どぎゃんしてな手に入れたとな?」その大腿骨の太さに彼等は目を見張った。
「えへん…!!こるはな、実は日本の牛じゃのうして、親父ん伝手で明の商人かる手に入れた天竺の水辺に住んどっちゆわれとる巨大な牛の腿骨たい。よかか、こらたいぎゃ獰猛かやつでな、虎ば襲っち殺すことでんあるらしかぞ。ほりっ、見てみれ…骨の太さでんもう日本の牛の倍はあっどが?」
「うん…確かに硬さでん日本の牛ん倍なあるごたる…」嘉乃助と勘吉は水牛の骨をしげしげと手に取って眺めた。「こるならば、あんおなごの糞骨にでん対抗でくっとじやなかろうか?」
「ほんならば、早速始めよか」丈八がせかすように言った。
「ほいきたっ!!」嘉之助は飾り屋台に登って、すぐさま御神体の入った鉄鍋の蓋に掛かった鍵を開けた。
「さ~すが宮司ん倅ばい!」愉しそうな声で勘吉が言った。
すると樽の中を覗き込んだ嘉乃助が、困ったような顔で首を振った。「丈ちゃん…、骨な油ん底のほうに沈んじしもうとって、こりゃよう取り出せんぞ…」
「もう…ぬしゃ何ばもたもたしよるか!どう、おるがしちやるけん!!」丈八も屋台に上って中を覗き込んだ。「ああ、なるほど…、こりゃ確かに難儀ばい…。ばってん取り出せんこつはなか!!」丈八は水牛の骨を油の中に突っ込んで、それを匙のように巧く使って御神体の骨棍を掬い上げようと試みた。何度か失敗を繰り返しながら、骨棍の一端を牛脂の水面からやっと浮かせると、「いまたい!そら、かのやんほねこんさんば引っ張り上げて水面から出せ」
牛脂に浸されてびっしょりと濡れた女武者の大腿骨を、三人は祭りの幟のひとつを破いた布でよく拭き取り、牛骨と並べて地面に置いた。彼等はその二つの骨を取り囲んで熱心にそれらを見較べた。
女武者の大腿骨は、水牛のそれと較べてもさらに一周り太い感じで、質感も何か高密度の金属のように思えた。
「こるはほんなこつおなごん骨かい?」丈八が生唾をゴクンと飲み込んだ。「…おなごん骨ばい!!おなごん骨ばい!!」勘吉が下品な声ではしゃいだ。
「こん骨の太さな…、肉んついちょる勘吉の腿と較べたっちゃ、ちょうど10倍くらいはあっぞ。こるじ生前肉んついとった時にゃ、腿全体な一体どんくらい太かったんじゃろか?」遠くを見るような眼差しで丈八は、生前の女武者の姿に想いをはせた。
「優にわしらん腿ば10本束ねたくらいなあったはずじゃ…」嘉乃助が冷静に判断した。
「げっ!!、10本もなぁ…!」勘吉は目を白黒させた。
「いや、それじゃと、身の丈ん十尺ほどななかと、釣り合いの取れんじゃろ…」丈八は首を竦めた。
「いやいや、そぎゃん人間なおらんて。伝え聞くところによれば、せいぜい六尺ほどじゃったらしかぞ」嘉乃助が社に伝わる古文書から得た知識を披露した。
「そ、そうすっとしゃがな、下半身だけが異常に糞太かおなごだったちゅうこつになるのう…」
「ふーん、実際にはあん人形芝居の腿なんぞよかまだまだ太かったちゅうこつか」
「丈ちゃん見てみ…。こん骨な何か黒光りのしよろが?」骨棍に目をくっつけんばかりにして勘吉がそう言った。
「勘吉、夜だけんそぎゃん見ゆっとじゃなかろか?」
「いや違う…」嘉乃助が説明した。「あのな、黒光りしちょるんは、牛脂ん長年漬されてきたためばい。すっかり変色してしもうた結果じゃ」
「そるで一段と硬そうに見ゆるわけか。何かもうおら…、こるじ自分の太腿ば力一杯叩いてみたか気のす~る!」勘吉は自分の股間を手で強く掴んだ。
「ほなら勘吉、叩いちやろか?」
「ぎゃあやめてぇ…!!」
「おい、馬鹿話はそんくらいにしちかる、はよ始めんと埒あかんそ!」嘉之助はほねこんさんを取り上て、牛のほうをを丈八に手渡した。
「おい、おるに牛ばよこす気か?おるがおなごんほうば持つとだるがぬしゃ!!」丈八は嘉之助を睨みつけた。
「ちいっ、男んくせんそぎゃん細かこつば言うなや…」嘉之助は丈八の手から牛骨をひったくって、女骨を手渡した。
「おいっ!!ぬしゃ喧嘩売っとっとか!!ちいっ…よか、よか…さあ、もう早いとこおっ始むっばい」丈八は女の骨を持って立ち上がって叫んだ。
「かのやん、ぬしは、拝殿のほうからこっちゃん向かっち勢いよう走って来い。おるは鳥居のほうから走っち来るけん。そしてかる真ん中あたりですれ違うた時に力一杯ぶつけ合わしょうばい!よかか!?そいで勘吉…、ぬしゃおっどんが位置についたら開始の合図をしろ」丈八は場を仕切るように二人に命じた。
丈八と嘉乃助はそれぞれ神社の反対側まで歩いていって、戦国武将のような名乗りをそれぞれの大腿骨を頭上に高く掲げながら挙げた。
「やあやあ!!吾こそは地の果て天竺より馳せ参じ申した勇猛果敢な大牛の大骨也!!かのおなごの骨如き何するものぞ!!」
「やあやあ!!吾こそは、三百年守護神の如く祀られいたし古の女武者が巨大骨也!そこな四つ足ん骨ごとき何するものぞ!!」
勘吉の合図で二人は勢いよく駆け寄り、境内の中央で骨同士を激しくぶつけ合わせた。大きな音が響き渡って周囲の雑木林に吸い込まれかき消えた。
彼等は持ち寄って骨の具合を具さに点検した。どうやら双方まだ無傷のようであった。
「ど、どっちもさすがん頑丈かばい!こるはそうにゃやり甲斐のある遊びばい…。よかか!!どっちかのつん折るっまじ何遍でんしつこう叩き合わするぞっ!ああもう…何でかな知らんばってんが、むごうちんちんの勃っちきよったあ!!」無意識にではあろうが丈八は手に持つ骨棍を自分の股座にぐりぐり押し当てていた。
二人は幾度も幾度も繰り返し走り寄りながら必死で骨同士をぶつけ合わせた。帳が降りて辺りの空気もひんやりとしてきた秋の夜長ではあったが、玉のような大粒の汗が彼等の額をどろりと滴らせ、二人は我を忘れたように懸命に喚き続けながら神社の中を脱兎の如く駆けずり回った。
そして幾度目かに骨を打ち合わせた時、妙な音がした。
「おおっ…!!」
丈八と嘉之助はそれぞれの大腿骨をむしゃぶりつくような顔で確認した。
「どっちがつん折れたかぁ!?ど、どっちがつん折れたかぁ!?もうはよ教えてええぇぇぇっ!!」勘吉は拳で地面をパタパタ叩いて喚いた。
「ど、どうやら、こっちんごたる…!!」水牛の骨の両端を持った嘉乃助が軽く力を込めると、その大腿骨は真っ二つにコキッと割れた。
「わおっ!!…ぎゃあわおおおなごん骨が勝った!牛ん骨が負けた…。ぎゃあわおおおなごん骨が勝ったぁ!」勘吉は気違いのように喚き散らした。
「さ、さすが御神体んされちょるだけんことがあるなぁ!!」丈八と嘉之助はいたく複雑な顔でそう言った。
「こん牛やつあああぁ情けなかあ!」丈八は半分に割れた牛骨の断片を思い切り蹴飛ばした。水牛の骨は鳥居の笠木に当たって、カランカラと回転しながら外の草薮まで素っ飛んで行った。
唐突に「誰です。そこにいるのは!?」と鳥居の外のほうから大きな声がした。
三人は立ち竦んだ。
「し、し、しもたぁ…っ!!」彼等は興奮のあまり大騒ぎしてしまっていたことに気付いて震え上がった。
そして恐る恐るそちらを振り向くと、提灯を掲げた数名の人影が入って来ているのが見えた。先頭にいるのは侍大将の鞘で、その後から数人の配下の兵士たちが続いているようであった。
「まあっ、子供じゃったと…」
丈八たちに、彼女は問い詰めた。「おいっ!あたどんな、一体こぎゃん夜遅くまじこげん所で何ば大騒ぎしよっとかいた?」
「は…あ、あっ……!」丈八は恐怖の余り声が出て来なかった。
「ははあ、さてはこん糞餓鬼畜生ぁ、一揆方の間者かぁ。打っ殺してやるか!」鞘の配下の一人が刀を抜いて歩み寄ってきた。
息荒げる武者を手で制して、鞘は丈八が持っている骨を指差しながら口調をやわらげて尋ねた。
「ね、あたん手に持っちょるそのんふとか骨な、もしかしてこん神社の御神体として祀られとる『ほねこんさん』と言うもんじゃなかか?」
「あ、あ…、はい…」丈八がコクリと頷いた。
「まあっ!!そぎゃんもんばおもちゃんして遊んだりすると、バチん当たるぞ!他所者のうち等だかるよかようなものの…、こげんこつがこん村の大人たちに見つかっちみれ。まずもってな打っ殺されちしまうぞ!!」
「は、はい…それは……」三人は大粒の涙を浮かべて頷いた。
「で、そっちに落ちちょる、何かつん折れちょるごたる骨のほうは何か?」鞘が落ちてる折れた水牛の骨を見つけて問いただした。
「はい、実は…そるは……ええと…ええと…」しどろもどろになりながらも丈八はこれまでのいきさつを語った。
鞘は妙な顔をして黙ってその話を聞いていたが、丈八が話し終わるとふふんと鼻を鳴らした。
「成程ね…あたどんな、なかなか遊びの才の大いにあるごたるぞ。ど、そるばちーと私にに見せてごらん」鞘は丈八から女の巨大な大腿骨を取ひったくって、斜めに傾けたり逆さにしたりして興味深気に眺めた。「こるはまたとつけむにゃ太か骨ね。こん骨の持ち主てな、一体どんくらい太腿の太かおなごだったつじゃろか?もう想像もでけん!それに加えてまあ何ちゅう硬そうなこつが…!」
鞘のその話しっぷりが彼等の気持ちを理解してくれているようでもあったので、三人は鞘がなんとなく親しい存在のようにも思えてきた。
「ねえちゃん…、そるはな昔ん女武者の骨ばい。いっちょ、ねえちゃんが太腿とそん腿ん骨とどっちが丈夫かろか?」と勘吉が不躾な言葉を浴びせかけた。丈八と嘉乃助は再び激しい眩暈に襲われた。
だが鞘は笑って答えた。「勝たん、勝たん…!うちん太腿な細かし、おまけん骨な軽石んごつ軽うして中はスカスカじゃけん、そぎゃんとにゃいっちょん勝たん!」少年たちは大笑いした。勘吉などはふざけてお尻をぴょこぴょこ振った。
「こ、こらあああぁぁ餓鬼どもお!!だ、誰ん向かっち、そぎゃん口ば聞きよるか!あんま調子ん乗ると、命はなかぞおおおおおおおおおおおおっ!!」鎧武者たちは刀の柄を握りしめて憤慨した。
鞘は肩を竦めて笑った。「ご覧のとおり、うちん手の者な気性の荒か猛者揃いたい。おなごん身で、こん荒くれ者どもばまとめ上げちいくとも骨の折るっ仕事ぞ!ことにうちは抱きつかれやすか見てくれしちょるけん」
「あ、はははっ…」丈八たちは必死で腹を押さえて笑いを堪えた。
「ねえちゃん韓人か?」出し抜けに勘吉が質問した。丈八と嘉之助は顔色を失った。
「まあ……っ!」鞘は呆れたように少年を見た。
「まあ…確かんうちが生まれたとな朝鮮国ではあるし、父親も母親も韓人じゃけん、そう言わるっとそうなるかも知れんばい。うちん生家はキム姓でな、生まれた時にゃユナとかヨナとかいう名のつけられとったと聞く。…ばってんうちな生まれちかるすぐさま小西の殿さんに日本に連れち来られて、物心ついてかるいままじゃずっとこん肥後じ過ごしちきたけん、骨の髄まで肥後っ子ていま自信ば持って言ゆる。うちゃ生粋の肥後っ子ばい!」
「……」さすがに勘吉も決まり悪そうな顔をした。
丈八が言った。「鞘様は宮本武蔵より強かて本当ですか?」
鞘は少し考える様子で言った。
「ね…、あたは宮本武蔵先生と私と、どっちが強かほうが嬉しかか?」
「そるはもちろん鞘さんです」丈八は迷わず答えた。
「じゃあ私んほうが強かこつにしとき…」鞘はベーッと舌を出した。
「でけ~ん、そるはでけ~ん!」三人は不満そうにほっぺを膨らませた。
「さあ…」鞘はピシャリと手を叩き合わせた。
「さあ…あたどんは、もうはよ帰っち寝なさい!いまにでん村の襲われようちゅうこぎゃん時に、こげん夜遅くまじうろうろしとったらでけんぞ」
少年たちはハッと吾に返って礼を述べた。
「はい、今日はどうもすんまっせんでした。そして今日はいろいろとありがとうござるました」
ふと丈八たちが立ち去ろうとした時、鞘が呼び止めた。
「あたどんな、何かたいぎゃ面白か遊びば見つけたごたるばってん…、そるば人ん身体や御神体じ実験したらでけんばい。よかか、こるは約束ぞ!」
「は、はい、約束すっです」
「どぎゃんしたくたっちゃ、そるはもうせんごつすっです」勘吉が答えた。
「まあ…どぎゃんしたくたっちゃ」鞘は失笑した。
宇土の海岸に沿って続く御興来の海には満月と冬の星空が映し出されて、海面は万華鏡のような美しい輝きを静かに醸し出しているようだった。波の寄せる音が子守唄のよな調べを奏でて、それに合わせて踊る白拍子のように海鳥たちがゆるやかに満月の前を飛び過ぎていった。少年たちは、海岸近くにある大昔の古墳跡の石障に腰を掛けて、興奮のさめやらぬ先ほどの稀少な出来事について熱心に喋り込んでいた。この地域では珍しい寒風が海のほうから吹きつけて、それでも少年たちは、体も心も感激と興奮とで、まるで夏の直射に照らされたように熱くなっていた。
「もうほんなこつ、ビビっちしもうたあ!!」丈八はいまさらのように胸を撫で下ろした。
「やっぱ侍大将の迫力つうのは並大抵のもんじゃなかのう!」嘉之助も思い出して頷いた。
「ばってんが、楽しさでん並大抵のもんじゃなかったばいた」勘吉が言った。
「言ゆる、言ゆる。まるじ御伽草子ん中の人人物にでん出くわしたごつ夢見心地ん気分じゃ」嘉乃助が言った。「はあ…」深く溜め息をついた。「こ、こげな浮世に、あげな女(ひと)のおったとは…」
「もうあんお女(ひと)は究極の存在じゃ。この世におる人間の中の至高のもんばい」
「うん、間違いなか。あの女(ひと)は妓王以上…、いやもう天女や観音様以上の存在じゃ!!」嘉乃助は力強く言った。
「妓王以上…すっと仏御前な?」二人は、勘吉を思いっ切り引っ叩いた。
「時に、鞘さんて、いくつくらいじゃろうか?天草四郎くらいの歳に見ゆる時もあれば、ずっと歳のいった大人ん女の人のごつも見えたりする時もあり、そん時々で様々じゃけん、さっぱりわからん」勘吉がぶたれた頭を痛そうに押さえて言った。
「慶長の役ん終わる頃に生まれたらしかけんが、逆算すっとしゃがな…、もう三十路は優に超しとらす計算になるばい!」嘉之助が指を折って勘定した。
「そうかぁ!!三十路なとうに超しちょらすかぁ!!…もっと若う見ゆるがの。そうすっとしゃがな、もうとっくに誰かん奥方さんにおさまっとらすとじゃろなあ…!!」丈八は、がっかりしたように言った。
「いや、案外独り身かむ知れんぞ…!!」嘉之助が言った。
「そぎゃんこつんあるもんか…あん美貌ば見ちみれ。会う男会う男、入れ替わり立ち代り言い寄ってきよるに決まっとるばい!いまのいままで独り身なんちゅう、そぎゃんこつのあるかいた」
「まあ聞けて…」嘉乃助が説明を試みた。「そぎゃん思う理由なこうばい…。まず鞘さんな、仮に誰か殿方ん奥方てすっとしゃが、一揆ん討伐軍の大将としち出てくるはずななかと。そら、奥方さんが甲冑姿で軍を指揮して戦うた例なある!美濃の岩村城のつや姫、豊後の鶴崎城の妙林尼、備中常山城の梢御前などがそうした例たい。ばってんが、それらはみな家ば守るため、城ば守るためん戦いじゃった…。奥方さんの戦わす時な、いつでんそぎゃんした守りん戦(いくさ)に限られとった。じゃが此度の戦な、そるとは真逆で反乱軍ば鎮圧すっための国ばあげての討伐戦たい。そぎゃんふうな国家あげての戦に、殿方の奥方が大将としち出て来るこつな、こん武士ん世の道理じゃ有り得んこつばい」
「成程…、かのやんは武士ん世の道理にむごう精通しとる…」丈八が感心して言った。
「するとまだ独り身なら、おるが嫁に貰おうごたる」勘吉がニヤニヤして言うと、丈八が思い切り蹴飛ばした。
「馬鹿たり!ぬしとな歳の離れすぎとっどが!!それに、鞘さんがまだ独り身だとするとしゃがな、れっきとした殿方のいまでんそるこそ五万と求婚に押し寄せてきよるに間違いなかとに、ぬしんごたるきゃあ小便臭か餓鬼ば誰が相手にすっか!!」
「そ、そぎゃん言うばってん、丈ちゃんだっちゃ相手にゃされんばい!!」勘吉も負けじと続けた。「お、おるは鞘さんの傍じ暮らさるんなら、下人でんなんでんよかと」
「ふんっ!」丈八は彼の顔に唾を吐きかけた。「ぬしゃあ、同じ歳頃のお松どん嫁に貰うとけ!」
「ぎゃあ…、そぎゃん夢のなかこつ言わんでェ!!」勘吉は身をよじりながら叫んだ。
「はあ…」丈八は北の星空に一際輝く北極星を見上げながら深く溜め息をついた。
「どーせおっどんな、つまらんおなごば嫁ごん貰うて、つまらん仕事ばして、つまらん一生ば送って果つるとが関の山かいなあ…」
嘉之助は諭すように言った。
「丈ちゃん、天地開闢以来人な誰もがそぎゃんして生まれちきては死んでいきよっと…。人の世ちいうのは、常んそうしたもんぞ」
「天子さんでんな?」ふいに勘吉が極端な例を挙げた。「天子さんでん、そうしたつまらんおなごしか嫁ごにできんじゃろか?」
「むむっ…」嘉之助は一瞬言葉に詰まったが、
「ああ、天子様でん例外じゃなかぞ。よかか、どの時代の天子様でん、普通の一番良かおなごしか嫁にゃ貰うとらっさんぞ!…一度かぐや姫ん時代に、もう人間ば突き抜けたそらよかおなごば娶ろうと挑まれた天子様がおられたが、結果はそらぬしどんも知ってん通りたい…。そぎゃん人の分ばわきまえんこつば望んだなるば、たとえ天子様じあってもバチが当たるっちゅう、こらよか教訓ばい」
「ふん、『竹取物語』か…」丈八がせせら笑った。「ばってん確かん鞘さんな人間ば突き抜けちょらす。もう、一度そるば見てしまうとしゃが、普通のおなごがただの肉ん塊のごつ見えちしもうて…やり切れん!!」
「ところで丈ちゃん、おっどんなさっき何しに神社さん行ったんじゃったっけ?」勘吉は首を傾げて言った。
「ああ、そぎゃんじゃった、そぎゃんじゃった!!おっどんなあん女武者の腿ん骨の頑丈さば確かめに行ったつばい!」嘉乃助が言った。
「もうすっかり忘れとった…」
「しかし、あん時なそうにゃ興奮したなあ…」
「ばってんそぎゃんこつなもうどうでんよか……」
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